パガーラン海海戦 その2
伊-19の報告を受け、フソウ連合海軍機動部隊は、最初の予定通り艦隊を攻撃の中心になる空母を中心とした第一艦隊、大回りをして囮となる高速戦艦を中心とした第二艦隊、そして海域から離れて待機する支援艦隊の三つに分けた。
作戦に従い、第一艦隊、第二艦隊は進路を報告のあった地域に向ける。
そして報告のあった地域を重点的に索敵を開始した。
第一艦隊からは空母から彩雲が発艦し、第二艦隊からは最上から瑞雲がカタパルトから発艦していく。
しかし、先に相手の艦隊の存在を把握したのはアメリカ海軍機動部隊であった。
フソウ連合海軍機動部隊が報告のあった地域、アメリカ海軍機動部隊が停泊している島に近づきつつあった頃、第16・17任務混成隊の定期索敵で上がったSBD ドーントレスの一機が第一艦隊を発見したのだ。
しかし、索敵機はこちらに向ってくる艦隊を発見はしたものの、電探によって索敵機の接近を感知していた第一艦隊は直掩機の零戦二機を向わせ迎撃対処する。
その為、索敵機を撃墜されてしまった第16・17任務混成隊はこちらに向ってくる艦隊発見の報だけしか受け取れず、正確な位置までは把握できなかった。
しかし、その報を聞いたスプルーアンス少将はすぐに艦隊を湾から出港させる。
索敵機が詳しい報告をする前に音信不通となった状況から、敵が航空戦力を保有している事は明白であり、動きの取れない湾内にいてはただの的にしかならないと判断した為だ。
そして、相手の艦隊の正確な位置を把握するため、追加の索敵機としてSBD ドーントレス数機を発見の報告のあった地域に向かわせる。
なお、本当なら全方位索敵をすべきだろう。
しかし、補給を得られる保証がない以上、以前のように湯水のように燃料は使用できない為、報告のあった範囲を重点的に索敵するしかない。
また、相手にはこちらが空母があるとわかっている以上、敵も空母を中心とした機動部隊を用意しているに違いない。
ならばその敵を早期発見する必要がある。
機動部隊同士の戦いは、いかにして先に見つけて叩くか、その一言につきるのだから……。
だから、スプルーアンス少将は、発見した艦隊を機動部隊と判断し、最優先で索敵させたのである。
また、発見次第攻撃隊を向かわせる為、艦内では準備が進められていく。
前哨戦と夜戦によって消耗(F4F 6機、TBD 2機、SBD 3機、SB2U 4機)はしているものの、空母二隻にはまだ総数127機の艦載機が残っている。
「レーダー、どうだ?」
スプルーアンス少将が後ろを振り返らずに聞く。
レーダー員が色々やってはいるものの不調は相変わらずであまり当てにはならないが、それでも接近する敵機を距離を置いて事前に発見できるのは大きい。
何より、レーダーがあれば常に多数の直掩機を上げておく必要性がない為、燃料消費をある程度節約していかなければならない現状としては出来る限り活用していかなければならないのだ。
「はい。30キロ範囲ならなんとか……」
一応、搭載されているレーダーのCXAM-1の本来の探知距離90キロメートル(高度3000メートルの戦闘機サイズ)だから、実際の三分の一程度まで低下しているという事だ。
だが、ここ数日のレーダー員の試行錯誤によってこれでもかなり改善したほうだ。
なんせ、ほんの数日前までは20キロも届いているか怪しかったのだから……。
その距離、たかが10キロだが、その10キロでうまくいけば直掩機を一機でも多く上げる事が可能となる。
それはつまり、それだけ襲撃してくる敵機に対して反撃でき、身を守ることができるという事だ。
もちろん、戦いが始まったらある程度の艦隊直掩機を上げておく必要性があるだろうが……。
スプルーアンス少将はそう思いつつ、レーダー員に言葉を返す。
「わかった。しっかりと見張ってくれ。より遠くを見渡せる目の存在は、我々の生死に関わるからな」
「了解しました」
気合の入った声に、スプルーアンス少将は頷くと副官のオリバー中尉に声をかける。
「部隊の編成はどうだ?」
「はっ、第一波の方はいつでも出撃できます」
それを現すかのように、エレベーターから機体が次々と上げられ、甲板にはずらりと艦載機が並んでいる。
「編成は、第一波、F4F 10機、TBD 17機、SBD 15機、SB2U 14機、計55機、第二波、F4F 10機、TBD 17機、SBD 30機、計57機です」
「直掩機は?」
「F4F 8機とSBD 6機となっております」
「わかった。直掩機を何機か上げておけ。恐らくだが、そろそろ敵の索敵機が来るぞ」
こっちの索敵機が撃墜された以上、敵もこっちの位置を把握する為に、索敵機を飛ばしているはずだ。
ならば、そろそろこっちに現れてもおかしくはない。
そして、スプルーアンス少将のその判断はすぐに正しかった事として証明された。
レーダー員が叫ぶ。
「レンジ内に敵機と思われる機影を発見。こちらに向かって来ています」
「直掩はどうなっている?」
「F4Fが三機上がっています」
「ならすぐに対応させろ。こっちの詳しい位置を連中に知らせるな」
そうは言いつつも、それは難しいなとスプルーアンス少将は思っていた。
あまりにも対応が遅すぎるのだ。
本来のレーダーの性能である90キロなら敵索敵機がこっちの位置をはっきり把握する前に迎撃が可能だが、30キロ内で発見となると十分にこっちの位置を知らせる時間がある。
つまり、敵に先手を打たれてしまう恐れがあるのだ。
燃料に余裕があるのなら、大体の敵の艦隊がいる方向に先に攻撃隊を上げて待機させておくという手が使える。
しかし、今はその手は使えない。
位置確認や索敵などにかなりの燃料を消費してしまっている為だ。
以前なら補給が潤沢で戦うことだけを考えていれば良かった。
だが、今は違う。
まさか、燃料の残りを気にして戦うハメになるとはな……。
思わずスプルーアンス少将は苦笑するしかなかった。
艦隊直掩として上空に上がっていたF4F三機は、空母からの指示を受けて敵索敵機迎撃に向かう。
「いいかっ。敵は一機だ。囲んで一気に叩き落す。連中に情報を送らせるな」
艦隊直掩部隊を任せられたストライダー中尉は、後ろに続く二機に指示を出した後、エンジンの回転数を引き上げる。
F4FのP&W製R-1830-90が一際大きな音をたてて機体が加速する。
そして、すぐに目標を見つけた。
上は濃いい緑、下はグレーで塗り分けられているずんぐりむっくりなF4Fと違うスマートな機体だ。
あれは……九七艦攻……か?
