パガーラン海遭遇戦 その1
国籍や所属を確認する。
それはかなり重要な事だ。
明確に敵であるとわかればいいのだが、そんな場合はそんなに多くない。
もし、敵と思っていた艦艇が極秘任務の味方であったり、同盟国、中立国のものであったらどうなるだろうか。
確認せずに攻撃すれば、下手するととんでもない事態になる恐れがある。
言い方は悪いが同士討ちならまだいい。
問題は身内でなんとか収まるだろうから……。
しかし、これが中立国や同盟国なら大きな国際問題になりかねない。
そして、下手をすると同盟国であるはずの味方を敵に回しかねない恐れさえあるのだ。
その為、戦争状態であったとしても国籍、所属の確認は行う必要はある。
そして、その確認方法としては色々な方法がある。
相手に無線や手旗信号、発光信号などで聞く。
船体に書かれてある船名や艦名、番号で判断する。
艦や船の形から判断する。
その艦船が掲げる所属旗や軍艦旗を確認する。
そして、実際に行う場合、その方法の中で幾つかを組み合わせて確認する事が多いが、ほとんどの場合、目視による確認を重視する。
それは、砲撃や雷撃といった攻撃方法が主流の世界で、レーダーのような高度な索敵能力やインターネットのような素早い情報網が発展しきっていない時代ならそれが当たり前なのだ。
もっとも、現代のようなミサイル戦なら、何をそんな悠長なと思ってしまうかもしれないが……。
こうして国籍、所属確認の命令を受けた索敵機は、目視での確認の為にゆっくりと高度を下げていく。
「見えるか?」
操縦員が後部座席搭乗員に声をかける。
「えっと……なんとか形状は確認できますね……。あれは日本軍の駆逐艦ではないようです。イギリスの駆逐艦に近い形状です。それと輸送艦の方はかなり古いタイプのようですね。あまり最近では見かけない感じで……識別は……難しそうです……」
恐らく簡易の艦船識別表で確認しているのだろう。
その上、船団とはかなり距離も高度である。
どうしても返事は歯切れが悪い曖昧なものになってしまう。
「じゃあ、あれはイギリス軍か?」
イギリス軍の所属であればまだ納得できる。
こんな海域で日本海軍が活動しているという報告はない。
それこそ何か隠密な作戦でもしていれば別だろうが、そんな報告は聞いた事がない。
もっとも、現場の一兵士にそんな機密事項は流れてこないのが当たり前なので知らなくて当たり前なのだが……。
「うーん……。何ともいえませんね。無線か発光信号で確認しますか?」
「止せ、止せ。もし敵だったらどうするつもりだ?」
「まさか……。偽装している日本海軍の艦艇ということですか?ですが、この海域は日本海軍の活動は報告されていません……。それこそ……」
そう言いかけて、日本軍の隠密作戦ではと気がついたのだろう。
後部座席搭乗員は言葉を失う。
もしそうなら……。
二人は黙り込んだが、すぐに操縦員が口を開いた。
「こうなりゃ、所属旗を確認するぞ。まさか、旗を掲げていないという事はないだろうからな。それこそ掲げていなければ、攻撃されても文句は言われないだろうよ」
その言葉に後部座席搭乗員は聞き返す。
「それって……かなり高度を下げないと無理では?」
「当たり前だ」
その返事に、後部座席搭乗員が悲鳴のような声を上げる。
「敵だったら……」
「そりゃ、敵だったら撃ってくるだろうな。この機体には、きちんとアメリカ軍のマークが記してあるしな……」
「たった一機で……」
「何、こいつの運動性は折り紙つきだ。それに今は腹に何も抱えていない。いけるって……」
「そんな無責任な……」
しかし、後部座席搭乗員のその声はかき消された。
「しっかりと口を閉じてろ。舌を噛むぞ」
操縦員がそう言うと機体を一気に急降下させたためだ。
「うわああーーーーーーっ」
悲鳴のような声が響くが、それに構うことなく操縦員は機体の高度を一気に落す。
要は急降下爆撃に近い動きで、一気に確認後離脱するつもりのようだ。
「さっさと確認しろ」
操縦員の声に、悲鳴を上げていた後部座席搭乗員が目を見開き確認する。
「見知らぬ所属旗と……あれは……に、日章旗ですっ」
その声に、操縦員が即座に反応し、機体を引き上げる。
「ヤバイ……。離脱する」
大きなGがかかるものの、それを無視して高度を引き上げ、そして艦隊から距離をとる。
砲撃等はなかったが、操縦員の目にも対空砲火の為に砲塔や機銃座が動いているのが見えた。
もし、対空砲火が始まっていたら……。
そう思うとすーっと冷たい汗が背中に一気に噴出す。
ふーっ……。
息を吐き出して操縦員が後部座席搭乗員に声をかける。
「報告してくれ……。『所属不明の船団は、日本軍のものと思われる。我、日章旗を確認する』だ……」
「了解しました。それで我々はどうしましょう?」
「しばらくはこのまま監視だ。燃料に余裕があるうちはな……」
その返事に、後部座席搭乗員はため息を吐き出した。
「敵戦闘機がいないのが救いですね」
そして、無線でエンタープライズに報告を始めたのだった。
「未確認機、接近してきます。そろそろ目視できる距離です」
電探担当の乗組員の声にあわせるかのように監視の兵も声を上げる。
「見えました」
その声に、森本中尉が聞き返す。
「識別できるか?」
「まだ無理です。もう少し……」
「わかった。そのまま監視を続けよ。各艦に対空防御の準備をさせろ。ただし、こっちから発砲するな。いいな!」
そう命令し、森本中尉は腕を組んで考え込む。
