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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十七章 帝国崩壊の序曲

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新たなる力

「どうだ、魔女の方は?」

エリク長官が書類に目を通しながら傍らにいる副官に声をかける。

「はっ。上手くいっているようです。帝国海軍は予想通り動きました」

その返事に、エリク長官はほくそ笑む。

「そうか、そうか。食いついたか…。情報を漏らしたかいがあったな」

「はっ。おっしゃるとおりです。まさかこんなにも簡単に引っかかるとは…」

そう言う副官に、エリク長官は書類から視線を上げて笑いつつ言う。

「魔女の存在は連中にとっても軽視できないからな。懐に入られでもしたら内部崩壊させられる恐れのあるジョーカー的存在であり、その上、皇帝や連盟といった大きな勢力の後ろ盾のない帝国海軍にとっては、共和国との話をまとめられて差をつけられても困るだろうしな…。どちらにしても、災いになる前に今の内に抹殺するのが一番の手だ。私ならそうする」

そのエリク長官の言葉に、副官が心配するような表情で聞いてくる。

「しかし、もしもですよ、ありえないかもしれませんが魔女が懐柔されて寝返ったりしないでしょうか?」

その言葉に、エリク長官は実に面白い話を聞いたといわんばかりに堰を切ったように爆笑する。

「あの、魔女を懐柔だと?」

笑いつつそういった後、エリク長官は言葉を続けた。

「あの女はな、すべての判断基準が楽しいか、楽しくないかで決めているような先のことなんてなんも見えていない快楽主義者だぞ。地位や名誉なんかでは懐柔できんわ」

「しかし、それ以外なら…」

「心配するな。それにだ、もし懐柔されたとしよう。だが、我々の敵になることはない」

「なぜそう言い切れるのでしょうか?」

エリク長官はその問いを聞き、実に楽しそうに口を開く。

「あんな女でも実は一つだけというか唯一といっていいウィークポイントがある。そのウィークポイントは祖父であるラチスールプ公爵だ。あの女は唯一の肉親であるあのじじいに陶酔しているからな。あのじじいがいる限りは、我々に敵対はしない」

