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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第二十章 空母 対 空母

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パガーラン海海戦  その9

アメリカ海軍第16・17任務混成隊の最後の航空兵力による攻撃によって受けた被害はかなりのものとなった。

空母翔鶴は甲板の六割近くと格納庫の一部に被害を受け、搭載していた艦載機の四割と航空戦力の運用能力を完全に失っており、死者こそ数名だったが、敵の航空機の墜落によって広い範囲に撒き散らされた航空燃料から起こった火災の消火作業に手間取り、軽傷ではあるが火傷を負った者が多かった。

また、後部に魚雷を喰らった駆逐艦春月は、機関部の作業員などを初め多くの死傷者を出し、完全に機関部が機能を停止、弾薬庫に海水を入れ込むことで誘爆こそ防いだものの、ポンプなどの消火設備が使えないため完全に鎮火までいたらず、魚雷による衝撃の為に艦体に歪みが発生して一部の隔壁の閉鎖ができなくなった事もあって後部からかなり沈み込んでいる。

それでもまだ周りの駆逐艦から必死な放水と重軽傷者の救助が行なわれていたものの、かなり絶望的な状況だった。

そしてそれとは反対に、翔鶴をかばって艦首に魚雷を受けた駆逐艦涼月は、艦首から五分の一程度を失ったものの、こっちは数人の重軽傷者を出すだけで済んでいる。

しかし、それでも戦闘能力の一部と速力を大きく失い、このまま戦線離脱するしかないという事は変わりなかった。

中野少佐はその被害報告を聞き、爪が食い込むほど拳を握り締める。

自分の思い込みと油断が招いた結果だと考えたからだ。

恐らくだが、翔鶴は少なくとも半年は戦列を離れる事となるだろうし、涼月も同じかそれ以上の補修を受ける事となるだろう。

そして何より……。

「春月の報告によると……機関部を含め艦内の機能の半分近くが被害を受けています。今の状態では浮いているのがやっとで……恐らくもう……無理だろうという事です……」

それは、決断を迫られる言葉だった。

中野少佐はしばし目を瞑り、そして口を開く。

その声は震えていた。

「わかった……。春月は……雷撃処分とする。総員退艦の指示を出せ」

「はっ」

そして、中野少佐は歯を噛み締め、絞りだすように言葉を発する。

「それとだ……。春月に伝えろ『任務遂行ご苦労様だった』と……」

「はっ」

敬礼すると、報告してきた士官は指示を伝える為に通信兵のところに移動する。

そんな中野少佐の肩を翔鶴がポンポンと慰めるように叩く。

「軍艦である以上、仕方ない事だ。気にするな」

「しかし、翔鶴、お前にも……」

「我々も慢心し、油断していた。君だけじゃない。それにだ、その代償は払った……。過去を反省するべき事は大事だが、過去に囚われ過ぎてもいけないと思うんだがね」

そう言って翔鶴は苦笑する。

その言葉と表情に、中野少佐は短く答える。

「すまん……」

「そうそう思い込みすぎるな。多分、君よりも春月の方が何倍も悔しいだろうさ。なんせ、まだまだ戦いたかったはずだからな」

「それはどういう意味だ?」

「我々は軍艦なんだ。戦う事が使命であり、戦いの途中で沈む事は決して恥ずかしいことではない。それよりもこの後の戦いに参加できないことを悔しがるものさ」

「そうか……」

中野少佐はぽつりとそう言った後、言葉を続けた。

「しかし、それでも撃沈ではなく、無事退役させたかったよ」

「意外と優しいんだな」

翔鶴は意外そうな顔でそう言うとカラカラと笑った。

「そうかな……」

そう言ったものの彼ら付喪神を人と同じように考えてしまっている自分がいた。

最初は、そんな気持ちはなかったはずなのに……。

所詮、兵器だと割り切っているはずだったのだが、どうやらそうではないようだ。

そんな自分の変化に驚いていると、通信兵が報告を伝える。

「春月の乗組員、全て下艦しました」

そして、少し震える声で言葉を続けた。

「それと春月から伝言だそうです。『中野少佐、お世話になりました。少佐の判断に感謝します。それと後の事はお願いします』と……」

「……そうか……」

「冬月が雷撃は行なうとの事です」

「ああ……。了解した」

こうして、春月はパガーラン海で自沈処分された。

それを手の空いている者は敬礼で見送る。

そして、それは今まで損傷こそあれど、撃沈された事のなかったフソウ連合海軍で、自沈処分とはいえ始めて軍艦を損失した瞬間であった。(旧日本海軍では駆逐艦は軍艦扱いではないが、フソウ連合では軍艦扱いとなっている)



