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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十八章 帝国崩壊

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エスケープ・プラン  その2

大体の方針が決まった後、モッドーラ残留部隊をアデリアは大きく三つに分けた。

その役割は、物資などを船に運ぶ運送、放棄破壊する為の工作、敵が襲撃してきた時の時間を稼ぐ為の防衛である。

そして、すぐに各艦艇の人員配置など細かい部分の話し合いが行われた。

アデリアの予想では、もって二日、下手すると半日もすれば敵の襲撃があると考えていた。

だから、まずは防衛の為の準備が一気に実行される事となった。

防衛線で戦うのは、半数にまで減ってしまった親衛隊の陸上兵力と艦隊に配属された陸戦隊だ。

その兵員数は、六百八十名。

モッドーラ残留部隊の全戦力は、港にいる全ての人員、艦艇の乗組員を含めた人数を動員しても八千にも満たない程度だろう。

それに対して、首都を攻撃している国民義勇軍の総数はかなりの兵力で、今や十万以上だという情報さえある。

その事を考えれば、あまりにも劣勢だ。

そこでアデリナの指示した戦法は、徹底的な割り切りだった。

自分達以外の兵力が近付いてきたら、敵と見なして攻撃をするというものだ。

もし親衛隊の残党がこちらへ来たとしても受け入れるつもりはない。

もしそれに敵が混ざっていたらどうするというのだ。

それに味方の敗残兵を助けるような余裕は我々にはない。

自分達が生き残る為、徹底的に切り捨てる必要があった。

その為、敵味方の区別をつけるため、モッドーラ残留部隊の全員に紅い布が支給され、絶対右の二の腕に巻く事とした。

それが見当たらなければ、敵として射殺せよという事である。

また、倉庫に残っていた砲弾に振動に対して反応する信管をつけたものが軍港の周りの一番外枠に埋められた。

少しでも敵の侵攻を止めるためだ。

それに敵に使われるくらいなら、少しでも敵に被害を与えたほうがいいだろうという判断もあった。

その結果、軍港の周りにはびっしりと砲弾が埋められ、即席の地雷原が完成した。

そして地雷原の内側に作られたのは、侵攻してくる敵歩兵の足を止めるために幾重にも用意された鉄条網だ。

その鉄条網の次に用意されたのは防衛隊が潜む塹壕で、塹壕はうまく繋がって表に出ることなく軍港に戻れるようになっており、その塹壕の途中途中に補給所が何箇所も用意されている。

徹底的に防御に徹する。

その準備がしっかりと行われた。

また、長距離援護射撃を行うべく、重戦艦四隻が砲撃援護をする為に港の近くに配置され停泊し、その際の射撃の精度を上げるために塹壕には観測所が幾つも用意された。

また、防衛陣の準備だけでなく、工作の方法や物資や艦艇の選別が行われ、その際に新しく提案されたものがいくつかあった。

その中でも特に有効だと思われたのは、選別から残していく艦艇と施設全てを破壊するには時間が足りないので、備蓄してあった機雷を港内で全て展開して艦艇を動けなくするというものだ。

確かにモッドーラには帝国海軍との戦いで使うべくかなり多くの機雷が用意されており、提案の実施は可能だし、そうする事で不要な艦艇を爆破して沈めてしまう準備を施設放棄や破壊の準備に使えるのは大きい。

しかし、最初にその案を出された時、アデリナは不機嫌そうな顔になった。

それは仕方ないのかもしれない。

彼女の愛するテルピッツを行動できなくし、自沈するしかない状況に追い込んだのは、間違いなく機雷であったからだ。

しかし、今は好き嫌いを言っている余裕はない。

だから、渋々その案を飲み、実施するように指示した。

こうして、脱出計画は進みつつあったが、ゴリツィン大佐を初めとする今いる指揮官や上層部の者達にこの計画の前線指揮を任せられるほどの者はいなかった。

そこでアデリナは、性格や行動に問題があったり、派閥の力関係の為に昇進できないでいる者達の中からこの作戦の指揮を任せられそうな人物をピックアップし、それぞれに防衛、搬入運送、工作の指揮を命じた。

任命された彼らの階級は決して高くはないものの、戦時特別階級を与えられ、作戦の間のみという制限をつけることで、不満顔の上層部の連中をアデリナは黙らせた。

その三人とは、以下の通りである。

防衛を任されたのは、親衛隊のフョードル・ムスチスラフスキー少尉で、元々は優秀な部隊指揮をする有望な人物であったが、ズケズケと自分の意見を言う為に上官からはかなり煙たがられ、しかし大きな失敗はしないために出世できずに少尉止まりになっている。

ある意味、飼い殺しに近い状況ではあったが、もっとも本人は部下と共に戦えると言って笑い飛ばし、前線で戦うことを好むような豪快な人物でもあり、上官のいなくなって崩壊しかけた親衛隊駐在部隊をまとめて完全に崩壊するのを防いだ事で、今回の件を任せられることとなった。

次に運搬運送を任せられたのは、帝国海軍輸送部隊出身のドミートリー・イヴァーノヴィチ少尉。

数値に強くて有能ではあったが、上司の不正に腹を立て楯突いた結果、辺境に飛ばされてしまって出世街道から外れてしまっていた。

しかし、アデリナ艦隊に配属され、その優秀さにアデリナに一目置かれるようになった人物である。

そして最後の工作を任せられたのは、元海軍の軍人であり、軍港モッドーラで艦艇の修理などを行う工員のまとめ役をやっているボリス・フョードロヴィチ・ゴドゥノフ。

戦記や戦いについて色々調べるのが好きで、今回の機雷による港の封鎖を提案したことで抜擢された。

こうして、この三人を中心に計画は動き出したのである。

なお、普通ではありえない少尉などの階級の者が大佐や中佐といった自分より上位の階級のものを頭ごなしに命令してこき使う光景が展開され、のちに生き残った兵士達はその光景を笑い話にして面白おかしく伝えた為、後にその笑い話を元にちょび髭の下士官が上官を振り回す喜劇を生み出す事となったのである。


