パガーラン海遭遇戦 その2
「日本船団は二つに分かれた模様。ひとつは北西方面へ。もうひとつは南西方面へ移動開始したそうです」
新任の電信員のロッチ・ハンカーソン1等兵曹長の報告に、操縦員であり、第一次攻撃隊の指揮を任されているジョージ・S・サッタン大尉は楽しそうに笑いつつ口を開く。
「ほほう。味方を逃がす為にわざとこっちの艦隊のいる方向に舵を切ったか……。なかなか根性があるやつがいるみたいだな。日本人はあまり好きじゃないけどよ、嫌いじゃないぜ、そういうのは……」
「なら、攻撃するのは……」
呆れたような顔つきで偵察員のラッカード・エンロフィン少尉が聞いてくる。
「もちろん、こっちに向かって来ているほうだ」
「良いんですか?」
思わずハンカーソン1等兵曹長がそう言うと、エンロフィン少尉は諦めきった顔で答える。
「こういう人なんだよ、うちの隊長は……」
そういう口調には諦めの色が強い。
「なんだ?文句あるってのか?」
「ありません、ありません。前向いて操縦してください」
そう言ってエンロフィン少尉が宥めるように言う。
「大体、こっちに向っている艦艇を無視して、うちの艦隊に攻撃されてみろ。俺らの帰るところがなくなっちまうだろうが……」
「はい、はい。そうですね、そうですね」
「てめぇ、喧嘩売ってるのかっ!!」
大尉と少尉の会話にハンカーソン1等兵曹長が慌てて割り込む。
「頼みますから、前見てくださいっ」
その悲鳴のような声に悪い事をしたと思ったのだろう。
困ったような表情をした後、それでも文句はあるらしくサッタン大尉は悪態をつく。
「少尉、覚えてろよっ」
「ええ。生きて帰れたらね」
「なんだとっ。俺の腕を信用してないってのかっ」
結局治まる気配のない様子にハンカーソン1等兵曹長はため息をつくと口を開く。
「まもなく報告のあった地点になりますから、そろそろ止めておいてくださいませんか?」
その口調は、どちらかというと言う事を聞かない子供を叱る母親のようであった。
「ちっ、わかったよ」
「ああ。そうだな。すまなかった」
ふたりがそれぞれ謝罪する。
それを受けつつも、ハンカーソン1等兵曹長は二人にわからないように小さく息を吐き出した。
疲れる……。
無茶苦茶疲れる……。
道理で誰もこの機体に乗らないわけだよなぁ……。
なんで前任の電信員が別の隊に移ったのか、ハンカーソン1等兵曹長は心底わかった気がしたのだった。
こうして意気揚々(?)と敵艦隊に向かった第一次攻撃隊ではあったが、艦隊を発見したのは会敵予想時刻よりも三十分以上も遅れて十五時四十二分過ぎになっていた。
今回、ここまで遅れた理由は三つ上げられる。
一つ目は、水先案内をして誘導するはずだった敵艦隊を発見した索敵機の燃料が心細くなり、次の機体に任務を引き継ぐ事が出来ずに帰艦してしまった事。
二つ目は、艦隊が電探内に敵機がいなくなった時に進路を大きく北に変えて北上した為に予想進路先に艦隊を発見できなかった事。
三つ目に、天候が崩れ始めて雲が多くなり、再度発見するのに時間がかかってしまった事。
これらの事により、余計な燃料と時間を浪費してしまったのだ。
攻撃隊の指揮を任せられたサッタン大尉曰く「上手くやりやがった、あの野郎っ。おかげで滞空時間がかなり短くなっちまった」という事になる。
ともかく、これで第一次攻撃隊は攻撃を開始するのだが、駆逐艦二隻なんて第一次攻撃隊の戦力で十分だという予想を覆す事態に陥る。
まず攻撃を開始したのは、TBD デバステーター8機(ホーネット所属)だ。
Mk.XIII魚雷搭載の為、航続距離が参加した機種の中で一番短く(700Km前後)、燃料に余裕が無かったためである。
6機のデバステーターが雷撃コースに入り、先頭のエクスマスに4機、オンズローに2機がそれぞれ雷撃を開始。
しかし、その雷撃を二隻の駆逐艦は見事にかわし、それだけに留まらず、エクスマスは低速で低空侵入してくるデバステーター2機を撃墜する。
「何やってやがんだ」
そう言って、隣機と共にサッタン大尉も雷撃を開始したものの、ものの見事に避けられてしまう。
その結果に、サッタン大尉は舌打ちをするものの、結果を出さなかった事に対しての言い訳はせず、燃料が残り少なくなった残りのデバステーターを率いて帰艦するしかなかった。
続いて攻撃を開始したのは、500キロ爆弾を搭載したSB2U ビンディケーター18機(エンタープライズ所属)。
18機が3機ずつに別れ、エクスマスに12機、オンズローに6機が順に急降下爆撃を開始した。
しかし、二隻の駆逐艦は、その攻撃を巧みな動きで交わしていく。
至近弾は多いものの、命中したものはわずか一発のみで、その一発もエクスマスの第三主砲近辺に命中したが、運が悪いときはその運の悪さが続くのか、誘爆どころか、命中した爆弾自身も爆発せずに三番主砲と魚雷発射菅の一基を破壊しただけとなってしまう。
その攻撃に機関室の被害を心配した森本中尉であったが、機関室から『機関問題なし。エンジンますます順調です』という報告にほっと胸をなでおろすと艦内放送で現状を報告し宣言した。
「我々にはフソウの神々の加護があるぞ。全員奮起せよ」
その言葉にますます艦内の士気が高くなったのはいうまでもない。
こうした結果は、運の良さや指揮官の指示の明確さが関係してくると言っていいだろう。
