王国首都ローデン 王城の秘密の部屋での会合 その1
王国首都ローデンの中心にある巨大な城ロードラキス城。
その中にある秘密の小部屋。
そこは、王であるウェセックス王国国王ディラン・サウス・ゴバークと『鷹の目エド』こと宰相のエドワード・ルンデル・オスカー公爵、それに『海賊メイソン』こと海軍軍務大臣サミエル・ジョン・メイソン卿の三人の秘密の会合が行われる場所である。
もっとも、会合とは言うものの、真面目なものではない。
三人集まり、最低でも月に一回は酒を交わす。
話す内容は、政治や今後の王国の行く末だけではない。
個人的なこと、私生活なことさえも酒のつまみになった。
もっとも、ここで話し合った内容が王国を動かすことが多かったが…。
それが何十年とつづいた二人に対しての王の友情の証であり、二人の王に対する友情を示す方法でもあり、この部屋の中だけは、三人は階級や世の中のしがらみから開放され、ただの友人として言葉を交わし笑い会える空間となっていた。
そして、その日は、王からの急な誘いがあり二人は驚いていた。
普段なら、よほどの事がない限り、二日前とかに誘いは来ない。
オスカー公爵もメイソン卿の二人は、政治と軍務を責任者という重要ポストであり、ここ一年近くは、世界の激変に伴い二週間も前から連絡し月に一回会えるだけとなっている。
そんな中での緊急の誘いである。
途中で顔を合わせた二人は「なんだろう?」と首をひねりあいながら部屋に到着する。
すでに王は部屋に到着しており、立ち上がると笑顔で二人を出迎えた。
「いや、すまなかったな。急な誘いで…」
王がそう言って頭を下げる。
普段なら王が部下に頭を下げるなどありえない事だが、ここではいつものことである。
「なあにかまわんさ。書類仕事ばかりでうんざりしてたんだ。偶には燃料補給して英気を養わんとな」
そう言って豪快に笑うメイソン卿。
それに対して軽く肘当てを当てつつオスカー公爵が憎まれ口を叩く。
「お前は、いつも夜になると飲んでばかりではないか」
「何言ってやがる。あんな仕事の量、飲まないとやってられるか」
「だからって、飲んでやるな。判断が鈍るぞ」
「ふんっ。少し酒飲んで鈍るような判断力は持ってねぇよ」
そういった後、ニタリと笑う。
「それによ、この前、執務室で一緒に飲んだじゃねぇか」
二人の会話に、王がニタリと笑いつつ言う。
「何?私も呼んでくれればよいのに…。冷たいな…」
「あれは偶々です。それに王を呼ぶ時間帯ではございませんでした」
「そうか…。残念だ。ここ最近は三人で飲む機会も減っているからな」
少し寂しそうにそう言ったが、すぐに笑いつつ言葉を続ける。
「今度は、私も呼べよ」
その言葉に、メイソン卿は笑いつつ、オスカー公爵は苦笑して承諾したのであった。
そして、いつも通りの席に座る二人。
しかし、そこでオスカー公爵が部屋の違和感に気がつく。
何かがいつもと違う。
そしてなぜそう思ったのかすぐにわかった。
いつも、この部屋は三つの椅子しかない。
なぜなら、ここは来客のない三人だけの秘密の部屋だからだ。
だから、三人で使う分の道具のみ運び込まれている。
だが、今この部屋には椅子が四つ用意されていた。
一つ多い椅子。
それが違和感の正体であった。
「王よ…まさか…」
オスカー公爵がそう口に仕掛けると、王は悪戯っ子のように笑う。
「ほう、気が付いたか」
「えっ、何がだよ?」
「ばか者。椅子が一つ多いではないか」
そう言われ、メイスン卿が今気が付いたのだろう。
「おおっ、確かに…。なんか違うなと思ったのは、それだったか…。てっきりテーブルの上に用意してある酒かと思ったぜ」
「お前なぁ…。確かに酒の銘柄もいつものものではないが、それよりも椅子の方に先に気が付かないのか?」
「何を言う酒の方が大事だぞ。椅子はどうやっても飲めないからな」
そう言って胸を張るメイスン卿。
そのメイスン卿の言葉と態度に呆れたような顔をするオスカー公爵。
その二人を笑いつつ見た後、王は二人の前に用意してあるワイングラスにワインを注ぐ。
そして自分の分を注ぐと、棚から新しいグラスを出してまだ誰も座っていない椅子の前においてワインを注いだ。
「誰か来るのですか?」
オスカー公爵が意味深な口調で聞く。
今まで何十年も、それこそ妻に対しても秘密にしていたこの場所に人を招くのだ。
ただの招待ではない事がわかる。
それはメイスン卿もわかっているのだろう。
興味津々と言った様子だ。
そんな二人の様子に、王は笑って時計を見る。
「そろそろじゃな…」
その言葉が終わるか終わらないかのうちにドアがノックされた。