脱出計画が進められた初日は、気球を上げて周囲を警戒しつつ作業が行われたが、敵の襲来もなく、防御を優先して人員がまわされた結果、防御陣の方はなんとか形になった。

その報告を聞き、アデリナは胸をなでおろすと同時に、防衛部隊以外を工作、運搬輸送に振り分け、兵達に休息はきちんと取らせるが常に対応できるように三交代制を実施させた。

また、兵達には振り割れられて乗船する艦艇に私物の荷物はさっさと先に運ばせた。

練度は高くないものの親衛隊にとって艦艇乗りや軍港の施設関係者は貴重な戦力であり、早々簡単に失ってもらっては困る為、いざとなったらすぐにでも乗艦して離脱できるようにするためだ。

沈みゆく夕日をアデリナが窓の傍に立って眺めていると副官であるゴリツィン大佐がコーヒーをトレイに乗せてやってきた。

「あら、気が利くわね」

アデリナのその言葉に、ゴリツィン大佐が苦笑した表情を見せる。

「自分にできる事はこれくらいですからね」

人によっては自分を副官に任命したアデリナに対しての皮肉とも取れる言葉であるが、本人はそんなつもりはないようだった。

あくまでも自分自身の不甲斐なさを嘆いているといったところだろうか。

アデリナにコーヒーを渡すとゴリツィン大佐は意を決したように口を開く。

「アデリナ様の判断は実に正しいと思います」

その言葉に、アデリナは一瞬何の事を言っているのかわからなかったが、すぐにゴリツィン大佐への今の待遇についてだとわかると苦笑を浮かべる。

「なぜそう思ったのかしら?」

「いかに自分がぬるま湯の中、何もせずにコネと派閥の力で今の地位になったかとわかったからですよ。彼らは実に優秀だ。それに引き換え、自分らの不甲斐なさをわずか数時間の間でたっぷりと見せ付けられましたからね」

そう言うとゴリツィン大佐は深くため息を吐き出した。

その言葉と様子にアデリナは内心驚いていた。

思ったよりも自己分析が出来るという事に…。

それがわかったのだろう。

ゴリツィン大佐はますます困ったような顔をした。

「空気を読んだり、人の顔色を伺うのは得意なんですよ…」

そういった後ゴリツィン大佐はまた深いため息を吐き出した。

「海軍に入った頃は、自分はもっとできる、やれると思っていたんですけどね。いつの間にかこんなになってましたよ…。情けない…」

まさかこんな事を言われると思っていなかったアデリナは何と言っていいのか困ってしまう。

今まではただ上から目線で命令するだけであり、こんな風に部下と話す事なんてまったくなかったのだから…。

「まぁ、しがない出来損ないの部下の愚痴と思ってください。だから、今の私の立場を恨んでもいないし、悪くも思ってもいない。そう思っていることだけは知っておいてもらいたいという事です」

そう言うとすっきりした表情でゴリツィン大佐は敬礼する。

「では、十七時以降は休憩にお入りください。ただ、所在の確認の連絡だけはお願いします。何かありましたらすぐに連絡いたしますので…」

その言葉に怪訝そうな顔でアデリナが聞き返す。

「あなたはどうするの?」

「自分は、零時の交代要員の者が来るまで待機しております。一応、三日間の予定は組み終わっております。もっとも、何かトラブルがあった場合は変更せざるを得ませんが、何事もなければ問題なく二十四時間の連絡体制は維持できるようにしてあります」

「えっ?待って、まだそういった指示は…」

驚いた顔で聞き返そうとするアデリナに、ゴリツィン大佐は全部を言わせなかった。

「アデリナ様は、計画全体を把握し推し進めなければなりませんから、失礼ながらそういった事は私の方で処理させていただきました」

そう言った後、ゴリツィン大佐はまるで得意そうに言う子供のような表情でニタリと笑って言葉を続けた。

「そういった部類の作業は得意なんですよ」

その口調と言葉、それに表情に、アデリナは噴出した。

可笑しかったのものあるが、それ以上にアデリナを噴出させてしまうほど笑った原因。

それは自分自身に対してであった。

自分はなんて見当違いをしていたのかと…。

彼は無能ではなかった。

ただ、適した仕事を与えられていなかっただけだと…。

下手な事をしでかしてもらっては困ると思って対処した事で彼の本来の才能の使い道がわかるとは思いもしなかった。

理由はどうあれ、ゴリツィン大佐を副官に任命した時の自分を褒めてやりたいと思う。

グッジョブと…。

そんな事を思っていると、恐る恐るといった感じでゴリツィン大佐が聞いてくる。

「あのう…アデリナ様、勝手な事をして怒られているのでしょうか?」

「いや、何、怒ってはいないぞ。いや、私が気がつかない部分をよくやっておいてくれたと思っている。助かったよ」

そのアデリナの言葉に、ゴリツィン大佐はほっとした表情を見せる。

「いや、よかったです。上官を支えるのが副官の役目ですからね。頼りにならないかもしれませんが、少しは私を頼ってくださいませ」

その言葉に、アデリナは少し笑いつつ頷く。

「では、少し頼りにさせてもらおう」

そう言いながら…。

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