お茶会 その1
三月二十二日の三ヶ国によるアルンカス王国独立擁護の発表の後、王国内はお祭り騒ぎとなった。
それは仕方ないのかもしれない。
国民が望む夢が叶うのだ。
毎日のようにパレードや祝いの行事があり、首都コクバンは独立の日である四月一日までは間違いなく世界で一番にぎやかな都市と言ってもおかしくないだろう。
地方や外国から多くの人々が観光に訪れ、首都の人口は実に二倍近くになっていた。
その為、フソウ連合の遠征部隊は引き続き警備に当たり、王国と共和国の艦隊の人員さえも借り出される始末であった。
そんな、まさに最高の祝いムードの中、ただ一人笑顔を浮かべつつも、人にわからないようにため息をつく人物がいた。
アルンカス王国の唯一の王族であり、将来的には王女としてこの国を背負う運命を託された人物、チャッマニー姫である。
本人は誰にも気が付かれていないと思っていたようだが、彼女専属の侍女であり、姉と慕うプリチャには筒抜けだった。
最初こそ、疲れがたまっているのかとプリチャは思ったのだが、どうもそうではない様子に心配してなんとか話し合いをと思ったのだが、祝いの行事などでめまぐるしいほどのスケジュールの中、なかなかまとまった時間が取れず、さらに運が悪い事に話し合う機会を逃し続け、二十八日の就寝前の時間にやっと機会に恵まれたほどだった。
寝巻きに着替え、寝る前のホットミルクを飲んでいるチャッマニー姫に、プリチャは口を開く。
「姫様…。実は隠し事があるのではありませんか?」
その優しい物言いに、一瞬、ホットミルクを飲み終えたチャッマニー姫の口が開きかけたものの、それはすぐにまるで我慢するように閉じられる。
そして、無理に作られた笑顔がチャッマニー姫の顔に浮かぶ。
「なんでもないわ、プリチャ。隠し事なんてあるわけないじゃないの」
そういうものの、その笑顔は何かに耐えているかのようだ。
「そうでしょうか…。ならいいのですが…」
その言葉に、チャッマニー姫は少しほっとしたような表情になる。
「そうよ。気にしすぎだわ」
しかし、どう考えても隠し事をしているとわかっているプリチャは、矛先を引っ込める振りをしながらも裏をかいて仕掛ける。
「そういえば、最近、時間がない為か、会えなくなりましたね」
会えなくなったという言葉に、チャッマニー姫がびくんっと反応した。
「何のことかしら…」
あたふたした態度でなんとかそう言い返すチャッマニー姫。
あくまでも予想の範囲内だったが、これで確定。
しかし、姫様は隠し事下手よね。
プリチャは素直な姫の反応に心の中で苦笑する。
「私は、てっきりキーチ様に会いたいんじゃないかと思っていましたが、違ったのですね」
「そ、そうよ。ここ最近忙しいから疲れているだけなの」
「そうですか…。それは残念です」
「え?」
予想外の言葉に、チャッマニー姫の表情が固まる。
それに構わず、プリチャは実に残念そうな顔で言葉を続けた。
「実はキーチ様から、お茶会のお誘いがあったのですが、お疲れでしたら…キャンセルの返事を…」
しかし、最後までその言葉は続かなかった。
「ダメぇぇっ!!」
慌ててチャッマニー姫は立ち上がるとプリチャに勢いよく近づいて必死になって口を塞ごうとする。
その必死さに、プリチャは微笑ましいなぁと思いつつ降参のポーズをとった。
「わかりました。わかりました」
宥めるようにそう言うと、やっとチャッマニー姫は口を塞ごうとするの止め、ため息を吐き出すとベッドにちょこりんと座り込んで恨めしそうにプリチャを見た。
「いじわる…」
口を尖らせ拗ねたようにそう言うチャッマニー姫に、プリチャはすました顔で言い返す。
「意地悪だなんて心外ですわ。私は、姫様の体調を…」
