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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十八章 帝国崩壊

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ラッサーラ軍港にて…

アデリナ率いる艦隊が、西部地区の最大の軍港であるラッサーラに到着したのは、六月二十日の早朝だったが、輸送艦艇のトラブルや速力の遅さから実に予定よりも十時間以上遅れての到着となってしまっていた。

だが、早朝ではあったが、港には多くの軍人や民間人が集まって大歓迎で艦隊を迎え入れた。

そのあまりにも大袈裟すぎる歓迎ぶりにアデリナを始め、艦隊のほとんどの兵達は驚き、不思議がった。

それはそうだろう。

親衛隊はどこでも惨敗しており、すでに帝都のある中央地区や南部は連邦の支配下になっているか、内乱により混沌としてしまっているのだ。

さらに、言うならアデリナ達は撤退してきたのだ。

言い方を変えるなら敗戦と言っていいだろう。

では、なぜこんなにも歓迎されるのだろうか。

アデリナにはさっぱりわからなかったが、邪険にされるよりははるかにマシだし、受け入れてくれるなら、それでいいか…。

だから難しく考える事を止めよう。

すっかり脱出計画で精も根も使い果たしたアデリナは、素直に今の現状を受け入れる事を良しとしたのだった。


では、なぜ、こんな大歓迎を受けたのか。

それにはちゃんと理由がある。

元々西部地区とここに駐在する親衛隊第五旅団と第七旅団の総勢六万の兵力を管理しているドミートリイ・ロマーヌイチ・プルシェンコ上級大将は、親衛隊の中でもかなりの常識人であり、権力欲のない穏健な人物として有名である。

その為、エリク長官としては、決して裏切る事のない、しかしあまりにも倫理を大切にする彼を持て余し、それでいて付け入る隙のない彼に対して西部地区の管理を任せるという理由で、中央より遠ざけて中央に影響力が及ぼさないようすることしか行わなかった。

その為、西部地区はかえって中央政府の影響を受けずにプルシェンコ上級大将の指示により堅実な政策を行った為に、中央や他の地区とは比べて親衛隊の支配する地域の中では格段に政治的にも経済的にも安定した地域となっていた。

その為だろうか。

イヴァン・ラッドント・クラーキンの宣言に対しても、帝国海軍が管理している北部地区と同じように大きな混乱もなく穏便な状態であったが、宣言では動じなかったものの、宣言によって起こった動乱に関しては穏便に済ませる事が難しくなっていたのである。

その最大の理由が、各地の親衛隊が惨敗だ。

プルシェンコ上級大将率いる二つの旅団は、ある意味、装備こそ防衛隊に劣るものの、それ以外はあらゆる点でノンナのいる帝国海軍に匹敵する軍団であったし、プルシェンコ上級大将自身の人徳もあり、表面上はそれほど大騒ぎにはなっていなかったが、それでも自分らを導いてくれる人物がいないと言う不安は領民の心を蝕んでいた。

別にプルシェンコ上級大将でも良いではないかというものも大勢いたが、彼は頑なにそれを拒んだ。

私はそんな器ではないと…。

そして、親衛隊のエリク長官の行方不明というニュースがその不安に拍車をかけた。

では、誰が導いてくれるだろうか。

我々はどうすればいいのだろうか。

そんな不安の中、国民義勇軍を蹴散らし、さらに帝国海軍の支配する領海を突破してこちらに向っているアデリナ艦隊の話はあっという間に領民達に広がってしまった。

(正確に言うとプルシェンコ上級大将が士気を維持するためにある程度故意に流したのだが…)

