工作艦 明石の憂鬱 その1
今回の外伝はブックマーク300突破記念で読みたい艦艇付喪神のリクエストを募集した時に応募があったものです。
第一回目は「ソレハソート」さん希望の明石のお話です。
また、似たようなリクエスト募集はやりたいと思いますので、その時も皆様よろしくお願いいたします。
「ふう…」
工作艦明石の付喪神は、艦長室の椅子に身を任せると顔を天井に向けてため息を吐き出した。
彼の目の前のデスクには、山済みの書類の束がある。
それも三つもだ。
上を向いていた視線をちらりとデスク側に向ける。
無意識の内に明石の口からため息がまた出た。
「こっちの身にもなれってもんだよ…。どいつもこいつも自分の事ばかり言いやがって…。たくっ…」
愚痴が口から零れ落ちる。
それは仕方ないのかもしれない。
彼が竣工して配備されてからというもの、ほぼ毎日のように職務に追われる日々。
それも激務と言っていい内容だ。
愚痴の一つもつきたくなるというものだろう。
ドタバタがやっと一息ついたかと思ったら、今度は共和国と帝国の大艦隊との決戦である。
ほぼフソウ連合海軍の総力と言っていい艦艇が海戦に参加し、多くの艦艇が傷を負った。
それは勇敢に戦った証であったし、祖国を守る為という事もわかっている。
だが、あえて言いたい。
戦うだけが祖国に貢献しているわけではないと言うことを…。
だが、それがわかっていない連中は多い。
だからこそ、言われるのだ。
「さっさと修理しろ」
「後方で安全な分、テキパキとやれ」
「俺らのおかげでお前らは助かってんだぞ」
などなど…。
だが、こっちだって一杯一杯だ。
作業員も必死になってやっている。
なのに評価されない。
それがすごく悔しい…。
すべてを捨てて逃げ出したい心境だが、そうも言ってられない。
自分はこの艦の付喪神で、乗務員や作業員は必死になってやってくれている。
それらを裏切れないのだから…。
「ふう…」
ため息がまた出た。
だが、ため息をして愚痴を思っても状況が改善されるわけではない。
結局はやるしかない。
それ以外に打開策が思いつかないのが現状なのだ。
そう諦めて目の前の書類に向き直る。
首を回すとコキコキという音がした。
始める前から鳴るっていうのは、要は疲れがとれていないという事だろうか。あるいはストレスがたまっているのか…
こうして、この日起きてから何度目かになるかわからないため息をまた吐き出した後、明石は仕事に取り掛かった。
その日の昼もいつも通りに艦長室に食事を運ばせて、仕事をしつつ用意された食事をぱくつく。
食事と言っても、大き目のおにぎりを3個と漬物。それからお茶と味噌汁ぐらいのものだ。
まぁ、おにぎりの中には、気を利かせてくれたのか、毎回いろんな具が入っている。
それを楽しみにしつつ、一つずつおにぎりを食べていく。
なぜ、こんな事態になっているかというと、作業員にはきちんと休憩を取らせているが、上としては作業員が効率よく作業できるような手配を事前にしておく必要がある。
だからどうしてもゆっくりと休む暇がない。
しかも、配備されてからずっと戦い続きだ。
その結果、修理を待つ艦艇は順番待ちができるほどになってしまっている。
もちろん、被害がひどいものやここで対応できないものはドックにまわされるものの、ドックも新造艦の竣工などで大忙しだ。
つまり、まわせるにしても数が制限される為、解決策になってはいない。
そして、修理を急かされてしまう為、今では食事を摂りつつ書類整理をするという事が当たり前になってしまった。
「こいつは、予想よりダメージでかかったから…」
用意されたおにぎりをほおばりつつ、ぶつぶつと独り言のように言いながら修理作業プランを修正していく。
予定表はびっしりと書き込みがされており、余裕などまったくない。
さて…どうしたものか…。
口の中のものをお茶で流し込むと腕を組んで考え込む。