「もういいわよ。私の負け。そうよ、キーチに会いたいの」
手を身体を後ろ側に逸らして手で支えつつ足をぶらぶらさせる。
さっきまでおこなわれていた行事に出席し、国民や官僚達に笑顔を向けていた姫殿下はもうここにはいない。
そこにはただの恋する少女がいるだけだ。
「そうですわね。あの発表があって以来、あの方も忙しそうですからね」
「うん…。そうみたい。でもそれでお茶会なんてできるの?」
そう聞かれ、プリチャはニタリと笑う。
「ふっふっふっふ…。その辺は、抜かりはございません。キーチ様もよくわかっているのでしょうね。フソウ連合とアルンカス王国の今後についての話し合いという名目を用意しているみたいですわ」
「へぇー。そうなると二人でとはいかないわね」
「ええ。それは仕方ないかと…」
「そうね。仕方ないわね」
寂しそうにそう言うチャッマニー姫だが、それでも手紙のやり取りはしている。
プリチャが色々手を回してくれているのだ。
だから、全然連絡がつかない訳ではない。
しかし、直に会って顔を見たい、声を聞きたいという欲求は、時間が開くほどにますます大きくなっていく。
だが、王国の独立は国民の願いであり、王家の生き残りとして独立を推し進める責任がある為、例え些細な祝いの行事であれど私用で放り出すなんて事はできない。
出来る限りの事はする。
チャッマニー姫は義務を一生懸命に果たそうとしているのだ。
だが、人は万能ではない。
王族としての義務や責任と彼女自身の思いが押し合い、彼女の心は板ばさみにあって、それで姫は苦しんでいたのである。
「でもよかったじゃありませんか。普通の行事なら、挨拶して終わりでしょうが、お茶会でしたら少しはのんびりとお話ぐらいは出来るのではありませんか?」
「うん。そうね。でもいつもみたいにはできないのが残念だわ」
その言葉にプリチャは苦笑する。
「まぁ、王国独立宣言が終われば少しは落ち着きますから、また街で会えばいいじゃないですか。それまでの辛抱ですよ」
「うん。そうだよね。落ち着けば、また街で会えるよね」
そう言った後、チャッマニー姫は、プリチャをじっと見た。
「えっと…何でしょう?」
「実は…手配してくれたの、プリチャなんでしょう?」
探るような視線にプリチャは苦笑する。
そういうところは敏感というか、鋭いというか…。
そんな事を思いつつ、プリチャは口を開く。
「ええ。きっかけというか、そういった感じの話に持っていったのは事実です。ですが、茶会を…と言われたのはキーチ様で間違いないですよ。彼も姫様に会いたがっていましたし…」
その言葉に、チャッマニー姫は頬に両手を添えてニマニマしている。
その頬は朱に染まっていた。
「そっか…。キーチも会いたがってたんだ…」
そのうれしそうな独り言を、聞かなかった振りをしてプリチャはパンパンと手を叩いて言う。
「ですから、体調を崩されないようにしっかり夜は休んでくださいませ。午前中は公務が入ってますからね」
「はーいっ。わかりましたっ」
先ほどまでとは違い、チャッマニー姫の実に機嫌いい声が返ってくる。
そしてごそごそとベッドにもぐりこむ。
その様子をにこやかに見ながら明かりを消して周った後、プリチャは部屋から退出しようとしてドアに手をかけた。
そんなプリチャの背中に声がかけられた。
「プリチャ、ありがとう…。大好きだよ」
その言葉に、プリチャは手の動きを止めてベッドの方に視線を向ける。
もう暗くなってチャッマニー姫の表情はわからない。
しかし、それでも構わずにプリチャは微笑んで口を開いた。
「私もです、姫様。よい夜を…。そして明日がよい一日になりますように…」
そして、ドアを開けると彼女は姫の部屋を退出したのだった。




