日誌 第百六十七日目
三月一日十三時三十分。
マシナガ本島南部にある訓練海域に艦隊が集結していた。
三月下旬にアルカンス王国に駐在する第一外洋艦隊である。
その戦力は以下の通りとなる。
第一外洋艦隊 計14隻
第三外洋戦隊 戦艦 キングジョージV (旗艦)
第四外洋戦隊 巡洋戦艦 フッド
第七外洋戦隊 重巡洋艦 エクセター
第一外洋水雷戦隊 軽巡洋艦 クリーブランド
第一外洋駆逐隊 駆逐艦 エクリプス、エコー
第二外洋駆逐隊 駆逐艦 エクスマス、エレクトラ
第三外洋駆逐隊 駆逐艦 エンカウンター、エスカペイド
第一外洋護衛隊 護衛駆逐艦 オンズロー、オファ
第二外洋護衛隊 護衛駆逐艦 オンスロット、オブデュレート
(もちろん、支援艦などは別であり、明石型工作艦の簡易型(輸出型)や給油艦(特設給油艦日本丸の簡易型)などを初めとする艦艇が準備されている)
本日は、今まで別々に訓練されていた第一外洋艦隊の艦艇が初めて全艦集結し、艦隊として訓練を始める初日でもあった。
そして、ここは給糧艦間宮の一番見晴らしのいい宴会などに使われる大部屋で、各部の責任者や関係者が一同に集まってアルカンス王国に派遣する艦隊の訓練を視察しているのである。
もちろん、ただ椅子やテーブルを並べて視察して終わりという訳ではない。
間宮と言う事は、そういうことなわけで…。
テーブルにはかなりの量の食べ物や酒が並べられている。
要は、艦隊訓練の視察ついでに海軍のうまい食事と酒をありつこうというわけだ。
最初、その話を角間議長から聞いたとき、僕は冗談かと思ってしまったほどだ。
だが、こういう機会がなければ出会えない人もいるし、なにより今回は今後行われるアルンカス王国との交流のこともある。
だから、これを機会に横のつながりの強化とアルンカス王国との関係のきちんとした説明などを行う機会だとする事にしたのだ。
多分、角間議長もそういう事を考えているのだと思う。
ただ、海軍のうまいメシと酒を堪能したいだけとは…思いたくない。
しかし、フソウ連合にも花見と言う習慣はあるわけで、しかも、今はちょうど花見の季節…。
うーん……。
なんかすっきりしないけど納得させるしかない。
そんな事を思っていると、目の前では各艦が隊列を組み、順に目標に砲撃をしている。
目標は、鹵獲した帝国や共和国の艦船で、ざっと十隻程度。
その相手に向かい、移動しつつ砲撃していく。
爆炎と煙、それに轟音が当たりに響く。
「なかなか壮観ですな…」
そう呟いたのは、フソウ連合本議会議長であり、ガサ地区の責任者でもある角間真澄である。
その言葉に、カオフク地区責任者であり、フソウ連合産業経済部の責任者でもある新田慶介が頷きつつ言葉を続ける。
「まさに…。その一言に尽きますな」
それに続いて周りからも声が上がる。
「しかし、詳しくはないのですが今までの艦とは雰囲気と言うか、形が違いませんか?」
「確かに言われてみれば…。それに塗装のパターンも…」
それらの声に、僕は答える。
「外洋艦隊は、まったく別の目的の為に新たに結成された艦隊です。ですから目指すものや設計思想が違うのですよ。だから、形や塗装などに違いが出てしまう。それに、外洋艦隊の艦艇は、要望があれば同盟国などに提供出来る艦艇タイプというのものありますね。だから本国とは違う艦艇を中心に編成しているわけです」
僕の説明に、経済部の幹部らしい一人が声を上げた。
「つまり外貨獲得の為の売り込みもかねているというわけですか…」
「しかし、外貨獲得の必要性があるかね?」
疑問の声が上がる。
それは今までと同じなら、そう思っていいのだろう。
なんせ、今までフソウ連合は鎖国し、自国だけで全てをまかなえるシステムを作って生活してきたのだから…。
しかし、これからは違ってくる。
国が発展し今までのようにいかなくなる。
消費する量も増え続けるだろう。
鉄や石油、ゴムなどの資源は、軍の消耗品と同じく今まではマシナガ本島の魔法によって供給されている。
だが、いつまでもそれに頼りきりではいけない。
まったく別の方法で手に入れる事が必要となってくる。
そのための外貨獲得だ。
「ええ。今までだといいのですが、これからこの国はますます発展するでしょう。そうするとマシナガ本島で得られる今の量では足りなくなる恐れがある。それに何かあって手に入らなくなる可能性もある。そういう時の為に、他の国から手に入れるルートと得るための資金を準備しておかなければならないと思いまして。それにそう言ったルートがあれば、艦艇だけでなく、それ以外のものを売る時に役に立つと思います」
そう説明すると、聞いてきた官僚も納得したのだろう。
「たしかに…。商売しようとおもったら、ツテと資金は必要ですからな」
「まったく、まったく…」
「それで、今度同盟を結ぶアルンカス王国ともし貿易をするとしてだ。何を貿易できると考えているのかね?」
そう聞かれ、僕は少し考えてアルンカス王国の資料を思い出して答える。
「そうですね。うろ覚えで悪いのですが、石油、天然ゴムなどの他に南国独特の食べ物や果物などを輸入できると思います」
「ほほう…。南国独特の食べ物や果実とな?」
「ええ。ほら、あそこのテーブルにあるのがそうですね。飛行艇を使って直接取り寄せたやつです。参考にと思いまして…」
