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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十八章 帝国崩壊

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黄金の姫騎士の帰還

五月十日。

教国の艦隊が北周りで東部地域を目指していた。

なぜ南回りにしなかったのかは二つの理由がある。

一つ目の理由としては、南に回りでいく場合、最短で行こうとするとどうしても帝国海軍の勢力圏内であるアリュラッドル列島を突き抜けていくことになるが、現時点では帝国海軍は沈黙を保っており、中立の立場を貫いている。

そんな所にわざわざ艦隊を通過させて刺激させたくないという事と、南回りではアルンカス王国やフソウ連合、それに王国などの他の強国の植民地の領海に入ってしまう。

特に、教国としては、ほとんど信者のいないアルンカス王国とフソウ連合を敵に回すことを恐れていた。

信者がいないと言う事は、内部工作が出来ないのと同じである為だ。

そして、二つ目としては、親衛隊の海軍兵力を叩き潰して制海権を手に入れ、補給線の確保を狙っているということだ。

いくら東地区に全面援助を約束しているとは言え、そうそう簡単に兵力の補充は出来ない。

少しの兵の移動でさえも、時間とコストがかかる。

ましてや、補給が滞れば教国の兵士達は帝国の地で孤立する恐れさえあった。

信仰心だけで戦いに勝つことは出来ない。

豊富な補給と高い兵士の士気がなくてはどうする事もできない事を今回の出兵を決めた教国の軍の指揮官はわかっていたといえる。

だが、それだけではまだ浅はかだとしかいえないだろう。

敵の情報、この場合は敵親衛隊の艦隊戦力を低く見積もっており、それ故に制海権を取るのは楽勝だと考えていたからだ。

実際、敵の親衛隊艦隊を発見の報を聞き、彼は勝利を確信した。

敵親衛隊の艦隊は、大型艦が一隻いるものの、わずか七隻だったのだ。

「はっはっはっ。そんな数で我らを止められるものか。我らの、いや神の威光を見せ付けてやれ。補給艦、支援艦、輸送艦は停止。残りは敵を叩き潰すぞ」

教国艦隊の指揮を任されたミッテランナ大将は、左右から挟み込もうと艦隊を二つに分ける。

後は挟み込み、左右から磨り潰すように砲撃を食らわせればいい。

若干の被害は受けるが、ここで徹底的に親衛隊の艦隊を叩き潰して敵の士気をとことん下げておく。

そうする事で後の陸上での戦いも有利に運ぶ事ができるだろう。

そんな先のことまで考えていた。

しかし、彼はあまりにも敵を舐めすぎていた。

今回、教国艦隊を迎撃に出てきたのは、黄金の姫騎士であるアデリナが乗艦する重巡洋艦プリンツ・オイゲンとZ級駆逐艦六隻である。

戦艦ではないものの、プリンツ・オイゲンの火力と装甲はこの世界の重戦艦を凌駕するし、Z級駆逐艦の速度と攻撃力は侮れない。

特に、駆逐艦の有効性は前回のフソウ連合海軍との戦いでアデリナは散々思い知らされた。

速度と雷撃による攻撃力。

テルピッツに被害は及ばなかったものの、もし魚雷が命中していたらかなりの被害を受けただろう。

本来なら、圧倒的な火力で押しつぶす事を好むアデリナだが、それを行うには火力不足というのはわかっている。

だからこそ、今回は速力重視の艦隊編成をしてきたのだ。

「敵艦隊、左右に分かれてきます。恐らく挟み込んでの殲滅を狙っているのではないかと…」

艦長が恐る恐るといった感じで聞いてくる。

そんな態度にイライラしつつもアデリナはなんとかイライラを押さえ込み、命じる。

「そんなこと、言わなくてもわかっているわよ。このまま本艦を先頭に単縦陣で前進。合図をしたらすぐに左に回頭して左側の敵艦隊の外側を回りこむわよ。各艦遅れずについてきなさい。それと各駆逐艦は雷撃戦の準備をしておきなさい。敵の左の艦隊にお見舞いするわよ」

