三カ国艦隊集結
三カ国会合の予定日である三月二十二日の三日前。
三月十九日十三時四十五分。
リクベントル海路に多数の艦隊が集結しつつあった。
支援艦を含めるとその数は、実に六十隻以上。
まさに一大決戦を行うのに相応しいほどの戦力である。
しかし、今までよく見られた艦隊と大きく異なる点が一つだけあった。
国旗が統一されていない事だ。
ある艦艇群は王国旗を、ある艦艇群は共和国旗を掲げている。
そして、一番大きな艦艇を有する艦艇群は、フソウ連合の海軍旗である日章旗を掲げていた。
「これはまた…壮観な眺めですな…」
驚いた表情の後、ニヤニヤした表情でアリシアにそう言うのは、共和国国軍のリープラン提督だ。
年の頃は四十後半といったところだろうか。
白銀の髪を持つ渋い感じの男性であり、アリシアの父親であるリッキードの友人で小さいころには遊んでもらっていた事もある、ある意味、家族に近い関係者だ。
おかげで軍部にツテの少ないアリシアにとっては頼れる存在と言っていいだろう。
「そうですね。わが祖国と王国、それにフソウ連合、この三カ国の艦隊が集結だなんて…」
アリシアもぼーっとそれを見入っている。
この光景は、今まででは絶対にありえない光景だった。
二カ国が協力してという事は以前は何度もあったが、三カ国ともなると初めてだ。
その意味がわかっている為かアリシアも提督も感無量な感動を感じている。
また、そんな光景の中、フソウ連合の艦隊で異彩を放つ一際目立つ船があった。
優雅でなだらかなデザイン。
白と黒の上下のツートンカラー。
武装はまったくと言っていいほど施されておらず、それでいて長さは共和国の重戦艦よりもはるかに長く、それでいてかなりスマートだ。
それがアリシアを惹きつけてやまない。
「フソウ連合海軍の艦艇を始めて見ましたが、スリムなうえに実に美しい艦が多いですな。しかし、塗装が統一されていないのはどういうことなのでしょうか…」
一部艦隊によって塗り分けられたりもするが、基本的に各国の軍艦の色は大まかに決まっている。
それは同士撃ちを防ぐ為でもあり、すぐに味方だと識別しやすくする為でもある。
だが、今目の前に展開しているフソウ連合の艦艇は実に多彩と言っていいだろう。
先ほどの白黒の上下ツートンに塗装された一隻だけでなく、他の艦艇も縞模様の迷彩じみたものがあったり、艦の側面に波模様が描かれていたりしているものもある。
それだけではない。
艦の基本色も、一番多いのは黒っぽいグレーだが、それ以外には、深緑色系や白っぽいグレーなどもある。
「わかりました。ナベシマ様に聞いておきましょう」
アリシアが視線を外さずそう答える。
「ええ。よろしくお願いします」
提督はそう答えると、後ろを振り向くと伝令兵に命令を下す。
「いいか、出来る限り王国とフソウ連合の艦艇の写真を撮っておけ。絵でも構わん。情報を集めるんだ」
その命令に、提督とアリシア以外の艦橋スタッフはあわただしく動き始めていた。
「えーっと…あの白黒のは客船のようですね。武装もなく、恐らくですが間違いないと思われます」
「あそこに見える三隻の駆逐艦は、フソウ連合海軍主力のフブキ型かカゲロウ型駆逐艦と思われます。しかし、あちらの駆逐艦は、認識票にはのっていませんね」
「恐らくだが、ドレッドノートを受け取る際の研修で遭遇した外洋艦隊向けに作られたというE型駆逐艦みたいだな。なんせ、今までのフソウ連合海軍駆逐艦とは設計思想が違うらしいからな」
「あそこの戦艦も恐らく新型でしょう。認識表に登録されている、コンゴウ型、ヤマト型とはかなり違いますし、何より主砲が四連です。それに、なんとなくですがデザインがネルソン型に近い感じがします」
