表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十七章 帝国崩壊の序曲

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

274/838

銀の副官と魔女 その3

雑草号の一室。

そこで二人は対峙する。

ある程度装飾の施されたテーブルと椅子が二つ、それに棚みたいなものがあるだけの殺風景の小さな部屋だ。

ここは、客と交渉するときに使われる小部屋で、実は隠し窓があって隣で見ることが出来るようになっている。

だから、何かあればすぐにでも船員たちが駆けつけることが出来るようになっていた。

もちろん、その事を相手は知らないのだが、さすがに一人きりの無防備になるのを恐れているのだろう。

一応、護衛としてアンネローゼの後ろには船長が、ノンナの後ろには兵士が一人付いている。

また、残りの兵士のうち、二人はカッターを、残りの二人は部屋の前で待機している。

だが、問題はこの部屋につれてきた兵士だ。

こんな話し合いに同席させるのだからかなり信頼している相手だろう。

見た感じ、忠誠心が高く、技能に優れているのは態度や動きを見ていたらわかる。

船長が劣っているとは思わないものの、下手な事はできないとアンネローゼは判断するしかなかった。

まず息を吐き出して心を落ち着かせるとアンネローゼはノンナを見た。

兵士もかなりのものだが、今目の前にいる女も氷のような冷たい印象と鋭い目からかなりの強敵だと実感する。

躊躇していては駄目だ。

そう判断したアンネローゼはまず最初に切り出した。

「それでご用件はなんでしょうか?」

相手のちょっとした動きも見逃さない。

そんな強い視線を発し、探るように聞いてくる。

その視線を平然と受け止め、ノンナが微笑んで答える。

「一度貴方とじっくり話したいと思っていましたから…。それが理由ではいけませんか?」

「私は話したいと思わないけど…」

アンネローゼがすかさずそう言い返すと、ノンナは微笑んだ。

「あら、私のこの選択は多分一番貴方にとっていい選択だと思っております。だって…」

そこまで言ってノンナは目を細める。

その目は凍りつくほど冷たく、整った顔がそれに拍車をかけていた。

「一番簡単なのは、こんな危険な話し合いもせずにシャルンホルストの主砲で吹き飛ばすって選択ですから…」

だから感謝して欲しいわね。

言葉にはしないが、そう言いたいのがアンネローゼにもわかった。

要は、感謝して話し合いに応じろという事だ。

だが、そんな事でおとなしくなる性格ではないし、そもそもアンネローゼにとっては相手の言いなりになるという事が大嫌いなのだ。

もちろん、例外はあるが…。

自分が納得してそう思わなければ、やらないしやりたくない。

以前は圧倒的な魔力により好きにやりたい放題であったが、今はそうはいかない。

最終的解決手段である、魔法によるごり押しが出来ないのだ。

だが、圧倒的に不利ではない。

まだ相手は私が力を失った事を知らない。

それは大きなアドバンテージとなる。

だから、アンネローゼは虚勢を張った。

今まで自分ならこうすると考えて…。

「あら…。ならそうすればよかったんじゃないのかしら。私の力はご存知でしょう?」

ニタリと不敵な笑みを浮かべてみせる。

しかし、ノンナは怯まずに答える。

「ええ。貴方がどんな方かは存じております。実に厄介な方です」

「なら、なぜ簡単な方を選択なさらないのかしら…」

「そうですね。最初は迷いましたが、この選択が正しかったと今は確信していますよ、災厄の魔女さん」

ピクリとアンネローゼの眉が動いた。

その二つ名を船長達は知らない。

知って欲しくない。

だからこそ、アンネローゼは言わなかった。

なのにこの女はそれを口にした。

恐らく牽制だろう。

こちらの出方を見るための…。

以前の私なら鼻で笑わなければならない。

何を当たり前の事を…と。

しかし、今のアンネローゼには、それ以上に船長の反応の方が気になってしまった。

もしかしたら、嫌われてしまっただろうか…。

その恐怖の方が強かったのだ。

アンネローゼがちらりと船長を見る。

その視線がアンネローゼを心配そうに見ていた船長の視線と絡み合う。

その視線は心配するなと言っているようだった。

船長がアンネローゼに囁く。

「昔は昔だ…」

その言葉だけでアンネローゼの心配は流れさり、安堵が漏れる。

そして、視線をすーっとノンナに向けると、ノンナは意外そうな顔でこっちを見ていた。

多分、今のアンネローゼの反応が予想外だったのだろう。

だが、すぐに表情を引き締めるとノンナはいつもの無表情になり感情を打ち消した。

かなり手強い。

完全に相手ペースで進んでいる。

だからアンネローゼはニタリと左側の口角を引き上げる。

「もし、私が力で拒否したら?」

そんな気はないというか出来ないが、牽制の為に言っておく。

ここで少しでも怯めば、こっちのペースに持ち込める。

そんなつもりだったが、そうくるとわかっていたのだろうか。

見せ付けるかのように左手を動かした。

チャラリ…。

軍服には不釣合いな腕輪が顔を覗かせる。

色とりどりの宝石を金色の糸のような金属で幾重にも絡ませて作り出したかのような鮮やかな一品だ。

芸術的にも、価格的にもかなりの価値があるのは間違いないだろう。

だが、それ以上にアンネローゼはその装飾品を見て言葉を失った。

あれは…。

アンネローゼの視線が腕輪に吸いつけられるように見入っているのをわかった上でノンナが微笑みながら言う。

「その時は、私も精一杯の抵抗をさせていただくつもりですよ」

そう言われ、アンネローゼはノンナがなぜこうも余裕があるのか理解した。

あの腕輪は、もう今は失われし古代魔法文明が作り出した魔道遺物であり、その宝石の色からして魔法の力を拡散させる能力があるようだ。

その上、宝石の色と大きさと数、それに読めなかったが宝石に細かく刻まれた文字によって、以前フソウの魔女が使っていたものとは比べ物にならないほどの力を秘めているのがわかる。