「り、了解しました」

慌てて艦長が指示を伝達していく。

艦橋内に緊張が走り、通信士や伝令の兵が慌しく動き回っている。

それを目で追いつつ、落ち着かないわねとアデリナは思っていた。

それは仕方ないのかもしれない。

今までは、ノンナが全ての把握をしてアデリナを支えてきた。

だから、アデリナは簡単な指示をするだけで、それ汲み取ってノンナが全て仕切ってきたと言っていいだろう。

だが、そのノンナは今はいない。

そして、この艦を操る兵士達は確かに元海軍の兵士たちであるものの、この世界の標準的艦艇に乗っていたものばかりで、このプリンツ・オイゲンに乗艦したのはここ最近であり、どうしても迷いや要領が悪いのが目に付く。

アデリナはため息を吐きだそうとしかけるのをなんとか押さえる。

以前なら当たり前だと思っていた環境が、実は当たり前ではないという事に気が付いてしまってからというもの、どうしてもため息が増えてしまう。

だが、今は作戦中だ。

指揮官がこんなでは士気に関わる。

ぐっと身を引き締めると前方を睨みつけた。

距離が縮まっていき、ついに教国艦隊が砲撃を開始し始める。

「あ、アデリナ様っ…」

恐怖に染まった艦長のその問いかけを無視し、アデリナはじっと敵艦隊を見据えている。

もちろん、とっくの昔に砲撃距離に入っているが、まだアデリナの艦隊は砲撃をしていない。

痺れを切らしたのだろう。

「あ、アデリナ様っ…このままではっ…」

「まだ早い…。もっと引き付けて…」

「しかしっ…」

そう言いかけた艦長をアデリナはキッと睨みつける。

その迫力と鋭さに、艦長は言葉を失い、ただパクパクと口を動かすだけだ。

そして、ついにアデリナが右手を掲げて振り下ろした。

「よしっ。砲撃開始っ。それにあわせて左回頭。最大戦力で敵左の艦隊に外に回りこめ」

その指示を待っていたとばかりに、プリンツ・オイゲンの主砲20.3センチ連装砲とZ級駆逐艦の15センチ単装速射砲が火を吹く。

一番近い距離にいた左側の艦隊の先頭の重戦艦があっけないほど簡単に被弾し爆発した。

「よしっ。幸先いいわ。続けて左側の敵艦隊を徹底的に潰します。順に集中砲火を浴びせなさい」

アデリナの指示で回り込みつつ艦隊が砲撃を加えていく。

次々と被弾していく教国の左側艦隊。

しかし、的確な指示は出されていないようで、混乱して隊列を崩してしまっている。

「何?あっけないわね…」

あまりな混乱振りにアデリナは少しおかしいと思ったが、それは決して自分らにマイナスに働く要因ではない為、頭の隅にその疑問を押し付けて指揮をとり続けた。

すでに、敵の左側の艦隊はボロボロで反撃も減りつつある。

その最大の要因は、左艦隊先頭の重戦艦に乗っていた艦隊指揮官であるミッテランナ大将が最初に受けた一撃で戦死した為だ。

プリンツ・オイゲンの放った砲撃が司令部を直撃し、艦隊の頭脳を壊滅させたのである。

その為、左側の艦隊だけでなく右艦隊の方も混乱してバラバラな動きを見せ始めている。

だが、右側の艦隊を任された先頭の重戦艦パーッアラーの艦長は決して何も考えない無能ではない。

現状を把握し、もしこのまま突っ切られてしまったら無防備な後方の支援艦艇や輸送艦隊に被害が及ぶ。

そう判断した重戦艦パーッアラーの艦長は命令変更を指示する。

「いかん。このまま突っ切られてしまっては、後方の艦隊に被害が及ぶ。一旦後方に下がり輸送船団の防護に向うぞ」

しかし、その指示を最後まで言い切る前に別の言葉がかぶさってきた。

「なりません。味方を見捨てろというのですか」

各艦に常駐している軍属神官のリットラーファ・ハンゾルトだ。

普通の軍ならば階級もないただの神官や僧侶に命令を拒否する権利などない。