その上、元々、アデリナの国民人気はとても高い。

その美しさと気高さ。

黄金の姫騎士として、帝国の戦乙女として、絶大の知名度かある。

確かにフソウ連合との戦いには負けたし、良くない噂もある。

だが、それでも、名前もよく知らない人物に導かれるよりは遥かにマシであった。

だからこそ人々はアデリナに期待し、その結果、この現象を起こしたのである。


領民と軍人達の歓声と拍手の中で、港に降り立ったアデリナの前に、軍服を当たり前のように着こなした渋い感じの中年男性が近付いてくると敬礼した。

「ようこそラッサーラへ。アデリナ様」

その言い方と男性の着ていた軍服の階級章で誰だかわかったのだろう。

アデリナも敬礼し口を開く。

「ドミートリイ・ロマーヌイチ・プルシェンコ上級大将ですね。お出迎え感謝いたします」

「いえ。戦女神と名高きアデリナ様が来られるのだから、これぐらいは当たり前です。なんせ、アデリナ様の名声は、領民達にも広く知られているのですから…」

「そうなの?」

「ええ。先日の戦いでは、残念な事に敗北いたしましたが、それでも勝敗は兵家の常といいます。それで今までの勝利が消え去るものではありませんし、それに今回は難しいであろう脱出劇を無事遂行されました。これにより、ますますアデリナ様の知名度は高くなったと思っております」

その言葉に、悪い気はしなかったのだろう。

アデリナが少し嬉しそうに笑う。

「おべっかとわかっていても光栄な事だわ。ふふっ」

「そんな事はありませんぞ。なら、試しに領民に応えてみてくださいませ」

「応える?」

「ええ。軽く手を振って見せるだけで結構です」

「こう…かしら?」

そう言って、言われるままに右手を軽く上げて周りに視線を送った。

すると領民や軍人達の歓声が一際大きくなり、周りの熱気がヒートアップしていく。

それはまるで人気の歌手のコンサートのようだ。

いや、それはある意味間違っていないのかもしれないが…。

その熱気と歓声に、アデリナはびっくりすると同時に感動していた。

今まで感じたことがないものであった。

それは支持、応援される喜び。

フソウ連合に敗れるまでは、彼女にとって艦艇とノンナを始めとする一部の人だけが彼女の世界であった。

しかし、ノンナが去って艦艇を取り上げられた時、彼女は自分が何もないことに初めて気が付いたのである。

そして、彼女は徐々にではあったが周りを受け入れ始めた。

人との係わり合いを…。

そしてより詳しく知ることになる。

人の汚さを始めとする暗い部分を…。

しかし、それだけではなかった。

それ以上に素晴らしいもの。

それは、人のもつ優しさや思いやりといった光の部分を感じたのだ。

そして、今、アデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチは、人々に支持され応援される喜びを知ることで、一人の人としてまた成長したのである。


熱烈な歓迎の後、本来ならば少し休みを取るべきかもしれなかったが、状況はそんな暇を与えなかった。

港での歓迎の後、アデリナは軍港にある艦隊司令部の指揮官室で西部地区や帝国内の現状の報告を受けたのである。

モッドーラにいた時は、あまりにも帝国全体の情報が少なかった為に把握出来なかった事が次々とアデリナに知らせられた。

西部地区以外の親衛隊は事実上壊滅してしまい、エリク長官を初めとする上層部も音信不通の行方不明であり、どうしようもない状態である事。

帝国海軍の支配する北部は健在で、今回のことでの被害はほとんどない事。

西部地区も今のところは大きな被害は無いものの、領民は指導者不在に不安がっている事。

それらの情報から、やっとアデリナは自分らが大歓迎された理由を理解する。

「つまり…私に指導者の地位につけと?」

少し目を細めてそう聞くアデリナに、プルシェンコ上級大将は無言でこくんと頷く。

「プルシェンコ上級大将がやればいいじゃありませんか…」

アデリナの抗議にも似た言葉も、プルシェンコ上級大将は横に首を振る。

「私も領民の為にと何回かは考えてみたのですが、結果はいつも同じです。やっぱり私では駄目なのですよ」

「なぜですか?」

「私には誇れるような戦歴も名声はありませんし、理想もありません。それに、私には野心というものが欠落しているのでしょう。そんな私にあるのは愚直なまでの忠誠のみなのです。だから、エリク長官も私を中央から遠ざける事しかしなかった」