どんなに金を積んだとしても正規ルートでは絶対に手に入らない。

裏ルートでさえほとんど出回らず、出回ったとしても法外な金額を要求される一品。

貴族どころか、何代も続く魔術師の家系でさえ手にした事のないものを…。

だが、そんなものをこの女はどうして持っているのだろうか。

その思いが、アンネローゼの口を無意識の内に動かしていた。

「そんなものを…どうやって…」

それは呟くような小さな声だったが、ノンナには十分届いていた。

くすくすと笑った後、当たり前のように言う。

「我が家の家宝として代々受け継いできたものですよ」

その言葉はある意味を示しており、それに気が付いたアンネローゼの背筋に冷たい汗が流れる。

アンネローゼが言葉の意味に気が付いたのがわかったのだろう。

すーっとノンナの周りの気配が変わり、室内の温度が数度下がったかのような感覚に襲われる。

「ふふふっ。気が付かれたようですね。なら、なおの事私の話を聞いてもらいますわ」

その気配と言葉、それに魔法遺物が示す真実にアンネローゼは圧倒されている。

元々こういった交渉にアンネローゼは長けていたわけだはない。

膨大な魔力という力があってこそ、威圧でき、好きに出来ていたのだ。

だから、本当ならもっと威圧的にすべきだったのだ。

以前のアンネローゼの力なら、魔法遺物程度で抑えられるほどのものではなかったのだから…。

そうすればここまで圧倒されなかっただろう。

しかし、もう遅い。

今や完全にその場を支配していたのはノンナだった。


予想外の展開に、ノンナは表情には出さなかったが呆気に取られていた。

こうまで圧倒的に優位になるとは予想していなかったのだから仕方ないのかもしれない。

いくら切り札の魔法遺物があったとしても、災厄の魔女の前では些細な抵抗にしかならない可能性が高いとしか考えていなかったのだ。

しかし、結果は予想を覆し、自分のペースで話が進んでいる。

それは良い事なのだが、それでも引っかかる。

それは違和感…。

些細な程度ではない。

大きな違和感だ。

この女は、本当に災厄の魔女といわれるほどの魔術師なのか…と。

事前に得た情報とは違いすぎる。

傍若無人で自分さえ良ければ後は知ったことではない。

我がままで自分の意見を押し通す。

そんな自己中心的なイメージが強かった。

だが、今、目の前にいる女性はそこまでのものは感じない。

虚勢を張ってはいるものの、それは恐らく己や守りたいものを守る為のものであったし、周りの目を気にしている辺りもまったく違う印象を受けた。

あまりにも違いすぎる。

だから、ノンナは聞き返す。

「あなたは、本当にアンネローゼ・アレクサンドロヴナ・ラチスールプなの?」

その問いに、アンネローゼも問い返す。

「私も聞きたいわ。あなたは何者?」

互いに黙り込み、しばしのにらみ合いが続いたが、折れたのはノンナの方だった。

「いい加減、互いのカードを見せ合わない?」

その問いに、アンネローゼは内心ほっとしつつ、仕方ないといった風に頷いてみせる。

「いいでしょう。お互いに腹の探りあいはもういいわ…」

ノンナが立ち上がると壁の一点を見て苦笑する。

「別の場所で二人きりで話し合いましょう。ここではギャラリーが多すぎて二人きりになれそうもないし…」

その言葉に、船長が苦虫を潰したような渋い顔で言う。