しかし、教国においては宗教が中心であり、神官、僧侶の言葉には絶対的な重みがあった。

それ故に、普通なら従わなければならない。

だが、重戦艦パーッアラーの艦長にとってそんな言葉は邪魔でしかない。

だから、怒鳴りつける。

「うるせぇ。俺達の一番重要な任務は、輸送船団の兵士達を無事届けることだ。このままじゃ、輸送船団に被害が出ちまう。だからそうならないようにしてんだろうがっ」

しかし、神官も負けてはいない。

普段から怒鳴られたりされた事がない身分であり、自分の言っていることが絶対だと思っているのだから当たり前だった。

「我々は神のご加護がある。味方を見捨てることは許さぬ。それにわが方がまだ数では有利ではないか。このまま一気に突入して殲滅せよ」

「だからっ、数だけじゃはかれねぇ事もあるって言いたいんだよ、素人は黙ってやがれ」

「なにをっ…。この神を冒涜する不届き者めっ」

生産性のない怒鳴りあいが永遠に続くかと思われたが、それは他の乗組員達の悲鳴のような声で中断された。

「敵がっ…。味方艦隊を突破してこっちに突入してきます」

その声に、重戦艦パーッアラーの艦長は自らの死を覚悟したのであった。


「本当に…無様よね…」

アデリナはそんな敵艦隊の様子を見てせせら笑う。

本当ならこのまま大きく回って右側の艦隊の外に回りこんで雷撃を仕掛ける予定だったがそれはもう必要ないだろう。

「各艦に告げる。敵は総崩れだ。一気に殲滅せよ」

その命令に従い、Z級駆逐艦が羊の群れを襲う狼のように一気に前に出ると襲い掛かった。

そこにはもう、数の差など関係ない。

襲い、襲われるものという差しかなかったのである。

そして、その頃、最初こそは味方の艦隊の勝利でも見ようかとのんびり構えていた支援艦や輸送船団だったが、一気に旗色が変わると慌てて動き始める。

護衛であり、敵艦隊を蹴散らす為に編成された味方艦隊が敗北してた場合、次に待っているのは自分達に狼たちが向ってくるという確実な未来のみだ。

戦闘力がないわけではないが、それはあくまでも最低限であり、まともに戦って勝てるわけがない。

その上、輸送船には多数の兵士が乗り込み、動きは鈍重になってしまっている。

「に、逃げろっ。船の回頭を急げっ。死にたくなければさっさとやれっ。」

その命令に兵士達は素直に従った。

いくら信仰心があるとは言え、死は恐ろしい。

それに彼らだって家族がある。

失いたくないものがあるのだ。

すべては生きているからこそだ。

だから必死になって逃走を図ろうとしていた。

しかし、そんな彼らの前に、別の艦影が現れる。

近くの島影に隠れ出番を待っていた親衛隊艦艇たちだ。

ドイッチュラント級装甲艦三隻を中核とした計十一隻。

それらの艦が、一気に襲い掛かる。

「味方艦隊、敵後方艦隊に喰らい付いたようです」

その報告に、やっとアデリナは微笑を浮かべた。

「ふふっ。計画通りね」

そして思い出したかのように命令を伝える。

「いい?連中は生き残っていたとしても害にしかならない連中だわ。だから、捕虜を取るつもりはありません。救助する必要性もない。見つけ次第皆殺しになさい」

その命令に、思わずプリンツ・オイゲンの艦長が聞き返す。

「み、皆殺し…でありますか?」

「ええ。皆殺しよ。実施なさい」

そう言い切るとアデリナは前方に目を向けた。

そこには、ただただ駆逐されていく教国の艦隊があるだけであった。


この日、教国艦隊は、重戦艦十隻を含む二十九隻の戦闘艦艇とほとんどの輸送艦と支援艦を失って敗走。

輸送されるために輸送船団に乗り込んでいた精鋭の聖騎士団を中心とした三万の軍勢を失う事となったのである。

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