「なるほど…。だから、長官はラチスールプ公爵を摂政のままにしておいでなのですね」

「それもあるが、やつにまだ先で役割があるからな。その時の矢面にたって責任を取ってもらわねばならん」

「おおっ。そうでしたな」

副官は感心したようにそう言うとニタリと口角を引き上げる。

エリク長官も同じように口角を引き上げた後、口を開いた。

「それで、ミストーリアの方はどうなっている?」

「はい。準備は整ったという事です。明日にでも儀式を始めるという報告が来ております。しかし…いいのでしょうか?」

「なにがだ?」

「許可なく囚人や政治犯を集めて移動させて…」

「なぁに、害悪である連中の命が国を救う力の礎になるのだ。やつらも喜んで命を捧げる事だろうて…」

「ですが、予定では、それだけでは足らないと言われております」

「なら、街の連中の命を使えばいい。少々人が死のうが関係ない。それにだ…」

ニタリと下卑た笑みを浮かべるエリク長官。

「あの老人は、自分以外、他人の命はどうでもいいみたいだぞ」

そう言って、くっくっくっと笑いつつ引き出しから一枚の書簡を出す。

それを受け取り、副官が目を通す。

その書簡には、『ギルドの魔術師や用意された分では魔力が足らないが、その場合は近場の連中を使うがいいだろうか?』という許可を求める内容だった。

「これは…あのじじい…本当に狂ってやがる…」

副官が脂汗を流して呟く。

「なぁに、そのおかげで我々は力を得れるのだ。精々利用させてもらうだけだ。もちろん…使い終わったら掃除はするがな…」

その言葉に、副官は慌てたようにいう。

「そ、そうですな。あんな狂人は始末しておく必要があります」

そんな副官に、エリク長官は笑いつつ言う。

「そう嫌がるな。ちゃんと手は打ってある。だから、問題はない」


そして、アンネローゼが共和国に向って出発して翌日。

ちょうどノンナとアンネローゼが対面している頃、港町ミストーリアにて異変が起ころうとしていた。

どろりとした肌にまとわり付くような嫌な空気が辺りを満たし、街に暮らす人々は、またかとうんざりしていた。

またよからぬ事が起こるのかと…。

そう言えば、ここに三日の間に、人が満載されたトラックの出入りがかなり頻繁に行われていた。

だが、やってきたであろう人の姿はまったくと言っていいほど見えない。

どこにいったんだろう。

そんな事を考え込んではいたが、誰も口にしなかった。

余計な事を口にして、いなくなった者がここには多いのだ。

そして、街の外では生きていく事が大変だという事と、この街にいる限りなんとか普通の生活が出来ているという事を知っているため、街から追い出されたくないのである。

生きていく以上、嫌な事は幾つでもあるし、それら全てに文句を言う事は出来ない。

精々、妥協していくしかないのだから…。

そして、この街にいる人々は、口を閉じる事を選択した。

その選択は、今までは正しかった。

精々、一部の少々の人々が気が狂ったり、行方不明になったりするだけ。

だから、俺だけは…私だけは…大丈夫だ。

そう思い込む事にしていた。

だが、この日に限ってはその選択を選んだ事を街の人々は後悔する事となる。

もっとも、後悔することができればだが…。


儀式が行われた翌日、街の外で警戒待機していた親衛隊がミストーリアに向かった。

そして、彼らは目にする。

静まり返った街といたるところで倒れているまるでその場で崩れ落ちてそのまま死んでしまった街の住人を…。

まさに今、ミストーリアは死者の街と化しており、そのあまりにもありえない様子に兵士たちは怯えていた。

しかし、それでも命令された以上はやらなければならない

「よし…。第三、第四中隊は、外で死体処理用の穴を掘れ。残りの部隊は死体を処理せよ」

部隊の司令官であるハイル・ホロブリト大佐はそう命じたが、すぐに命令を追加した。

「それと、死体の処理がきちんとされ、公共の施設や財産がきちんと確保されれば、後は兵士達の好きにしてよいとも伝えろ」

それは、士気を高める為の兵士達に与える飴だ。

そして、その命令により、兵士達の士気はうなぎのぼりとなった。

なんせ、制限つきとはいえ略奪が容認されたのだ。

その結果、街のあらゆるところで略奪が始まり、それだけで終わるはずもなかった。

人はタガさえ外せればどんなにも残酷になれる。

欲望に酔いしれ、狂気に身を任せるのだ。

彼らの欲望の対象は、建物の中にある金目のものだけでは収まらなかった。

人々が身につけていたものさえも略奪されていく。

ネックレスや指輪、イヤリングもだ。

一々外すのが面倒だと指や耳を切り落とし、口の中の金歯でさえ略奪の対象となった。

また、戦場ではありえないほどの綺麗な死体、それも若い女性のものは兵士達の歪んだ性の対象となった。

そして、人の身体を切り刻み、遊ぶものさえ現れ始める。

どうせ、処分されちまうんだ。

楽しんでしまえ。

タガが外れきった兵士達の狂気が街のあらゆるところを支配した。

それは、儀式によってもたらされた死よりもはるかに狂っているとしか思えないものだった。

そして、そんな狂気に満たされたどろどろした空気の中、ハイル・ホロブリト大佐率いる一隊が目的地に向かう。

そこは、儀式の中心であり、かってテルピッツなどの戦艦を複製召喚した場所だ。

そして、そこでハイル・ホロブリト大佐が眼にしたものは、歓喜の声を上げて、手を掲げる一人の老人と、その前にある幾つものドックに並ぶ艦船だ。

「ひゃっひゃっひゃっ…やったぞぉ…」

老人はそう叫ぶようにそう言うと、くるりと視線を艦船から近づいてきたハイル・ホロブリト大佐にむけた。

その表情に浮かぶのは狂ったかのような笑み。そして、高揚した頬と見開かれた目がますます狂気を際立たせている。

それは普通に狂ったという表現が生ぬるく感じるほどであった。

「ふひゃははははははっ、ほれ、実に素晴らしいではないかっ、この素晴らしき艦船群をっ…。一度に十隻もの数を召喚したのだぞ。今までどんな魔術師も出来なかった偉大な、そして、誰もが達成できない偉業を達成したぞぉぉぉっ…。ひゃははははっ、実に見事だっ。こんな事が出来たのはわしだけ…。わしだけだっ。だからこそ…わしはっ、わしはっ…」

狂喜乱舞するかのようなそんな老人に、ハイル・ホロブリト大佐は見下すような冷めた目を向ける。

「ご苦労様でした。もうお休みください」

その言葉に、一瞬、老人の動きが止まる。

そして、それにあわせたかのようにパスパスパスといった感じの空気音が響いた。

狂気の笑顔のまま崩れ落ち、老人の周りに赤い液体が広がる。

そして、それにあわせて失われていく体温。

そんな老人を見下ろすハイル・ホロブリト大佐の右手には消音装置つきの拳銃が握られ、銃口からは薄っすらと煙が立ち込めている。

「ふんっ。胸糞悪い狂人めっ。本当は絶望の淵に叩き込んで殺してやりたいところだが、我々の力になるべきものを召喚してくれたんだ。精々絶頂のまま死ね」

そう呟く様に言った後、ハイル・ホロブリト大佐は部下達に老人の死体の処理を命じて歩き出す。

その先にあるのは複製召喚された艦船達。

その数、実に十隻。

テルピッツやビスマルクのような大型艦こそないが、重戦艦を越える大きさのものが四隻、装甲巡洋艦程度のものが六隻。

それらは間違いなく今の親衛隊の保有するどの艦艇よりも優れたものである事は一目瞭然だった。

その姿は、信じられないほど美しかった。

それら艦艇をすーっと端から端まで見回してハイル・ホロブリト大佐はここに来て始めてニタリと笑った。

「これで帝国海軍なんぞ、簡単に叩き潰せるぞ」


こうして、魔術師ギルドの長ヨシフ・ヤーコヴレヴナ・エレンムハは狂気の達成感を味わいつつ死に、魔術師ギルドは壊滅した。

そして、その対価として親衛隊は帝国海軍の戦艦シャルンホルストに対抗する新たなる戦力を手に入れたのである。

それは、海軍と親衛隊の軍事バランスを崩すには十分すぎるものであった。

○今回の複製召喚で親衛隊が手に入れた戦力は以下の通りとなっています。


装甲艦  ドイッチュラント級三隻  

     リュッツオウ、アドミラル・シェーア、アドミラル・グラーフ・シュペー

重巡洋艦 アドミラル・ヒッパー級一隻

     プリンツ・オイゲン

駆逐艦  Z-31型六隻  

     Z-31、Z-32、Z-33、Z-34、Z-37、Z-38


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― 新着の感想 ―
[良い点] 実際活躍出来なかったポケット戦艦群ですか! でも中途半端なのはこの世界でも一緒なんだが? 最後に自沈とかは無しで。 [気になる点] 以前にレジンキットで帝国海軍超甲巡シリーズが有ったんだが…
[一言] >○今回の複製召喚で親衛隊が手に入れた戦力は以下の通りとなっています。 駆逐艦は兎も角、それ以外は癖が強い面子だな…扱い切れるのかね? 何か勘違いしてネルソンとロドニーに正面決戦挑んで一蹴…
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