「アレに気が付いたのはあんたが初めてだよ。よくわかったな…」

「ふふっ。監視される事が多かったからね。なんとなくだけどわかるのよ」

そう答えた後、アンネローゼの方に視線を向ける。

「申し訳ないけど、ご足労願えるかしら…」

「行かないと仕方ないみたいね」

アンネローゼは立ち上がって船長の方を見ると微笑む。

「心配しないで。すぐに帰って来れると思うから…」

「しかしよぉ…」

そう言いかける船長の頬にキスをして囁く。

「ふふっ。大丈夫。悪いようにはならないわ」

「……わかった」

渋々といった感じで船長は承諾する。

その様子をジーっと見た後、ノンナが呟く様に言う。

「ほんと…報告書とはまったく違うのよね…」

表情は無表情のままだったが、さっきまであったピリピリと研ぎ澄まされた感覚はもうない。

ただただ呆れ返ってしまう。

そんな感じだった。


アンネローゼがノンナの乗ってきたカッターに便乗してシャルンホルストに向ってから一時間が過ぎた。

イライラとしつつも待つ事しか出来ない船長と船員達。

しかし、見張りの船員の声が響く。

「カッターがこっちに接近してますっ」

慌てたように船長と船員たちが甲板に出る。

近づいてくるカッターには、間違いなくアンネローゼの姿があった。

その姿を見て、力が抜けてその場に座り込む者、呆然と見ている者、喜びに満ちて笑い出す者、歓声を上げる者。

反応は千差万別だが、それぞれがアンネローゼの無事にほっとしていた。

そして、カッターが雑草号に近づくのにあわせたかのように、後方を占めていた巡視船団や、前方を防いでいた艦艇が動き出し、包囲網が解かれていく。

「ただいま戻りました」

あっけらかんとした表情で甲板に登って来たアンネローゼは、笑いつつそう報告する。

「馬鹿野郎がぁぁーーーっ」

船長がアンネローゼを抱きしめる。

歓声を上げたり、手を叩いて喜ぶ船員達。

そんな様子をカッターに残ったノンナは羨ましそうに見ながらアンネローゼに言う。

「貴方が約束を守る限り、私も約束は守るわ。私の名に賭けて…」

船長の腕から顔だけをなんとか出しながらアンネローゼも言い返す。

「私も約束するわ。もっとも賭けるものがない身ですけどね」

その言葉に、ノンナがニヤリと笑いながら言い返す。

「なら、貴方の大切なものを賭けなさい」

ノンナの言葉に、アンネローゼは船長を、船員達を見る。

「ええ。いいわ。私は、ここにいる私の大切な人達に賭けて約束は守る。それでいいかしら?」

「ええ。満足よ。じゃ…よい旅を…」

そう言うとノンナは踵を返す。

カッターが雑草号から離れていく。

やっと船長がゆっくりとアンネローゼを解放する。

「す、すまねぇ。つい…」

「ふふっ。いいわ。気にしてないから」

「それでこの先、どうします?」

操舵手がアンネローゼに聞き返す。

「まずは、共和国に行きましょう。そして、その先は…」

そう言ってアンネローゼは笑った。

「その時になったら考えましょうか…」


こうして、雑草号は帝国海軍の包囲から解放され、共和国に向かう。

しかし、この会合によってその目的が大きく変わった事を親衛隊のエリク長官が知るよしもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