僕がそう答えて奥のテーブルを指差すと、食べ物に関して質問してきた人物だけでなく、他にも何人かが慌てて移動していった。
食い意地が張っているというか、新しいもの好きというか…。
そう思いつつも、多分僕も普通の一役員なら一緒に行ったんだろうなと思う。
コンビニで新商品があるとついつい買ってしまう部類ですからねぇ。
「しかしだ。資源の輸入はわかったが、備蓄施設や工場などはどうするのかね?」
「イタオウ地区で、今、進めている造船所と工場増設プランにあわせて備蓄施設の準備なども進めています。もちろん、ある程度メドが立てば、他の地区でも同じように備蓄施設や工場を増設していきたいと思います」
僕の言葉に、各地区の責任者の顔つきが変わる。
無線機に、ラジオなどの電化製品や、農業機械や車といった機械製品がぼちぼち市場に出回り始め、フソウ連合の国民生活がかなり変化しており、自分の地区をより豊かにしていくには工場誘致も必要と考えているようだった。
現にあれほどボロボロだったイタオウ地区だが、わずか数ヶ月の間に造船所や工場といった施設の建築、産業の改革などにより少しずつ上向きになりつつあり、それを知っている者にとっては、それは夢幻の類ではない。
「では、次はぜひ、わが地区で…」
一人がそう言うと、続けて声が上がる。
「いや、わが地区で…」
「いやいや、わが地区の方が…」
そんな声に僕は苦笑して口を開く。
「わかりました。ですがイタオウ地区の復興と工業化はしばらく時間がかかります、その際に、しっかりと検討したいと思います」
僕がそう言うとなんとか声は収まったものの、それでも何かアピールしなければいけないみたいな雰囲気がある。
だが、そんな雰囲気に一石を投じた人がいる。
角間議長である。
「まぁ、その辺は議会を通して決めていきましょう。イタオウ地区の時も議会で決めましたから…」
そう言いつつ角間議長は雰囲気を変えるために話題を変える。
「それはそうと…映画見ましたが、あれはいいものですな」
「これはこれは、早速見ていただけましたか」
僕がそう答える。
確かガサ地区の公開は二月末ぐらいだったから、公開されてすぐに行ったのだろう。
「ええ。映画館を出資したものとしては、見に行かなければと思いましてな。初日に行きましたよ」
その言葉に僕は苦笑する。
確か初日はすごい人手で、3時間前には行列が出来て立ち見まで出たとか…。
「もしかして…」
僕が恐る恐る聞くと、豪快に笑いつつ角間議長が答えた。
「はっはっは。並びましたぞ。なかなか楽しい体験でした」
いや、普通はVIP対応とかないのか?
そんな事を思ってしまったが、それと同時に多分この人はそんな制度があったとしても利用しないなと思う。
庶民の生活や彼らの目線が大事だ。
それを常に彼は言っていた。
「私も見ましたぞ」
新田さんが話に入ってくる。
カオフク地区は、ガサ地区と同時に映画館の建築に初期段階から全面的に協力してくれたおかげで、映画公開は同時期に出来たのだ。
少し遅れて協力を表明したシュウホン地区とトモマク地区は三月七日に開館予定となっており、まだ公開されていない。
しかし、興味があるのだろう。
いろいろ映画や映画館について質問が飛んでくる。
それは僕だけでなく、角間議長や新田さんにもだ。
「いや、あれは面白かったですよ。それに、これからは定期的に新作を公開するということらしいので、実に楽しみにしておるんですよ」
「よければ、わが地区に来られたときに一度見て見られるとよいですぞ。事前に連絡いただければ、チケット等準備しておきましょう」
こんな感じてPRまでしてくれている。
そんな中、角間議長が僕の方を向き、聞いてくる。
「そうそう。言わなければならない事を忘れていた。次の映画館建設の話なのだが、今度時間があるときにいいだろうか?」
それに合わせて新田さんも声を上げた。
「わが地区も次の映画館の建築を進めたいのだが…」
わざと聞こえるように大きな声で狙って言ったのだろう。
すぐにそれに反応し、まだ映画館建築の許可を出していない地区だけでなく、まだ映画館が完成していないシュウホン地区とトモマク地区の責任者も声を上げた。
「我々もその話し合いに参加させて欲しい」
「わが地区にも映画館の建築を進めてみたい」
などなど…。
二人のおかげでかなり盛り上がってしまい、「わかりました。今度きちんとした映画館建築についての話し合いを行いたいと思います」と宣言するしかないほどだった。
映画の事はすべて杵島中佐に任せてしまおう。
これ以上仕事を増やしてたまるか…。
そう思ったときだった。
一人の士官が慌てて僕の方に来ると耳打ちしてきた。
緊急連絡だという。
「失礼。ちょっと用事が出来ました。皆さんはそのままお楽しみください」
僕はそう言うと、会場を退出する。
廊下では東郷大尉がボードを持って待機しており、僕を見ると真剣な表情で敬礼してボードを手渡した。
返礼してボードを受け取り、それにはさみつけられている紙に目を落す。
紙は二枚あり、王国、共和国の駐在大使からの連絡だ。
そしてその紙には、
『王国海軍が共和国商業船団を襲撃し、商業船団が壊滅した』
『共和国海軍が王国商業船団を襲撃し、被害が出ている』
とそれぞれ書かれている。
「なんだこれは…」
僕は無意識のうちにそう呟いてしまっていた。




