老人と若手商人 その1
「まさかこんな事態になるとはな…」
今月の議長を務めるリッキータ・カントルンは、ため息混じりにそう発言した。
その言葉に、その場にいたほとんどの者が同意するかのようにため息を吐き出したり俯いたりしている。
シーンと静まり返っており、物音しない有り様であった。
その様子をアントハトナ・ランセルバーグはあきれ返って見ている。
ここは、ポルメシアン商業連盟の中心施設『ポルメシアン商業組合本部』の一室で、月末近くという事もあって連盟を牛耳る商人達による円卓会議が開かれている。
だが、普段なら、今月の決算予想と世界情勢の話でこの会議は盛り上がっていろんな意見が熱く語られるはずが、今月に関してはまるで通夜のようになってしまっている。
その最大の原因は、連盟がかなりの出資をして援助していた帝国が、今や西部地区に追いやられて連邦に押しつぶされそうになってしまっているという現状であった。
また、海賊国家サネホーンによる被害も増大している。
その為、海賊対策にフソウ連合を動かして対処させようとして裏で動いていたが、それを牽制するかのようにフソウ連合は王国と共和国の三ヶ国で『多国籍による国際海路警備機構(International Maritime Security Agency)』略して『IMSA』という海路防衛の組織を作って独自に対応を始めてしまった。
おかげで、連盟が進めていたフソウ連合と海賊による潰しあいを狙った計画は全て水泡と化し、独自で海賊対策をしなければならなくなってしまった。
もちろん、一部の商人達からはイムサに参加してはと言う意見もあったが、それは却下されてしまっている。
我々は他の強国に縛られない連盟の商人であり、他国に流通を握られるのは誇りが許さないという事が建前だが、本音としては他国にばれたら不味いものを大量に輸送していたりする場合が多いためだった。
それは植民地を牛耳る為に使われる麻薬であったり、人身売買、つまり奴隷であったりといった事だ。
一応、強制力はないものの、教国が発起国となって国際的には麻薬や人身売買を禁止する条約が強国間で結ばれているが、それは建前であり、依然としてそれは表に出にくくなっただけで実際に行われている。
ただ、一部の強国は、この二つの利益で得られることよりもデメリットの方が大きいのではないかと考えてしっかり締め出しているところもある。
ともかくだ。
そんな感じで、イムサに参加するとそういった違反がばれて批判される可能性が高くなるのと、流通経路がばれる恐れがあるため、参加できないでいるわけだ。
そして海賊もそんなことがわかっているのだろう。
連盟の輸送船団を狙っているかのように襲撃していた。
まぁ、三ヶ国を敵に回すより、警備も薄くてうまみも美味しい連邦の船団は、連中にとってまさにカモと言っていいだろう。
そして反対に、イムサの関わる船団を襲う事はほとんどなくなっていったのである。
その結果が、月に一、二隻程度であった被害が、イムサ発足後は一気に六隻まで増えてしまった。
大赤字である。
シーンと静まり返った会議室に、やれやれといった感じでアントハトナは手を上げた。
リッキータ議長が慌てて指名する。
「アントハトナ老、何かご意見でも…」
ため息を吐き出すとその場にいる全員を見回した。
ほとんどの者が実に情けない表情をしている。
無様じゃな…。
そう思いつつ口を開いた。
「先ほどから色々被害は言われているようだが、全体の予想被害はどうなっておるのかね?」
そう言われて、議長は初めて全体的な数字の報告を上げていない事に気がついた。
被害、悲報ばかりに気が動転していたのだろう。
もっとも、アントハトナにしてみれば、この程度の事で動揺するとは実に情けないやつじゃということになるのだが……。
故にその言葉には侮蔑の色がにじみ出ていた。
「す、すみません…。すぐにこの資料を配りたまえ」
部下に命じて全員に予測被害の資料を配らせる。
そして、短くだが全体的な被害総額を報告した。
「海賊の襲撃によって失われた分と帝国に投資した分の被害総額は……およそ3億5300万リルとなる…」
その数字で、再びその場にいたほとんどの者がため息を吐き出した。
なお、リルとは連盟が発行している通貨の単位で、現代日本の感覚だと1リルが大体100円前後の価値で、3億5300万リルはおよそ353億円という金額になる。
確かに痛い出費ではあるが、まだまだ国を揺るがすレベルではない。
しかし、それで報告は終わりではなかった。
「それとだ…。今月の貿易予想は…前年比-52.3%となっている…」
ますます、陰険な空気が会議室を満たしていく。
そんな空気の中、アントハトナは何も解決策を考えずにため息を吐いて項垂れている他の商人達を侮蔑の表情で見回した。
本当に骨のあるやつはいないのか?