以前見た資料とは違う印象を受けたが、すぐに思考を切り替える。
今は機種とか気にする必要はない。
ただ、撃墜するのみだ。
相手もこっちの存在に気が付いたのだろう。
機体を右にずらしてかわそうとしている。
恐らくかわしてそのまま逃走するつもりなのだろう。
だが、九七艦攻の最高速度は、380キロ程度のはず。
それに対してF4F-3のこの機体は、530キロ前後の最高スピードを誇る。
ましてや、こっちは三機だ。
加速も数もこっちが圧倒している。
後はいかにして早く撃墜するかだけが問題といったところだろう。
ストライダー中尉は後方の二機に合図として翼を揺らすとそれを受けて後方の二機がそれぞれ分かれて敵索敵機を取り囲もうとする。
それをかわしていく敵索敵機だが、最後には速力が劣る為に追い詰められ三機によって撃墜される……はずだった。
しかし、そうならなかった。
追い詰められないのだ。
それどころか、付いて行くので一杯一杯になる。
「な、なんだ……。どうなってる……」
ストライダー中尉の顔が焦りの色に染められていく。
ジャップの機体は、速力的にはアメリカ軍機よりも劣っている。
そのはずだった。
それなのに……。
同じく回り込もうとしている他の二機に乗るパイロットも同じ思いなのだろう。
動きに焦りの色が見え隠れしている。
「ば、馬鹿な……。こんな馬鹿な事が……」
そう呟いた瞬間だった。
敵索敵機の機体の後方に設置してある機銃が火を吹く。
その火線にびびったのだろう。
二機のうちの一機が回り込みに失敗する。
するとその間隙を抜き、敵索敵機は艦隊の上空を突っ切り、一気に速度を上げて離脱していく。
「逃がすかっ」
しかし、そのストライダー中尉の言葉とは裏腹にあっという間に距離をつけられて引き離されていく。
それは、相手の方が遥かに速力が上だという証であった。
「くそったれっ」
ストライダー中尉の罵倒する声がコックピットに響いたが、それは相手に向けたものだったのだろうか。
或いは、不甲斐ない自分に向けられたものだったのだろうか。
もしかしたら、両方だったのかもしれない……。
上空の艦隊直掩機と敵索敵機の空中戦の結果は、スプルーアンス少将の考えを一気に変えさせるのに十分なものであった。
かなりの間、艦隊の上空を動き回り、最後は艦隊を横切って離脱したのだ。
こっちの位置や戦力や状態は相手に知られてしまったという事は間違いないだろう。
それに対して、こっちは敵艦隊の大体の位置がわかるだけで敵の戦力も状態もわからない。
あまりにも情報が不足している。
こんな状態で、ケチケチしていて勝てるかというとまず無理なのではないだろうか。
そう判断したスプルーアンス少将は命令を下す。
「攻撃隊第一波を急いで発艦させろ」
「しかし、敵の正確な位置はまだ……」
オリバー中尉が悲鳴のような声を上げる。
「我々にそんな余裕はない。敵はこっちの位置も戦力についての情報も手に入れたとみるべきだ。これで悠長に次の索敵機の情報を待つ時間はないと判断した。第一波は最初の索敵機の報告にあった海域に発進。その後、入ってくるであろう索敵機の情報によって移動先の修正を行なう。だから、発艦を急がせろ」
「り、了解しました。すぐに攻撃隊第一波の発艦を急がせます」
オリバー中尉は慌てて敬礼して復唱すると命令を実行する為に駆け出した。
その様子をちらりと見た後、スプルーアンス少将はテーブルの上にある海図を覗き込む。
その海図は、今まで使用していたものであったが、その上には赤鉛筆で色々と書き込まれている。
それは島だったり、浅瀬だったりとした情報だ。
そしてそれを睨みながら考え込む。
敵ならどう動くかと……。
そして、スプルーアンス少将は勝利するためにはいかにして三つの条件を満たすかが必要だと書かれていた孟子という中国の書物に書かれていた『天の時・地の利・人の和』の言葉を思い出していた。
そして現状、天の時、地の利は完全に敵にあると言えるだろう。
ならば、それをひっくり返す為には、積極的に動くしかない。
今を生き残らねば、明日には繋がらないのだから……。
この自分の判断が正しい事を祈りつつ、発艦していく多くの機体を見送る。
「頼むぞ……」
たった一言であったが、その言葉には必死なまでの熱い願いが込められていた。
注意)
ケイトとは、九七艦攻の連合軍のコードネームです。
ちなみに、他の機体のコードネームは以下の通り。
彩雲→マート
紫電改→ジョージ
九九艦爆→ヴァル
零戦→ジーク
彗星→ジュディ
天山→ジル
流星→グラス




