戦艦 大和改はもっと打っ放したい その4
まず最初に砲撃訓練を開始するのは、第十戦隊重巡洋艦 妙高 羽黒と第一駆逐隊駆逐艦 白露 時雨 村雨の五隻だ。
もちろん、砲撃だけでなく、雷撃も行う。
駆逐艦にとっては、雷撃は起死回生の切り札である。
そして、搭載される残弾は限られている以上、常に技量を高めなければならない。
また、今回参加する三隻は、外洋艦隊設立のためにベテラン乗組員を結構な数引き抜かれており、まだ実戦経験のない兵たちの経験を高める為にも今回の演習はうってつけだろう。
だから、今や五隻に乗っている乗組員は、緊張と不安、それに自分自身を試す為に、開始は今か今かと待ちわびているに違いない。
標的用に用意された艦艇は、金剛型戦艦一隻、大淀型軽巡一隻、吹雪型駆逐艦二隻の四隻。
訓練する艦隊の指揮を取るのは、最近昇進したばかりの新田流中尉で、若干二十歳という若さでありながら山本大将の教え子の中でメキメキ頭角を現してきたらしい。
このままうまく育てば、的場や南雲に匹敵する指揮官になれる素質があると山本大将は見ているようだ。
だが実戦をまだ経験した事がないということから、理論はきちんとしているも臨機応変に難があるため、実戦は思ったようにはならないことばかりだという事を教えたいという事も聞いている。
要は今回の演習は、試練みたいなものだろう。
こっちとしても一人でも多くの優秀な指揮官は必要だし、何人いても困らないから大歓迎だがいきなりで大丈夫だろうか…。
そんな事を心配して鍋島長官が双眼鏡で見ていると、後ろの方からタイムキーパーをしている東郷大尉の声が響いた。
「時間になりました。砲撃訓練開始になります」
そして、その言葉が合図だったかのように重巡洋艦妙高を旗艦とする艦隊は動き出した。
楽勝じゃないか…。
確かに実物と同じ標的を使った実弾演習ではあるが、相手は動かない標的。
確かに今までとは違い、防御はしっかりしているものの、それだけだ。
オーソドックに砲撃を行いつつ接近。
そして、雷撃戦へと移行する。
実に簡単なものじゃないか。
しかし…。
そう思いつつ新田中尉はちらりと後ろを見た。
後ろには四十代後半ぐらいの軍服姿の男性が立っている。
「なにか?」
新田中尉が艦隊指揮をとるのは初めてだという事で、彼の補佐として付けられた人物。
股木時政大尉。
現場たたき上げの軍人で、山本大将の信頼厚い部下の一人である。
その人物が怪訝そうに聞き返してくる。
「いや、何、なんでもない」
そうは言ったものの、落ち着かない感じは歪めない。
監視されているような感じで気分はよくない。
恐らくだが、今回の演習の採点係といったところではないだろうか。
面白くない。
実に面白くない。
こんな簡単な演習ぐらい好きにさせて欲しい思う。
こんな演習、余裕で実施出来るじゃないか。
それなのに、補佐だと?
監視の間違いじゃないのか?
本当に、上は何を考えているんだ?
指揮を取る新田中尉は心の中でそんな事を思っていた。
しかし、それは砲撃訓練を開始してからすぐに間違いだった事を思い知らされる。
訓練予定海域に入り、そろそろ標的がある位置だなと思ったときだった。
「標的艦隊発見。二時の方向」
その報告に、新田中尉は首を傾げる。
敵と接近する時間があまりにも早過ぎないか?
予想では、もう少し先のはずだ。
そう思考したときだった。
「大変です。標的艦、動いています」
続けて伝えられた監視員の報告に、思わず「嘘だろう?」と聞き返す新田中尉。
「間違いありません。敵艦隊、隊形を組みこちらに向ってきます」
「聞いてないぞ、そんな話は…」
「しかし、間違いない事実です」
慌てて双眼鏡で敵艦隊の方を見るも確かにゆっくりだが動いているようにしか見えない。
新田中尉の補佐についていた股木大尉が口を開く。
「それでどうするおつもりですか?」
「くっ。まあいい。各艦砲雷撃戦準備っ。急げっ!」
その命令に、艦内だけでなく、艦隊が一気に活性化する。
ゆっくりと砲塔が動き出し、艦内のあらゆるところで人々が自分の役割を果たそうと動いている。
そんな中、命令を発した新田中尉の思考の隙間によからぬ考えが沸き上がっていた。
なんだ、標的が動くなんて聞いてないぞ。
もしかしたら、それ以外にも知らされていない事があるのか?