「所属不明機、一気に高度を下げました」
その報告に、艦内に一気に緊張が走る。
攻撃してくるのではと誰もが判断したからだ。
そんな中、艦橋の天井を睨みつけるかのように見上げて森本中尉が叫ぶように聞く。
「識別はっ……」
「機体に記されているのはフソウ連合のものではありません。青丸に白星の形です」
その報告に、森本中尉が対空防御を命じようと口を開きかけるも、すぐに監視の兵の報告が続く。
「不明機、機首を上げました。一気に離脱していきます」
その報告に、森本中尉は息を吐き呟く。
「どうやら、相手もこっちの所属を確認したかったようだな……」
そして組んでいた腕を解くと艦橋にいる全員に聞こえるように大きな声で命令する。
「通信士、イムサと本国に連絡だ。『所属不明機の所属は不明ながらも、青丸に白星の印をつけている。現在、我々の知っている国や勢力のものではない為、これ以降は防衛行動を実施する』と。それと各艦に伝えろ。『所属不明機の認識を敵機に変更。防衛行動に移行する』とな」
「り、了解しました」
通信士が承諾して無線機にかじりつき、手旗信号と発光信号の為に兵達が慌しく動くのを見た後、森本中尉は電探担当の乗組員に視線を向けて聞く。
「敵機の動きはどうだ?」
「はっ。敵機は、ある程度の距離から着かず離れずといった感じですね。こっちの動きを敵艦隊に連絡していると思われます」
「厄介だな。次に来る時は一機だけって事にはならなそうだな。そう言えば、確か敵機の電探侵入方向は西南だったな?」
「はっ。南西の方角より侵入してきました」
「連中はこっちが電探で事前に近づいているを知っているとは思えん。……とすると……侵入してきた方向の奥に敵艦隊がいると言う事か。それも水上機ではなく艦上機という事は、敵は空母を保有する事は確実と……」
森本中尉は呟く様にそう言うとしばし考え込んだ後、命令を下した。
「各艦に伝えろ。オファーは船団を率いて東北に向いつつ海域を離脱。近くのイムサ所属の艦隊に合流だ。オンズローは本艦と共に船団離脱の時間稼ぎをするぞ。それと近くの海域で行動中のイムサの艦隊はどうだ?」
「はっ。すぐ近くの海域に共和国所属の第二十二隊が護衛任務中であります」
「構成は?」
「装甲巡洋艦四隻となっています」
「よし。そこにも連絡だ。オファー率いる船団との合流を頼んでおけ」
そんな中、通信士が報告してくる。
「イムサより連絡。この海域のフソウ連合艦艇の活動はなしとのことです」
その報告に、森本中尉が苦笑して呟く。
「その連絡がもう少し早いと良かったんだがな……」
そうすりゃ、最初の接近で迎撃できたかもしれんのに……。
そう言いたかったが、そうは言っても仕方ないというべきだろう。
現実はままならないものという事だ。
「オファーと船団、離れていきます」
監視の兵の報告に、森本中尉はそちらに目を向ける。
オファーの甲板には、手が空いている兵達が敬礼しているのが見えた。
それに対して無意識の内に森本中尉も敬礼をする。
見えていないとしても、それはそれで構わない。
したいからする。
それだけだ。
そして、よく見ると敬礼しているのは森本中尉だけではない。
エクスマスの乗組員もそれぞれ敬礼している。
その様子に森本中尉は満足感を覚え、自然と頬が緩む。
しかし、顔に筋肉をぐっと引き締めると口を開いた。
「これより本艦とオンズローは敵の注意をひきつける。第一戦速で南西に進路を取れ」
二隻の駆逐艦が大きく方向を変える。
船団は二つに分かれた。
そして、それは遠く離れ監視任務についているSBD ドーントレスにもはっきりと見えていた。
その頃、アメリカ海軍第16・17任務混成隊は決断を迫られていた。
本来、日本海軍の行動範囲外である海域での日本船団の発見。
その意味するところは日本海軍がなにやら隠密で作戦を実行しているという事になる。
それはわかるのだが、この辺の海域で軍事的に重要拠点はない。
その上、敵の完全な制海権の中で島を占領し基地化したとしてもそれが何になるだろうか。
補給を封じるだけで無力化出来、戦う必要はなくなってしまう。
そんなこともわからないほど敵も馬鹿ではあるまい。
それとも、我々には思い付かない作戦でもあるのだろうか……。
ともかくだ。
日本軍の目論見がわからない以上、どう対応すべきかという事になる。
おそらく、このまま見逃しても大局は変わらないだろう。
それに、遅れてしまった日程の件もあるし、ここで戦力を消耗するというのも問題だ。
だから、ここは無視して進むべきと言う意見もあった。
しかし、大半の者達は、日本憎しと考えていたし、ここで叩いておけば合流に遅れたときの言い訳にも使えると考えていた者もいたために、ここで日本の船団を叩くという選択を望んでいた。
スプルーアンス少将としては、このまま無視してもよいかという気になっていたが、周りの意見に押される形で、攻撃を行うことを命令する。
第一波は、F4F ワイルドキャット12機(エンタープライズ所属6機、ホーネット所属6機)、TBD デバステーター8機(ホーネット所属)、SB2U ビンディケーター18機(エンタープライズ所属)の38機で構成され、それぞれの母艦から順次発艦して行く。
また、防空隊として直援機としてエンタープライズ所属のSBD ドーントレス6機が飛び立つ。
こうして、フソウ連合海軍とアメリカ海軍の最初の死闘、パガーラン海遭遇戦の幕は切って落とされたのだった。




