仲裁
最初、今回の話を受けたアルンカス王国は半信半疑であった。
それは仕方ないだろう。
六強と呼ばれる列強国の二つとフソウ連合の会合の地として選ばれたのだから。
そして、それが間違いないとわかるとてんやわんやの大騒ぎとなった。
ほんの数ヶ月までは、共和国の一植民地でしかなかったのだ。
それがフソウ連合に権利が譲渡されてフソウ連合のバックアップと相互防衛同盟をすることで独立という話になったかと思ったら、今度は独立直前に列強三カ国の会合の地となったのである。
無事会合を問題なく終わらせられれば、それは間違いなくアルンカス王国にとって大きな利益を生み出すだろう。
もしうまくいけば、フソウ連合だけでなく、王国や共和国の後ろ盾を手にすることができるかもしれないのだから。
だから、アルンカス王国はすぐにフソウ連合の申し出に全面協力を約束する。
そして、その報告を受けた鍋島長官の動きは早かった。
王国、共和国の駐在大使には今回の件の徹底した調査と情報収集を命じ、アルンカス王国には今回の会合に関する打ち合わせの為に使者を派遣。
また、いくつか特別艦隊を編成してすぐに行動に移るように指示を出したのである。
その結果、アルンカス王国との警備を初めとするいろいろな調整の話し合いが終わり、王国と共和国にフソウ連合の返信が届いたのは三月十日であった。
「フソウ連合は、今回の仲裁役を受けるそうだ。しかしなぁ…。まさか共和国からもフソウ連合に仲裁役の依頼があったとはなぁ…」
ミッキーの驚きの声に、アッシュはニタリと笑う。
「共和国も今回の件では他に選択肢がなかったんだろう」
「他に選択肢?」
「ああ。帝国は今、王国とは戦争中であり、合衆国はフソウ連合との講和で無様な姿を見せてしまったからな。それに、教国は基本国同士の争いは関わらないし、連盟はかえってこの機会に商売を優先するだろうから、どちらかというと争いの継続を望むだろう…」
「確かに…」
「それに、今、共和国をまとめあげているアリシア・エマーソンが名を上げたのはフソウ連合との講和だからな。知らない相手より、知った相手の方がいいとでも思ったのかもな」
「それは…」
ミッキーが言葉に詰まる。
つまりアッシュの友人のいる、今や盟友であるフソウ連合を軽く見ているということではないかと思ったためだ。
しかし、そんなミッキーの思考をアッシュはわかったのだろう。
「おいおい。ミッキー、あのサダミチがそんなに手玉に取られるようなやつだと思うか?」
その問いに、ミッキーは横に首を振る。
同盟を結ぶ際にあったいろんな事を思い出したからだ。
その様子にアッシュは満足そうに微笑む。
「恐らくだが、アリシアもサダミチの予想外の対応に度肝を抜かれ、俺が感じたものを感じ取ったんじゃないかと思っている」
その言葉にミッキーは否定する事はできない。
彼自身もアッシュと同じく、サダミチに惚れこんで友誼を交わした間柄だからだ。
だからただ深々と頷いて言う。
「そうかもしれんな…」
「しかし、最初から驚かせてくれるよな。まさか会合をアルンカス王国でやるとはな…。これはまったくの予想外だったよ」
しみじみと感心した様子でアッシュがそう言うとミッキーもニヤニヤしつつ頷く。
「まさに予想を覆す男だな…」
「まぁ、あのサダミチだからな」
その言葉に二人してしばらく何も考えずに楽しく笑う。
ここまで何も考えずに笑った事は実に久々だ。
昔は、仲間と未来を語り合いながら良くこんなふうに笑っていたなと昔を思い出す。
あの頃は本当に楽しかったな…。
少し昔を懐かしむが、過去を振り返っている余裕は今はない。
振り返るなら、もっと年をとってからでいい。
今は前進あるのみだ。
そう決心すると自然と笑いが収まり、落ち着いていく。
「それで、すぐにでも返事を返そうと思うが、現状はどうなっている?」
そのアッシュの問いに、ミッキーは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あんまり良くないね。国民の方はなんとか押さえているものの、現場の方がね…」
「そんなに不味いか?」
「ああ。一発即発って感じだ。襲撃を受けた海域は、共和国の商業船団も良く使うんだが、何度か互いの商業船団が異常接近して戦闘が起こりそうになっている」
その報告にアッシュの顔も苦虫を噛み潰したようになった。
「こっちから手を出すなとは言ってあるんだろうな?」
「ああ。その点だけは徹底させてある。だが、それもいつまで持つか…。現場はかなり限界みたいな報告が来ているからな」
「ともかく、今回の仲裁が終わるまではなんとか持たせてくれ。こっちの予想通り、共和国ではなく第三者による攻撃なのか、或いは本当に共和国の攻撃なのかをはっきりさせないとどうしょうもないからな」
「それはわかったけどさ…。しかし何だ?この調査依頼は…。王国国内と国際的な物価変動とか…今回の事に関係あるのか?」
そう言ってミッキーは返信と一緒に送られてきた別紙の紙の束を手に持ってひらひらとさせる。
「多分、今回の件で必要と思われたんだろう」
「何に使うんだ?」
そう言われてアッシュも半信半疑のようで、少し考え込んでいるような素振りを見せる。
だが、それでもサダミチを信じているのだろう。