動くだけでなく、砲撃が出来るとしたら…。
そんな事はありえない…。
ありえないはずなんだ。
だが、もし砲撃出来たらどうなる?
迷いや不安が鎌首をもたげ、決断を鈍らせる。
だがそんな事は関係ないとばかりに次々と報告が上がっていく。
「距離およそ三万」
「各砲塔準備完了」
「魚雷発射菅準備完了」
それらの報告に頷きつつも、心の中の迷いが大きくなる。
未知という不安がますます判断を大きく鈍らせていく。
「新田中尉。艦隊はこのまま砲雷撃戦でよろしいのですね?」
股木大尉が聞いてきて、思わず頷きかけた新田中尉は慌てて首を振った。
今の艦隊陣形は、重巡洋艦二隻を前方一隻、後方二隻の駆逐艦が取り囲むような陣形だ。
この陣形では、左後ろにいる村雨が砲撃しにくいのと砲撃戦後の駆逐艦による雷撃戦に移行する場合、足並みが揃わない可能性が高い。
新田中尉は慌てて陣形の組み直しを命ずる。
「重巡を前に駆逐艦は後に続け。単縦陣だ」
その様子を股木大尉は冷ややかな目で見ている。
だが今の新田中尉にはそんなことに気が付く余裕はなかった。
ただただ、指揮をするのに手一杯の有り様になっており、最初の考えなどすっ飛んでしまっていた。
そして、この日、彼は今までの軍人生活で初めて自分のふがいなさを思い知る事になったのである。
午前中の駆逐艦と重巡洋艦による演習は無事終了した。
標的艦のうち、金剛型戦艦が大破、吹雪型駆逐艦一隻が中破という事で沈没していない二隻以外は、全て撃沈された。
戦闘記録を撮っていた部隊からの報告では、いい資料になりそうですという簡単な報告が上がっている。
また、残った二隻も安全確認が済み次第、曳航されて砲撃や雷撃による防御などの検証が行われる。
もちろん、途中沈まないように、浮遊ドックを使っての作業が始まっている。
その後に、次の標的艦の準備が終了して次の実弾演習となるが、予想通りもう少し時間がかかりそうだ。
余裕を持って予定を組んでいてよかったとほっとする。
そんな中、実際に演習を行った艦隊から、股木大尉が報告に来艦してきた。
本来なら、指揮を取った新田中尉がすべきだが、今回の場合は最初から股木大尉が報告に行くという話だったようだ。
股木大尉は、表情の変えずに実に淡々と冷静に報告を行う。
まるで機械の様だ。
鍋島長官がそんな事を思いつつ、報告されていく事と自分が見ていたことを重ね合わせていく。
その報告によると、最初こそ不手際や判断が遅れる場面が目立ったが、途中からは開き直りというか状況を把握したというかわからないものの、徐々に持ち直して無事終了させたという感じだそうだ。
確かにそんな感じの動きがこっち側からでも見受けられた。
まだまだ経験不足といったところか…。
そう思いつつ、鍋島長官は口を開く。
「ふむ。彼にはいい経験になったんじゃないかな…」
「ええ。これも長官がこんな機会をくださったことのおかげです。まぁ、もっとも後日、山本大将からの説教は確実でしょうが…」
股木大尉がそう言いつつ初めて表情を変える。
その顔に浮かんだのは苦笑だ。
その表情に鍋島長官も苦笑を返して言う。
「ほどほどにしておくように言っておいてくれよ。初めて艦隊を指揮したんだからね」
「わかりました。お伝えしておきます」
股木大尉はそう言った後、表情を引き締めて敬礼すると退出していった。
戦場では何が起こるかわからない。
それを演習で体験できた事は、新田中尉のこれからの軍人としての生き方の大きな財産になるだろう。
これで山本大将の依頼は完了だな。
後は、昼食後、午後からの戦艦による砲撃訓練か…。
さて…どういう結果になるか…。
おかげさまで連載一年突破となりました。
本当にありがとうございます。
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