「入れ」
王の言葉にドアが開かれる。
暗がりの中から、一人の男が入って来た。
アーリッシュ・サウス・ゴバーク。
国王ディラン・サウス・ゴバークの子の一人であり、王位継承権五位を持つ。
今、もっとも王国で名の知れている人物だ。
フソウ連合との講和と条約の締結、新型大型戦艦の譲渡、共和国との戦争を回避し、反政府勢力に対して反撃した王国随一の知名度を誇る。
国民の人気は他の上位の王位継承権を持つ者よりもかなり高く、軍部の信頼も厚い。
唯一の難点は貴族に人気がない事だが、それでもオスカー公爵やメイソン卿の支持もあり、彼は今や国を動かす一大勢力になっている。
そんな人物をこの部屋に招きいれたという事は…。
二人は、王の意思をきちんと理解した。
「他の上位連中がな、嫌がってな…」
苦笑してそう言う王。
「それでは…」
「ああ。近々、発表する」
「では、貴族の方は、私が…」
「軍務は、こっちに任せてもらおうか。もっとも、軍部は殿下支持のものがほとんどだけどな」
それぞれそういう二人に王は頷くと、アッシュを部屋に招きいれた。
そして空いている椅子に来させる。
「では、この部屋を知る人物が一人増えた記念だ」
そう言って立ってワイングラスを掲げる。
三人もそれにならう。
「「「乾杯ーーっ」」」
そしてワインを口に含む。
オスカー公爵は味わうように、メイスン卿は一気にぐいっとといった感じでそれぞれがワインの味を楽しむ。
「おおっ。いいワインじゃねぇか」
飲み終わったメイスン卿が目を輝かせて言う。
「何、こやつが生まれた年のワインでな」
「確か、その年は当たり年ではなかったですかな?」
そのオスカー公爵の声に、メイスン卿は笑いつつ言葉を続けた。
「ちげぇねぇ」
そう言ってアッシュの頭を荒々しく撫でる。
「メイスン卿、勘弁してください」
最近頭角を現してきたとはいえ、この三人にかかればまだまだアッシュなど尻に殻の付いたひよこみたいなものだ。
その様子を楽しげに見ていた王が「いいではないか。今夜はお前は我々の酒のつまみなのだからな」と豪語する。
「ち、父上、それは…」
「じゃあ、遠慮なく」
そう言いかけたメイスン卿に、オスカー公爵がストップをかけた。
「王よ、それだけのために殿下をここに招待したのではないのでしょう?」
その表情は、さっきまでとは違う真剣なものだ。
その様子に、王やメイスン卿の表情も真剣なものに変わる。
その雰囲気のいきなりの変化にアッシュは戸惑う。
なんなんだ…。
これは…。
普通に皆で協議されている時以上にぴりぴりとしたものが漂う。
ごくり…。
アッシュは自然と口の中たまった唾を飲み込む。
「さすがよな。わが友は…」
王はそういった後、ちらりとアッシュの方に目配せをする。
慌てたようにアッシュは懐から書簡を取り出した。
しっかりとした上等な紙で作られたそれは、飾り気のないシックなものであり、送り主の性格が垣間見れる。
「昨日、私の方に秘密裏に送られてきました」
アッシュはそう言いつつ、書簡をテーブルの上に置く。
「聖シルーア・フセヴォロドヴィチ帝国海軍少将ビルスキーア・タラーソヴィチ・フョードル殿からです…」
名前が告げられて、オスカー公爵とメイスン卿の顔色が変わる。
それはそうだろう。
帝国とは戦争中であり、その帝国から書簡が秘密裏に届けられるというのも問題だが、それ以上に、今や帝国海軍のほとんどを把握する人物からの手紙である。
これで顔色が変わらないほうがおかしいといったほうがいいだろう。
「なんですと…」
「これは…また…」
オスカー公爵は額に皺を寄せてうなり、メイスン卿は苦虫を潰したような顔をした。
それは仕方ないのかもしれない。
先の『ドッシェール海戦』で大敗させられた相手なのだ。
その時の被害は、おそらく王国の歴史では最大のものだろう。
その中には、メイスン卿の顔見知りや友人たちもいる。
そして、それだけ多くのものか死んだという事は、その分の憎しみも生まれたということでもある。
そんな相手が、書簡を秘密裏に出してきただと?!
どの面下げて…。
そう思いかけたが、メイスン卿はすぐに思考を変える。
いかん。落ち着け。
感情に揺さぶられるな。
過去は過去だ。
それにあの後の『ドッシェール反抗作戦』でかなりの被害を与えている。
どっちもどっちだという事だ。
そう考えて、メイスン卿は口を開く。
「それで、帝国海軍はなんていってるんだ?」
その問いに、アッシュが表情を変えずに淡々と言う。
「講和と援助を求めてきております」
その予想外の言葉に、二人は言葉を失い、王は困ったような表情を浮かべたのだった。