「わからないが、依頼はきちんとやっておいてくれよ。それにフソウ連合への返事もだ」
「もちろんだとも。その辺はしっかりやるよ。それと派遣する艦隊の編成も急がせる」
「ああ。よろしく頼む」
アッシュはそう言うと背中をそらせて天井を見上げた。
その顔には笑みがある。
それは友と再会する喜びに満ち満ちていた。
「そうですか。フソウ連合は受けてくれるようですね」
アリシアは少しほっとした表情で執事から伝えられた報告を聞くと呟くように言った。
しかし、予想外だったのは、仲裁の行われる場所だ。
てっきりフソウ連合で行われると思っていたため、まさかアルンカス王国で実施されるとは思いもしなかった。
正に予想外の提案に、驚くと同時に楽しくなってしまう。
ふふふっ。
さすがはナベシマさまですね。
本来なら嫌いなタイプであるあの男に、なぜここまで好意を持ってしまうのだろう…。
不思議な感覚に気が安らぎ、自然と頬が緩み、くすくすと笑いが漏れてしまう。
思考がゆっくりと周り、気がつくと彼の事を考えてしまっている。
「すみません…お嬢様…」
そんなアリシアに申し訳なさそうに執事が声をかける。
その声で我に返るアリシア。
えっ…私…今なんで…。
慌て表情を引き締める。
「だ、大丈夫よ。それで何かしら?」
「はい。軍部のマッケンジー提督とリープラン提督への対応ですが…」
「ああ、そうね。軍部にツテが少ない我々としては、全面的にバックアップしてあげて。もちろん、その代わり、軍部の暴走を押さえてもらわなきゃいけないけどそれぐらいはやってもらわないと…」
「了解しました。それとフソウ連合からの依頼の件ですが…」
「ああ、例の生き残って帰艦した装甲巡洋艦の調査ですね」
「はい。軍部の一部が渋っています。軍の機密をと…」
「何を言っているのやら…。相手の方がはるかに技術力は上なのに、今更軍事機密もないでしょうに…。それに今回の調査は、恐らくですが今回の襲撃の件での確認と証拠集めのためでしょうね。だから、全面的にフソウ連合に協力させなさい。あまりにもうるさいようなら、黙らせてもいいわ」
アリシアの言葉に、執事は恭しく頭を下げる。
「わかりました。わが主の思うままに…」
「ええ。よろしくね」
アリシアがそう声をかけると執事は静かに部屋から退出する。
そして執務室にアリシアだけが残される。
「ふーっ」
息を吐き出して窓の外を見る。
もう日が傾き、真っ赤に色に周りを染め上げていく。
その光景はすごく綺麗だが、まさに血の色のようだとアリシアは思った。
そして立ち上がると自分でポットに残っていたハーブティをカップに注ぐ。
そして窓際に立つとカップを口に運ぶ。
もうすっかり冷めてしまっていたが、それでも独特の香りと味は変わらない。
本当に悪くないわね、このお茶…。
そんな事を思いつつ、先のことに思考を走らせる。
さて忙しくなるわね…。
決戦は、三月二十二日。
場所はアルンカス王国。
そこでこの不毛な共和国と王国の争いを何とかする。
そして、こんな事をしでかした連中に仕返ししなくては…。
それも三倍返しで…。
私に牙を向けたことを後悔させなくてはね…。
アリシアは口角を上げてニタリと笑う。
それはまさに見た相手を恐怖させる笑みであった。
一隻の艦が荒れた海を進む。
「結構荒れていますね」
防水防寒コートを着込んだ男性が手すりに捕まり双眼鏡で周りを警戒しつつ叫ぶように言う。
その横にいた同じコートを着込んだ男が同じように双眼鏡で反対方向を警戒しつつ答える。
「ああ。おかげで晴嵐を飛ばす事もできない」
「確かに…。明日には少しは収まってくれるといいんですが…」
「ああ。そうすれば少しは捜索も楽になるのにな…」
しみじみとそう言うと双眼鏡から目を離し、艦内の方に顔を向けて命令を伝える。
「よし進路そのまま。我々はこのまま襲撃のあったとされるエンガドラウ海域に向かうと大鯨に報告だ」
「了解しました」
艦内からの返事に頷くと、男は再び双眼鏡で警戒に戻る。
早く交代時間にならないかと思いつつ…。
「伊-400より無線はいりました。『海、荒れの為に航空索敵できず。洋上及び電探での警戒を行いつつ目標海域に向かう』とのことです」
無線士の報告に、まるでビヤ樽のような貫禄のある体型の男が頷く。
「ふむ。これで索敵に参加した六隻全部が目標海域に進んだな」
「はい。明日には本格的に索敵が始まるでしょう」
「ああ。しかし、今回は時間がない。間に合うといいのだが…」
すると副官らしい男が苦笑しつつ口を開いた。
「我々の潜水艦隊は優秀ですし、それに明日になれば天候も快復し、航空索敵も出来るでしょう。それに長官の読みは中々鋭いですからな。うまくいくと思いますよ」
その言葉に、苦笑してビヤ樽男は答える。
「相変わらず前向きだな、南条少尉は…」
「なに、大鯨がきちんと細かな事まで気をつけているからこそだよ。だから安心して、私は気楽にこんな事も言えるんだ」
そういってカラカラ笑う。
「まぁ、だからこそこの艦がうまく回っているのかもしれないな」
大鯨もカラカラと笑う。
そしてその言葉に南条少尉は同意を示す。
「違いない」
そこには付喪神と人と言うより、ただの職場の良き相棒と話す雰囲気があった。