「まもなくですな」

前方を警戒する副長の声に、重巡洋艦タスカルーサ艦長マクベナ・J・キャハン大佐は腕を組み前方を睨むように見ながら答える。

時間は、すでに二十二時を過ぎようとしていた。

周りは暗闇の中であり、航空隊の無線ではこの先にある島の裏側辺りに敵機動部隊がいるはずであった。

空母と駆逐艦に被害を与えたとの報告は来たが、どれだけかとはわからない。

しかし、航空隊が必死になって攻撃したのだ。

無傷という訳ではあるまい。

それに、この作戦は、敵が被害を受けて立ち往生をしているところを時間差で襲撃して残った敵の戦力を刈り取るというのが目的だ。

だから、被害を与えて動きを止めていなければならない。

だが、問題がある。

すでに攻撃した航空隊からの敵艦隊の報告から実に五時間以上が経っている。

もし敵艦隊が移動してしまっていたら……。

あまり被害を受けていない場合、この海域を離れている可能性だってある。

しかし、索敵しようとしてもタスカルーサに搭載されているSOC シーガル4機は、着水するパイロット救助の為にエンタープライズと行動を共にしている。

しまったなと思うのだが、今更文句を言っても仕方ない。

あるモノで対応するしかない。

後は、幸運の女神が微笑んでくれるかだ……。

そう思いつつ前方を見ているとちらりと島の端から見えるものがあった。

「おいっ……あれは……」

「お待ちください」

しばしの沈黙。

そして副長は双眼鏡から目を離すとニタリと笑った。

「艦長、幸運の女神は我々に微笑んだようです」

その言葉の示す意味、それは敵艦隊を捕らえたという事だ。

「よし。航空隊がここまでお膳立てをしてくれたんだ。我々が一気に敵の機動部隊に止めを刺すぞ。各員戦闘用意。砲雷撃戦だ」

そう言った後、艦長は口角を引き上げて笑みを浮かべたのだった。



「こちらに向っている艦艇があります」

電探の担当員が慌てたように叫ぶ。

春月の雷撃処分で沈み込んでいた翔鶴の艦橋内が一気に慌しいものになった。

中野少佐が聞き返す。

「接近する艦艇だと?」

「はっ。三時の島影から出現しました。数は……三つです」

味方の艦艇か?

或いは紛れ込んだ民間船だろうか?

