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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十八章 帝国崩壊

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宣言から二週間後…

六月十四日…。

あの宣言から約二週間が過ぎた。

そして沸き起こった帝国内の混乱は、膠着時様態であった戦況を一変してしまった。

親衛隊が支配する地域の機能不全に始まり、リッターラの街の攻防戦では、圧倒的な戦力を誇っていたはずの親衛隊は、その兵力の約半数に近い兵達の反乱、部隊の離反によって瓦解。

その隙を突いて攻撃してきた国民義勇軍によって大敗北し、親衛隊は敗走。

しかも、敗走というドミノはそこだけで収まらずに、次々と各地で住民と一部の離反した親衛隊が中心となって大きな反乱が勃発して国民義勇軍に協力。

前線が崩壊した事も手伝ってか、各地に駐屯していた親衛隊は手に負えなくなり逃げ出すしかなくなってしまう。

あまりにも急激な事で、ほとんどの物資や施設を手付かずで破棄せざる終えなくなり、反乱軍と国民義勇軍は、親衛隊が備蓄していた戦争物資を大量に手に入れることに成功する。

また、その敗走によって大きく勢力図も変化した。

海軍が北部を押さえているのは変わらないものの、親衛隊は南部、中央区を失い、唯一残った西部地区に追い詰められてしまう。

その結果、帝国首都クラーンロは陥落。

デンクロン宮殿はなんとか国民義勇軍の直属部隊が押さえたものの、それ以外は反乱軍や暴徒によって略奪が行われ、火が放たれた。

そして、首都に住む住民には暴力と屈辱の嵐が降り注いだ。

反乱軍や国民義勇軍の大部分は貧しい人々だ。

彼らは帝国の圧政に苦しんできており、彼らにとって首都に住むすべての者達は帝国にとってのエリートで自分らを踏みにじってきた者達という認識でしかない。

実際、貴族を初めとする特権階級のものが多いのは事実だが、彼らだけで生活できるはずもない。

一般的な、それこそ彼らと同じように貧しい者も多くいた。

しかし、それは区別されることはない。

例えそれが乞食であったとしても、彼らにとっては関係ない

首都に住んでいる。

理由はそれだけでいい。

それだけでさえも嫉妬の対象となってしまっており、虐待はより残酷なものになっていった。

その内容は、親衛隊が行った『城塞都市クリチコの大虐殺』が可愛く思えるほどに酷いものだった。

その姿は、とても国民を解放するために戦っている軍の姿ではない。

まるで盗賊の集団のようだ。

しかし、そんな有り様でも兵達の上官は命令によって止めさせようとはしなかった。

それどころか、嬉々としてその行為に参加したものさえいたのである。

不満の溜まった兵達にはガス抜きが必要と思ったのか、或いは場の雰囲気の為に止める勇気がなかったのか、どちらにしても蛮行に対して何も言わなかったことがより状況を悪化させていった。