そんな時だった。
トントン。
ドアがノックされる。
開け放たれていたドアを叩きながらこっちを見ているのは、ドッグ区画責任者の藤堂少佐だ。
「よう、大変そうだな…」
明石は慌てて立ち上がると敬礼しようとした。
「いやいいって。俺はそういうのはあまり気にしねぇからな」
そう言ってずかずかと艦長室に入ってくると予定表を覗き込む。
「おうおう、こりゃパッツン、パッツンってやつだな」
苦笑してそう言われ、明石の口からぽろっと本音が漏れる。
「パッツンどころじゃないですよ。もうパンク寸前です」
明石の言葉に、藤堂少佐は苦虫を潰したような表情を一瞬したが、パンパンと明石の背中を軽く叩いた。
「そういうな…。あと二週間、なんとかまわせ」
「二週間どころか、三日も無理ですよ」
「そうか…」
短くそう言うと、藤堂少佐は、予定表を指差しながら言う。
「なら、この艦艇とこの艦艇の修理は、第十三、第十ドックにまわせ」
思わぬ言葉に、明石が驚いた表情で聞き返す。
「いいんですか?」
「いいも何も、こいつらの修理は、こっちでやったほうが良さそうだって思っただけだ。だからこっちにまわせ。そうすりゃ、二週間なんとかなるだろう?」
そう言うとニヤリと藤堂少佐は笑う。
「ええ。確かに…助かりますけど…」
明石はそう言ったものの、内心すごくありがたかった。
藤堂少佐がまわすように言った艦艇は、修理を急がせるような文句を言ってきている連中ばかりだったからだ。
だが、そんな連中も藤堂少佐には頭が上がらない。
それに文句を言ってきたとしても少佐ならうまくあしらうだろう。
なんか肩から、いや全身から力が抜けたような感じがしてほっとしてしまった。
どうやら、思っていたより、修理を急がせろという文句は堪えていたようだ。
そんな明石の様子を見て、藤堂少佐は苦笑した。
「どうも、お前さんは、責任感が強くて真面目すぎるようだな」
いきなりの言葉に明石が戸惑っていると、カラカラと笑いつつ藤堂少佐が言葉を続けた。
「責任感が強いのも、真面目なのも美徳だが、たまにはタガを外せ。周りを頼れ。そうせんと潰れるぞ」
「そうでしょうか…。自分ではそんなつもりは…。それにドックの方も今の時期は忙しいですし…」
明石の言葉に、藤堂少佐はバンバンと肩を叩きつつ言う。
「何いってやがる。なんでも背負い込んでるじゃねぇか。きつくなったら相談しろ。対応できるかわかんねぇが、相談するだけでも少しは違ってもんだ。そうだろう?」
確かにこうして話すだけで、だいぶ違う気がする。
「そう…ですね。今度からはそうします」
「ああ、そうしろ、そうしろ。俺らは仲間だからな」
豪快に笑う藤堂少佐につられ、明石も笑う。
「いい顔になったな。じゃあよ、今夜付き合え」
いきなりの申し出に、明石の顔が驚きに変わる。
「えっと…それは…」
「なあに、たまには息抜きが必要ってこった。だから付き合え」
「ですが…仕事が…」
「なあに、残業する時間が少し短くなったところで、一気に工期が短くなるわけねぇんだ。一日ぐらい羽休めたって罰は当たらないぜ」
そう言われると、なかなか断りにくい。
どうしょうか明石が困っていると、藤堂少佐は止める暇もなく「じゃあ、十九時に迎えに来るからな」と言って退出していった。
「あ…あ……」
追いすがるかのように右手を前に差し出した格好で明石はしばらく固まっていたが、仕方ないといった表情をすると椅子に座り込んだ。
「相変わらず強引な人だな…」
そう呟く様に明石は言ったが、その表情は藤堂少佐が来る前のどんよりとしたものではなく、すっきりしたものになっていた。
注意)
工作艦とは、各種工作機械を装備して、破損した艦船の補修・整備などを行う艦船のことである。
移動式工廠であり、日本海軍工作艦明石は、平時の年間修理量の4割を一隻で行うことが出来たと言われている。まぁ、縁の下の力持ちって感じてすね。