一瞬そう思った中野少佐であったが、その考えを頭の中から振り払う。

敵だ……。

間違いなく敵だ。

そして理解する。

第二艦隊から連絡のあった敵がこいつらの事だと……。

そして決断は早かった。

「空母は後ろに下がれ。涼月も後退。第一防空駆逐隊の秋月、照月、それに第三防空駆逐隊の霜月三隻は、敵艦艇の迎撃だ」

「冬月はどうされますか?」

「冬月は、空母の護衛だ」

「了解しました」

翔鶴、瑞鶴が方向を変え、後退に移る。

そして、艦首を失った涼月はそのまま後ろに進んだ。

艦首を失った為、その方がまだ速力が出るためだ。

もっとも、その速力はかなり低速で10ノットも出ていない。

それを庇うかのように冬月が付き添い、反対に迎撃に向う秋月、照月、霜月の三隻は最大戦速で敵艦隊に迫る。

その動きは素早い。

春月の無念を晴らすかのようだ。

そして、先頭の秋月が探照灯を相手に向ける。

普段なら敵の位置の確認を行なう為に行なうが、今回行った理由は別にある。

それは、空母から敵の目を引き付けるという事と敵の視覚を遮る為だ。

もっともそう言った行動は、敵の集中攻撃を受ける確率が高い危険な行為であるから覚悟が必要となる。

しかし、その覚悟の分だけの効果はあった。

その光による妨害行為で、タスカルーサのMk.9 55口径203ミリ三連装砲塔の空母への攻撃開始を遅らせる事に成功。

その間に、空母二隻は最大戦力で離脱にかかった。

「くそっ。忌々しいっ」

キャハン大佐は近くの壁を蹴りつける。

しかし、それで事態が大きく変わるはすもない。

「絶対に逃がすなっ。本艦はこのまま空母を攻撃っ。駆逐艦二隻は、邪魔な連中を排除だ」

指示を受け、タスカルーサは空母に向けて攻撃を始めると、それに合わせたかのようにタスカルーサに従う二隻の駆逐艦、ウェインライト、ウッドワースが迎撃に向ってくる三隻の駆逐艦に突撃して砲撃を開始した。

暗闇の中を、探照灯の光と砲撃によって生まれる閃光が辺りを照らす。

それはまさに光と闇が交互に訪れる幻想のようであった。

しかし、幻想ではない。

それは間違いなくそこで行われている事であり、生と死をかけた戦いなのだ。

そしてまず動きがあったのは空母を狙うタスカルーサであった。

あわや命中かと思わせる至近弾はあったものの、空母二隻は戦線離脱に成功する。

ただ、それでも冬月と涼月は離脱できずにいたが、目標を失ったタスカルーサは腹いせの相手を迎撃してきた駆逐艦三隻に向けた。

しかし、それを察知した秋月は探照灯を消す。

すでに駆逐艦二隻から数発の攻撃を受けていたもののそれでも致命傷には至らず、敵駆逐艦との間に割り込んで敵艦隊の連携を揺さぶる。

その動きは以前、帝国海軍第二艦隊と対峙した時よりも俊敏で、素晴らしいものであった。

「以前の時のような醜態を曝すなっ」

艦橋では秋月が喉を枯らしつつも叫び指示を出していた。

その指示を受け、残りの二隻、照月、霜月も機敏な動きで敵を翻弄している。

「翔鶴、瑞鶴、戦線を離脱した模様です」

その報告に、艦橋内が沸きあがる。

その歓声を聞き、秋月はニタリと笑うものの、頭の中では別の事を考えていた。

十分に最初の目的は果たした。

しかし、問題はこれからだ。

恐らく起死回生の手段としてこの作戦を実施したはずだ。

目標達成できなかったからと敵がこのまま素直に引き上げるはずもない。

それは我々を見逃す気はないということだ。

それどころか、邪魔をしたという事で怒り心頭といったところだろう。

ふふふっ。ヤバイな……。

すーっと秋月の額に汗が浮かぶ。

しかし、それでも楽しかった。

軍艦の付喪神として本望だと。

そして彼の目には、彼と苦楽を共にする乗組員達の姿が映った。

「やってやろうじゃないか」

そう呟くと秋月は顔を上げて声を張り上げた。

「いいかっ、これで任務は達成できたっ。そして、今度はもっとも大切な任務を遂行する」

艦橋内が一気に鎮まり、ただ外の砲撃の音とそれによって生じる水音が響く。

「生きて帰るぞっ」

その言葉に、艦橋内は一気に歓声が上がる。

そして、そんな彼らに幸運の女神が微笑む。

『コチラ最上。コレヨリ、援護ニ入ル』

それは、第二艦隊から最大戦力で駆けつけた最上を旗艦とする追撃艦隊からの無線である。

そして、それを証明するかのように、電探の担当員が報告する。

「艦隊が接近しています。数は……六隻です」

「よしっ。敵から離脱だ。距離をとれ」

秋月が離脱にかかり、同じように照月、霜月も砲撃しつつ距離をとり始める。

こうして、最初は有利であったはずの流れは、最上を旗艦とする追撃艦隊の出現によって重巡洋艦タスカルーサと駆逐艦ウェインライト、ウッドワースにとって不利な流れへと変わりつつあった。

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