実に逃げ出し損ねた住民の八割は、彼ら兵士達の欲望の被害者となったのである。

そして、首都陥落により帝国という国の形は大きく崩れ落ちた。

それは、聖シルーア・フセヴォロドヴィチ帝国に代わり、ソルシャーム社会主義共和国連邦がこの大陸の覇者として、全土の実に七割近くを掌握する事となったのである。


「ひでぇもんだな…」

国民義勇軍の軍服に身を包んだ二人組が首都の様子を見てため息を吐き出した。

しかし、止める気はない。

自分らもかっては負け組として虐げられてきたのだ。

安酒場で自暴自棄になって自殺さえ考えていた。

しかし、彼らは運が良かった。

一人の人物から声をかけられ、今や彼らは国民義勇軍の直属部隊に所属する軍人だ。

崩れ落ちたガレキの隙間から二人を見て助けを求める住民達。

狂気に犯された兵士達に襲われている者にとっては、あまりにも落ち着いて普通に見える彼ら二人は周りの兵士達に比べて雰囲気が違いすぎる。

それ故にすぐに気がつくのだろう。

助けになるかもしれないと…。

しかし、二人はただ視線を逸らして通り過ぎていく。

二人は余計な事には巻き込まれたくなかったし、いらぬことで兵達の恨みも買いたくなかった。

直属部隊の者たちにとって後から参戦してきた新参者達は、仲間ではない。

直属隊のようにスカウトされてきた者たちではなく、規律も秩序もない無法者達。

ただの駒であり、烏合の衆といった感覚だろうか。

だからなるべく関わりあいたくなかった。

そして二人はデンクロン宮殿に到着する。

この一帯は、直属部隊が管理しているため、略奪や暴行などは行われずに安定している。

もっとも、宮殿にいたほとんどの者達やこの近くに住む資産を持つ者達は、危険を察してすでに逃げ出ししまっていた。

その為に、余計に安定しているのかもしれない。

人は、人と接する事でいろんなトラブルが発生するのだから…。

「どうだった?外の様子は…」

そう言って戻ってきた二人を出迎えたのは黒髪に茶色の瞳を持つ黒く焼けた肌をした男だった。

もちろん、国民義勇軍の直属部隊の部隊マークのついた軍服に身を包んでいる。

二人は慌てたように敬礼した。

「はっ。今戻りました」

「はっはっはっは。そんなに硬くならなくていい」

そう言って男は笑うが、彼ら二人にとってこの男が声をかけてきた事で人生が大きく変わり、今のここにいるのだ。

感謝と敬意を払うべき恩人という認識は不変のものだった。

「いえ。閣下のおかげで、我々はここにいるのです。本当に感謝しかありませんから」

「そうです。その通りです」

二人の言葉に、男は苦笑して頭をガリガリとかく。

「そういうのはとても嬉しいんだけど、もっと気軽でいいって。今でこそ、国民義勇軍直属隊なんて言われちゃいるが、元々そんなエリートみたいな事じゃなかっただろうが…」

今度は二人が苦笑する。

「ですが、それとこれとは別の問題でありますから…」

「まいったなぁ…」

そう言いつつも男は照れているようだった。

だが、思考を切り替えたのだろう。

表情が変わって真剣なものになる。

「まぁ、その件に関しては今度酒を飲みながらでもやろうか。それでだ…」

いいたい事がわかったのだろう。

二人は苦虫を潰したような渋い顔をして外の様子を報告していく。

「それは…酷いな…」

「同じ軍とは言え、連中のやっている事は敵と同じ事です。それに、まったく恨みがないとは言いませんが、ここの住民に暴力を振るうとは…」

「本当です。国民義勇軍の恥ですよ、あいつらは…。それに連中の中には、親衛隊だった連中もいます。本当なら命を賭けて自分らが守るべき国民に手を上げるとは信じられませんよ」

「確かにその通りだな。いつかは連中に鉄槌を下さねばならん。その件に関しては、私が上と話をしておこう。ただ、今は戦時下だ。もう少し我慢してくれ」

男の言葉に、二人は無言で敬礼する。

この男が口にした以上、何か対策が行われる事は間違いないとわかっている為だ。

それほどまでに二人にとって、この男への信頼は高い。

「それはそうと…」そう言いつつ男は話題を変えた。

「嫁さんには連絡入れたのか?」

その言葉に、二人組の片方が照れて頭をかいた。

「いや、流石にまだ…」

「なにやってるんだ。確かいるところは東部地区だろうが。連絡入れてやれよ」

「ですが、一度逃げ出していますからどう言って連絡したらいいのか…」

困ったようにそう言うともう一人が助け舟を出した。

「その時は、俺も手伝ってやるからさ。そうだ。一緒に会いに行こう。立派になったお前を見れば、嫁さんも子供も見直してくれるさ」

「そうか…な?」

自信なさげの言葉に、二人を見ていた男は笑って言う。

「なんなら、俺も付き合ってやる。アンタの亭主は、救国の英雄だってな。国のため、そして国民の為に努力してがんばっているって…。それにだ。お前の口からこの国はもっと良くなると教えてやれ。国民の為の、国民による、国民の国へと変わっていくってな」

「は、はいっ。一段落したら、お願いします」

「ああ。任せろっ」

男はそう言って笑うと立ち去っていく。

二人組はその後姿を見てより決意を強くする。

この国をより良くしていこうと…。


二人と別れた後、男は宮殿の奥の一室に入ると頭を下げた。

「お呼びという事で参上いたしました」

そこは、かっては宰相が業務を行っていた宰相室であり、その部屋で待っていた人物は、今やソルシャーム社会主義共和国連邦の最高指導者となったイヴァン・ラッドント・クラーキンだ。

「おおっ。来たか、同士プリチャフルニアよ。待っていたぞ」

そう言ってイヴァンは男……プリチャフルニアを抱擁した。

遠慮がちではあるが、プリチャフルニアも抱擁し返す。

「ありがとうございます。それで御用は?」

「まぁ、座りたまえ」

「はっ。失礼します」

二人がソファに座るとイヴァンはニタリと笑った。

「しかし見事だな、同士の育てた直属隊は。おかげであっという間に我々は帝都を陥落せしめ、今や全土の七割を手中に収めることとなった。すべて同士プリチャフルニアのおかげよ」