だが、それ以上にフソウ連合海軍が徹底した航空機に対しての防空マニュアルが用意されていたことと、何度も防空訓練を繰り返しており十分に練度が高いという利点があったためという点も大きかった。
しかし、それは第16・17任務混成隊にとっては、撃沈どころか、第一次攻撃隊は敵の足を止めることさえも出来なかったという事である。
それに対して、デバステーター2機、急降下爆撃でもビンディケーター4機破損という被害が出てしまっている。(実際、4機破損のうち、3機が修理不可能と判断され、破棄される結果となった)
その被害ばかりが大きく、戦果と呼ぶにはあまりにも物足りない報告に、スプルーアンス少将の口から言葉が漏れる。
「何をやっているんだ、攻撃隊は……」
それは思った事が口から漏れたという感じてあり、同意を求めるものではなかったが、それはその場にいた全員が思ったことであり、第二次攻撃の必要性はないと判断していた艦隊上層部を慌てさせる結果となった。
報告を聞き、第16・17任務混成隊はすぐに第二次攻撃隊の出撃に取り掛かろうとしたが、不運にもスコールに遭遇してしまい飛行機の発艦の延期を余儀なくされ、また、敵艦位置の確認のために先行させた索敵機が敵艦隊を見失うというミスも重なってしまう。
その不運とミスが重なった結果、時間が開いて発艦した第二次攻撃隊は、ついに二隻の駆逐艦を捕捉することが出来ないまま帰艦することとなったのであった。
「どうだ敵の動きは?」
森本中尉の声に、電探担当の兵が答える。
「電探ギリギリに敵機らしき影は入るのですが、どうやら我々を見失ってしまったようです。こっちに向ってくる様子はありません」
その報告に森本中尉はニタリと笑う。
第一次攻撃隊が電探の範囲外になった瞬間、進行方向を北から敵の艦隊のいる方向の南西へと切り替えたのだ。
連中は、そのまま北上して離脱していると思っているに違いない。
その裏をかいて行動したのである。
そしてその行動がぴたりとはまった。
「そうか……。連中、我々を見失ったか……」
そう言うと森本中尉はふーと息を吐き出した。
今までピーンと引き締まるかのように緊張していた身体の筋肉が一気に柔らかくなった感覚に囚われる。
それは仕方ないのかもしれない。
訓練では何度もやってきているとはいえ、初の対空防衛である。
緊張しない方がおかしいだろう。
森本中尉の口からやっと安堵した呟きが漏れる。
「なんとかなったな……」
船団を無事に逃がす事に成功し、被害も自艦のみであり、不発だった爆弾はすでに海洋投棄が済んでいる。
万事うまくいった。
これで任務完了で寄港できる。
そのはずだったが、ふととんでもない考えが浮かんでしまう。
ゆっくりと視線が空の方に向くと、夜の帳がゆっくりと下りてきており、雲のために薄暗い空がますます暗くなっていくのが目に入る。
だからだろうか。
「敵の航空機の様子から、敵艦隊の位置は把握出来そうか?」
思わずそう副長である松岡少尉に聞き返してしまう。
「えっと……敵艦隊の位置ですか?」
「ああ。敵艦隊の位置だ」
海図を確認し、なにやら計算した後、松岡少尉は答える。
「そうですね……。大体なら……」
「どの辺りと予想する?」
「そうですね。敵機の滞空時間や方角から……」
そう言いつつ、松岡少尉は海図の大体の位置を指差した。
「この辺りかと……」
それを見て森本中尉はニヤリと笑う。
その笑みに何か嫌な予感がしたのだろう。
松岡少尉が恐る恐る聞き返す。
「まさか……」
「そのまさかさ。お礼参りぐらいはしても罰は当たらんだろう?」
「しかし……、我々はわずか二隻です」
「だから良いんだろうが。まさか敵もそうくるとは思っていないだろうからな」
「ですが……」
その反論を楽しそうに森本中尉は笑いながら言わせなかった。
「心配するな。遠距離から魚雷をぶっ放してさっさと離脱するからな。なぁに、深追いはせんよ。それにだ。ほれ……敵の戦力の確認は必要だろう?」
その言葉に、松岡少尉は呆れかえった表情をした。
「そのいい訳、今思い付いたでしょう?」
「わかるか?」
「わかりますよ」
そう言うと、松岡少尉はため息を吐き出す。
確かに、今、艦内の士気は高く、戦果を得られなかった敵は失意の上、油断しているだろう。
また、これからは飛行機の運用が難しい夜になるため、敵の攻撃は艦による攻撃のみとなる。
そうなれば一矢報いる事も可能だ。
それにこちらには新型の電探もある。
闇にまぎれての奇襲なら二隻でもいけるだろう。
そう判断した松岡少尉は表情を引き締めて口を開く。
「条件付で賛同します」
「ほう……。その条件は?」
「発見した際の攻撃は、一撃離脱のみです」
「ふむ。深追いはするなという事だな。それ以外はあるか?」
「後は、零時を過ぎても発見できない場合は、攻撃を諦めて離脱する事です」
「ふむふむ。夜の闇にまぎれて離脱か……」
呟く様にそう言うと、森本中尉は楽しそうに言葉を続けた。
「良いだろう。その条件なら、問題ないぞ」
そして実に楽しそうに笑うと宣言するかのように大きな声を上げた。
「さぁ、楽しい楽しいお礼参りの時間だ!!」
その声に、艦橋にいた乗組員たちは歓声の声を上げた。
こうして、パガーラン海遭遇戦は、アメリカ機動部隊の一方的攻撃で幕を閉じる事はなく、夜戦へと移行していったのである。