「ああ。確かに。それは俺も感じている。あの艦橋の角ばった感じとか…」
「急いで写真を撮れ。絵でも構わん。ともかく情報を集めろ」
目の前に展開するフソウ連合海軍の艦隊を前に、次々と艦橋スタッフと監視員による判別と情報収集が行われる。
王国海軍はドレッドノートを受け取る際にフソウ連合海軍との連携をとるために必要だと言う理由でフソウ連合海軍から所属艦艇簡易識別表を手に入れていたが、目の前に展開する艦隊の実に半数は識別表にない艦艇だった。
「おいおい…。また新型か?」
展開するフソウ連合海軍の艦隊を見て、アッシュは呆れたような声を上げる。
「おそらくは、今度、アルカンス王国に駐在する外洋艦隊の艦艇でしょうな。実際、判別できない艦艇のうち、駆逐艦はドレッドノートの研修の際に目撃した新型駆逐艦の形に似ております。よって恐らくですがE型駆逐艦だと思われます」
アッシュの言葉に、艦橋スタッフの中にいた軍学校出たてだと思われる若い士官が意見を述べる。
そして、少し間をおいて怪訝そうな顔で聞き返した。
「しかし、共和国の艦艇の情報収集はしなくてよろしいのですか?」
その言葉に、アッシュは苦笑して視線をちらりと声の方向に向けて答える。
その視線に若い士官は緊張した様子で身を引き締める。
叱咤されるとでも思ったのだろう。
「確かに判別に共和国の艦艇のある程度の情報は必要だろうし、重要な事だ。しかしだ、それさえもフソウ連合の艦艇の優秀さを知っていれば、優先度の違いがわかるんじゃないかな?」
優しい口調で話すアッシュにほっとしたような表情を見せて口を開く士官。
「…そうですね。その通りです。余計な事を申しました」
「いや。いいんだ。そうやっていろいろ意見を言ってくれ。一つの事に盲目になってしまうことだってあるからな。それに…」
ニヤリと笑ってアッシュは言葉を続ける。
「色々な意見や進言は必要な事だ。そういった事があるからこそより良い結果に結びつくと私は思っているからな。だから、これからも色々頼むぞ」
若い軍人は、驚いた表情の後、感動したような表情で頷く。
「はっ。こちらこそ誠心誠意殿下にお仕えいたします」
その様子に、今回アッシュの補佐役として同行しているテルミア大尉は心の中でニヤリと笑った。
相変わらず、人をノセるのがうまいな、うちの大将は…。
未だに、軍学校の後輩には絶大な人気があるわけだ。
そんな感じで見ていたら後ろから声をかけられた。
「フソウ連合海軍から連絡です。『打ち合わせをしたいので客船ニッタマルに来て頂けないか』とのことです」
その報告が耳に入ったのだろう。
アッシュは悪戯っ子のような笑みを浮かべテルミア大尉の肩を軽く叩いた。
「ふふっ。やっと呼び出しか。さてさて、色々聞きたい事もあるし、さっさと伺おうじゃないか」
「楽しそうですね」
テルミア大尉が苦笑してそう聞き返すと、うれしそうにアッシュは答える。
「当たり前だ。久方ぶりにサダミチに会えるんだからな」
その言葉に迷いはなかった。
王国艦隊よりもフソウ連合海軍の艦隊に距離が近いという事もあり、先に乗船したアリシアとその一行は、船内の設備と様子に驚くしかなかった。
派手ではないものの、独特な感じのモダン風にまとめられ、きちんと清潔にされている船内。
まるで舞踏会の案内役のように礼儀正しい船内員。
光を取り入れやすいようにしてある大きめの窓と暖かい感じの明かりが船内を照らし出し、薄暗いイメージはまったくない。
まさにホテルといった装いだ。
共和国で言うなら三ツ星ホテルに近いわね…。
最近出来て話題になっているランキング本を意識した評価をしてみる。
実に素晴らしい。
しかし、大きいわね。