そういった後、プルシェンコ上級大将は少し寂しそうに笑う。

その笑顔に、アデリナは一瞬迷ったものの口を開いた。

「私には、それがあると?」

「ええ。貴女には、黄金の姫騎士を始め、いくつかの通り名がつくほど名声と戦役を持っておいでだ。そして、何より人を惹き付けてやまない華がある」

「でも理想はあるとは言えないんじゃなくて?」

「では、なぜ、軍に復帰されたのですか?」

一瞬、躊躇したものの、アデリナは口を開く。

「私は、ただ、艦艇や軍艦に関わっていたいだけ。それに…」

少し考えて、アデリナは言葉を続けた。

「一人で隠居するのは寂しいから、人と関わりたいと思い始めたってところかしら」

アデリナの言葉に、プルシェンコ上級大将は笑う。

「それでも良いじゃありませんか。それも欲というやつですよ」

「でも…そんな理由じゃ…」

「では、こう考えたらどうでしょうか?」

そう言って、プルシェンコ上級大将は一回堰をすると言葉を続けた。

「軍艦に関わりたい。それはこの国を強くしていきたいということではありませんか?より強い軍艦や艦艇と関わりたいでしょう?それに人と関わりたいと言われましたが、その関わった人々には、豊かな暮らしをして欲しいと思いますよね。指導者になるという事は、そんなあなたの関わった人だけでなく、その国の領民と関わり、そして豊かな幸せにするという事ですよ」

「えっと…確かにそういう解釈もあるけど…」

アデリナは反論を言いかけるも歯切れが悪い。

その上、それに畳み掛けるようにプルシェンコ上級大将は言葉を続けた。

「それにアデリナ様も見たでしょう?感じたでしょう?人々の支持を…熱気を…」

アデリナの脳裏に、さっきまでの人々の歓声や熱気が浮かぶ。

だが、それでもアデリナは頷けない。

「私は、あまりにもいろんな部分が欠落している。そんな私では…」

しかし、プルシェンコ上級大将はアデリナの言葉を最後まで言わせなかった。

「我々が、補佐いたします」

「補佐?」

「ええ。私を初め、この地にいる者全てでアデリナ様を支えさせていただきます。さらに、この地には、帝都から多くの人々が流れ込んでおります。その中には、行政に関わっていたものも多いという事でした。もしアデリナ様が立つというのなら、きっと彼らも協力してくれるでしょう」

そこまで言われ、アデリナはしばらく考え込んだ後、ため息を吐き出して苦笑した。

「エリク長官に、皇帝に据えるって言われて、まぁ、どうせお飾りでいいからとか思っていたけど…、どうやらそういうわけにはいかないみたいね」

その言葉にプルシェンコ上級大将は苦笑した。

「エリク長官らしいですな」

「でも、あなたはそんなことは望んでいないのよね?」

「もちろんでございます。我々は、アデリナ様をお飾りにするつもりはございません。ちゃんとした指導者となっていただきたいのです」

「だから、気が乗らないのよ…」

そう言って、アデリナはますます困った顔をした。

「少し考えさせてくれない?」

それは仕方ないのかもしれない。

アデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチにとって大きな変化であると同時に、親衛隊、西部地区の人々にとっても大きな変化となるのだから…。

「わかりました。ですが、お早い決断をお願いいたします」

そう言って、プルシェンコ上級大将は退出した。

一人、部屋に残されたアデリナは天井を見上げる。

何でこうなっちゃったんだろうと思考しながら…。

だが、そんな風に迷う時間はあまり残されていなかった。

翌日の六月二十一日にあった北部地区の宣言によって、彼女はプルシェンコ上級大将の申し出を受ける決心をする事になるのである。

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