「はっ。ありがとうございます。私の育てた直属隊が国民義勇軍の中核となれた事、イヴァン様のお手伝いが出来た事は私の誇りであります」

その言葉に満足げに頷くイヴァンだが、すぐに険しい表情になる。

「しかしだ…。直属隊以外の連中の使えなさはどうだ?」

「やはりそうお思いになられましたか…」

プリチャフルニアの言葉に、イヴァンの眉がピクリと動く。

「私の信頼する部下からも、あまりの酷さに苦情が出てきております」

「ふむ。同士プリチャフルニアはどう思うね?」

「我が祖国の恥であると思います」

その答えに、イヴァンは腕を組んで頷く。

「私も連中は信頼できないと思っている。特に親衛隊から離反した者達は…」

「そうですね。一般兵は元々貧しい者達であり、我々の同士として再度教育していけばなんとかなるでしょう。ですが、上の方はどうでしょうか…」

そう言ってプリチャフルニアは言葉を濁す。

「ふむ。粛清すべきという事か…」

「ですが、今一気に親衛隊から流れてきた連中の上を処断しても、指揮官不足で今後の戦いで戦えなくなる可能性が高いです。指揮すると言う事は、ある程度の知識と才能、それに経験がものをいいますから…」

「なら、全土統一後という事になるか?」

「そうなりますが、今後の戦いは実に厄介なことになりそうです」

「なぜかね?今や、国民義勇軍の兵力は海軍と親衛隊の兵力を足したとしてもその二倍近いのだぞ」

イヴァンが怪訝そうな顔で聞いてくる。

「確かに兵力だけならそうでしょうが、残った連中は強力な武装を持つ訓練された兵であり、また連中は強力な海軍力を持っています。あれは侮れません」

「そうか…侮れんか…。海軍力に関しては、対策はかなり厳しい。我々はほとんど海軍力がないからな…。しかしだ、武装に関しては、親衛隊の残していった武器や弾薬、それに製造工場などを押さえ、すぐにでもラインを回復させるようにしておる。それでかなり良くなるだろう」

「ええ。それはありがたい事です。噂で聞いた話では、教国の援助が滞り始めているとか…」

「そうよ。あの宣言を聞いて慌てて無償援助を打ち切る話を言い始めておる。だが、だらだらと延ばして粘って粘って吸い尽くしてやるつもりでいるがな」

イヴァンがニタリと笑いそう言うと、プリチャフルニアもニタリと笑った。

「さすがでありますな」

「何、利用出来るものはとことん利用するだけよ。それも連中の言う神のお導きってやつだな。はははは…」

「確かに、確かに…」

二人はしばらく笑った後、真剣な表情に戻る。

「それで同士プリチャフルニアとしてはこれからはどうすればいいと思うかね?」

「そうですな。今は戦線を安定させ、防衛ラインの構築を行いましょう。特に北部に続くラインを…」

そのプリチャフルニアの言葉に、イヴァンが聞き返す。

「西部はいいのか?」

「おそらくまだ問題ないかと…。戦力はバラバラで親衛隊としての組織での反抗作戦を行うにはまとまりがなさ過ぎます。精々一部の部隊を動かしての嫌がらせ程度でしょうか…やるなら…」

そこまで言った後、プリチャフルニアは一旦間を空けて言葉を続けた。

「我々が一番恐れなければならないのは、海軍と親衛隊が手を組むという事でしょうか。ですから、そうならないように火種をまいておこうと思っています」

「ほほう…」

興味があるのだろう。

イヴァンが身体を前のめりにして聞き入る体制になる。

「海軍の方には付け入る隙は余り見当たりません。ですがこっちは少しずつやっていくしかないでしょう。ですが、親衛隊の方は隙だらけですから、すでにかなりの人数の同士を浸透させております。連中がかき回してくれるでしょう」

「ふむふむ。期待しておる」

「はっ。ありがとうございます」

そう返事をして頭を下げるとプリチャフルニアは立ち上がった。

「それではすぐにでも手配のほどを…」

「うむ。落ち着いたら、同士プリチャフルニアには、ナンバー2の地位を用意せねばならぬな」

イヴァンが冗談じみた口調でそう言うと、プリチャフルニアは笑いながら答える。

「私よりも優れた方はもっとおられる。それにこの後の落ちつく頃に必要となるのは、軍事的才能より国を回していく才能です。そういう方をナンバー2してください。私は、あくまでも貴方の矛であり、盾でありたいのですよ。私をお使いください」

「そうか、そうか。わかった」

イヴァンも立ち上がると右手を差し出した。

プリチャフルニアも手を差し出して握手をする。

「今の言葉でよくわかった。やはりナンバー2は同士プリチャフルニアが相応しいようだ」

そして豪快にイヴァンは笑う。

その笑いに、微笑を返しながらもプリチャフルニアの背筋には冷たい汗が流れていた。

もしさっきの誘いを断らなければどうなっていたのかを想像した為である。

そして、心の中で誓う。

この人の前では、ただの道具になりきろうと…。

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