そんな空気の中、一人だけ身体を震わせているものがいたことに気がつく。
アントハトナは自分の頭の隅に押しやっていた記憶をなんとか掘り起こして思い出す。
ポランド・リットーミンとかいったか…。
確か、リットーミン商会の新しい代表になった男だ。
年はまだ三十後半で、本当なら後を継ぐべき兄の乗り込んでいた船団が海賊の襲撃を受けて亡くなった為、急遽後を継いだという話だった。
確か、兄の方は影が薄くていてもいなくてもいいような感じだったが、どうやら弟であるあの男は少し違うようだ。
なにやら面白い玩具を見つけたような気持ちでアントハトナが見ていると、ついに我慢できなくなったのだろう、ポランドが挙手する。
「あ、えっと…あ、そうそう、今月から会議に来ていたリットーミン商会の…えっと…」
どうやら、議長もよく覚えていなかったようだ。
思わず噴出しそうになったが、アントハトナはぐっと押さえ込む。
しかし、会議中に噴出しそうになるのは何年ぶりだろうか。
もう十年近くも前になるか…。
そんな事を思っていたら、ポランドは立ち上がると円卓を叩いた。
どんっ。
鈍い音があたりに響き、下を向いていたほとんどの者が音の発信源に視線を向けた。
「リットーミン商会のポランドです」
響き渡るかのような声でそう発言すると、ポランドは議長を睨みつける。
その視線と言葉に、議長が慌てて口を開く。
「そ、そうだった。そうだったな。すまんなポランドくん。それで何か意見があるかね?」
ポランドは、ぎろり会議室内を見回した後、荒々しく言う。
「何か対策を立てるなり、対処方法を話し合わないのですか?ここで下ばかり向いていても何も進みません」
その言葉に、一人の商人が呟く様に言う。
「そうは言うがな、これは予想外の出来事なのだよ」
「なら、対策をきちんと立てましょう。帝国への援助を続けるのか、それともここで切ってしまうのか。それに海賊対策をどうするのか。それに落ち込んでいる貿易に対しての対策も…。そういう事を話し合う為にここに皆さん来ているんじゃないんですか?嘆くだけなら、他所でやってください。こっちの気が滅入りますから迷惑です」
その物言いに、腹が立ったのだろう。
何人かの商人が文句を言い始める。
「なにを若造がっ。偉そうに言いやがって」
「そうだ。口ばかりの癖に何を言ってやがる」
だが、その文句もすぐに静かになった。
アントハトナが円卓を両手で叩いて立ち上がると大きな声で叱りつけたからだ。
「貴様らにそやつを責める資格などないわ、この臆病どもめがっ!」
怒気が一気にその場にいた者たちを飲み込んでいく。
アントハトナは基本、ここまで怒る事はない。
それ故に、皆驚き、そして恐怖した。
老人の逆鱗に触れてしまったとわかったからだ。
「議長、すぐに今やつが言った事を検討しろ」
「は、はいっ。わ、わかりましたっ」
議長はいきなり呼ばれたためかびくんっと反応し、慌てて言う。
その様子は、まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。
ぎろりと視線をポランドに向けるとアントハトナは口を開く。
「お前も、言い出した以上、自分なりの考えがあるのだろう。まずはそれを曝せ。いいな?」
真っ青な顔であったが、その目にはまだ意地と言う光が見え隠れしているのを確認すると、アントハトナはポランドに意見を出すように示す。
それをうけて、ポランドが自分なりの対策意見を言い始めた。
それを見てアントハトナはゆっくりと自分の椅子に座って腕を組む。
こうして、ほとんど進行しなかった会議はゆっくりとだが動き出した。
そして、今回の会議で決まった事は以下の通りである。
帝国への援助は継続するが、規模を縮小して様子を見る。
海賊に対しては、すくにできるものとして警備の強化、また頼りない傭兵団に変わる連盟独自の軍の編成の検討と、もしイムサに参加した場合のメリット・デメリットの洗い直し、各国に対しての海賊に対する取り組みの働きかけなどが決められた。
そして貿易に関しては、被害のほとんどが海賊によるものであり、その海賊によって被った被害の補填などが大きい為、いかにそれを減らしていくかを当面の課題とするということで落ち着いたのである。
なお、この意見のほとんどがポランドの提示したもので、反対意見もなく承認された。
こうして会議は終わり、ほとんどの者が暗い表情で退室していく中、アントハトナは椅子に座ったままじっと考え込んでいるようだった。
そして、全員が退室した後に後ろに控えている部下の一人を呼ぶ。
「リットーミン商会とポランド・リットーミンについて急いで調べろ」
そう命じるとアントハトナはゆっくりと立ち上がった。
その顔に浮かぶのは満足そうな微笑だ。
「さて…。楽しみな事よ…」
彼はそう呟くと会議室を退室したのだった。
そして三日後…。
リットーミン商会とポランド・リットーミンについての報告書を受けたアントハトナはニタリと笑うとポランド・リットーミンに招待状を出す。
それは、月に一度行われるアントハトナが主催するパーティで、連盟内だけでなく世界中の彼の人脈が集まるパーティだ。
そこに招待したのだ。
それは、ポランド・リットーミンを対等の話が出来る人物と見込んでのものであり、そして彼に対しての試験でもある。
このパーティで見事対応出来るのなら良し、出来なければそれまでと言う事だ。
そして、それをポランドもわかっているのだろう。
返事には『光栄な事です。ぜひ参加させていただきたい』と言う言葉が添えられていたのだった。