おかげで狭いという感じがあまり感じられない。
共和国にも客船はあるにはあるが、ここまで大きくないうえにさらに艦内は実務のためか実に狭い。
それにこの船に比べると実に母国の客船の野暮ったさが余計に感じられる。
合衆国の客船にも乗った事はあるが、ここまでとはいかなかった。
どちらかというと合衆国の合理主義が前面に出すぎていて、優雅さが感じられない。
そんな事を思いつつ案内されるまま進むと、大きな部屋に案内された。
どうやら、この船のホールのようだ。
(後で聞いたら、こんな感じのホールがいくつかこの船はあるらしい)
船の内装や部屋に合う装飾が施されたテーブルがいくつかと、それにあわせた椅子が用意されており、一際高い天井には豪華なシャンデリアが煌びやかな光を放っていた。
そして、そこに彼がいた。
祭典用だろうか。
真っ白な軍服を着込み、いくつかの勲章みたいなものを胸につけている。
フソウ連合海軍総司令長官であり、フソウ連合外交部責任者であるサダミチ・ナベシマだ。
以前と変わらない微笑をして私を迎え入れてくれる。
そして彼の後ろには、歓迎会で彼をからかうネタにした女性秘書官が控えている。
時折、ちらりとこっちを敵意のある視線で見るのは相変わらずだと思う。
だが、ほっとしてしまうのはなぜだろうか。
「ふふふっ…」
思わず笑みが漏れる。
おっと、今は駄目だ。
アリシアは自分にそう言い聞かせると、口元を引き締めて入室する。
「ようこそ、アリシア殿」
そう言って鍋島長官は右手を差し出すと、それを待っていたかのようにアリシアも右手を差し出して握手する。
「ご招待ありがとうございます。今回は、我々の無理な要請に対応していただき、ありがとうございます」
「いえいえ。共和国との友好は、我々にとっても大事な事ですから、それに最大限に答えるのは当たり前ですよ」
笑いつつそう言う彼を見ていると、それがただのおべっかだとわかっていてもそう信じてしまいそうになってしまう。
困ったな…。
そう思ったときだった。
「王国アイリッシュ殿下が来られたようです」
鍋島長官の後ろに控えている女性秘書官が囁くようにいう。
要は次のお客が来るから手を離せということらしい。
なんとなくだが、彼女の視線からそんな意図が読み取れた。
ふっふっふっ…。
相変わらずの様子で、なんか楽しめそうね。
心の中でそう思いつつ、アリシアは手を離す。
そして案内されるまま、アリシア一行が指定されている椅子の側まで来た時だった。
「サダミチーーーーーッ!!」
そう言って部屋に飛び込むように入ってきたのはアッシュだった。
そして勢いよく鍋島長官に抱きつく。
「お、おいっ…こらっ…」
なんとかそう言うのが精一杯で、なんとかアッシュを受け止める鍋島長官。
唖然としてその様子を見ていたアリシアだったが、肌にチリチリとくる怒気を感じてその視線の先に目を向ける。
そこには自分の時とは比較にならないくらいの怒りに満ちた女性秘書官の姿があった。
そのままずかずかと二人の側まで来ると鍋島長官の首根っこを捕まえてずいっとアッシュから長官を引き離す。
そして、自分の傍に長官を回避させるとアッシュに向って注意を始めた。
「殿下っ。ここは三カ国の代表が話し合う国際的な場です。自重してください」
その勢いに、アッシュははっと我にかえって頭を下げる。
「すまん。やっとサダミチに会えると思ったら、なんかこう…」
呆れ返ったような表情の女性秘書官。
それを苦笑して見ている長官。
それはまるで仲のいい友人のようにアリシアは見えた。
フソウ連合や王国の関係者は苦笑し、共和国の関係者はあきれ返る中、アリシアはその関係が実に羨ましいと思ってしまっていた。




