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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十五章 王国 対 共和国

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仲裁役には…

自国の商業船団を襲撃されたとして王国と共和国はすぐに相手の大使館に確認と抗議を行った。

言葉こそ穏やかだが、その確認と抗議はかなりの剣幕であったという。

寝耳に水とはこのことだろう。

まだ何も知らせられていなかった大使館側は、急な確認と抗議に慌てて確認して折り返して返事をするとしか答えられない。

そして、その態度に、元々敵対的だった両国はますます相手の国への不信を深めることになる。

しかし、大使館側はたまったものでないだろう。

慌てて本国に問い合わせるも、返って来たのは『われわれの方が被害者だ』という返事である。

そして、加害者だという事を誤魔化す為に被害者ぶっているに違いない。

ましてや、商業船団を襲わないという国際的暗黙の了解さえ破っている。

そこまで言われ、大使館側は、それをそのまま伝えるしか手はなかった。

結果、ますます両国間の相手に対する怒りが倍増し、強くののしる事になる。

その上、まるで事前に準備されていたかのように情報はあっという間に国民の中に広がっていく。

一部だけならいざ知らず、あっという間に知らないものはないといった状態になってしまっていた。

情報管制をしていたたはずなのにである。

そして、話には尾ひれが付き大きくなっていく。

その結果、こうなってくると根本的な事や違和感といったものは消し去られ、相手憎しの感情が先行することとなっていた。

元々火種はくすぶっていたのだ。

それに盛大に油を注いだというだけなのだが、一気に沸点を超えてしまっていた。

卑怯者め…。

あんな連中を絶対に許してはならない。

互いの国民は、相手の国をそうののしり声を上げて叫ぶようになる。

怒りと憎しみのみがすべてかのように…。

もちろん、この情報を疑い、疑問に思った者達はいた。

王国で言えばアイリッシュ派や一部の見識のある人々であり、共和国であればアリシアを中心として集まりだした派閥などだが、全体から見れば少なく、この事態に翻弄されてしまっていた。


「ここはきちんと事実確認を取るべきだ」

アッシュは幾つもの敵意のある視線を受け止めつつも、怯むことなく毅然とそう発言する。

しかし、すぐに野次が飛ばされる。

「そんなことでは共和国に舐められてしまうぞ」

「殴ってきたのはあいつらだ。だのに、こっちが殴ってきたという被害者面をして抗議してくるような輩に、なぜ、考慮してやらねばならない」

そんな野次を飛ばしてきた相手を見て語尾を強めながらアッシュは答える。

「それでも、それでもだ」

その視線の強さと言葉の力強さに野次を飛ばしてきた相手が怯む。

そしてぐるりと視線を動かして議会にいるすべての者たちを見た後、言葉を続けた。

「その時の感情にしたがって戦う事は簡単だ。だが、そんな感情の一時の高ぶりに酔って始めた戦争でどれだけの兵達が死に、どれだけの損害が出る?どれほどの国力が奪われ、どれだけの国民が貧困に喘ぐ事になると思うか…。それを考えた時、慎重に対応するのは、必要な事だ。私はそれを言っている」

しばしの沈黙の後、議員席から声が上がった。

「ならば確認が取れ、相手に非があるときはどうするのだね?」

「その時は、抗議し、我々の行為の正当性を主張すべきだ」

「それは…戦うという事かね?」

その質問に、アッシュは少し口をつぐんだ後、はっきりと口にした。

「戦争は最終手段だ。もし相手がそこまでに対応できなければ、私は反対はしない。その時は、私は戦争を推し進める事だろう」

しーんと場が静まり返る。

アッシュが言っている事は、実に理にかなっている。

沈黙は、まさしく正論だと誰もがそう判断した結果であった。

感情に支配され、熱くなってしまっていた議員達も静かになっている。

そんな議会の雰囲気の中、海軍軍務大臣のサミエル・ジョン・メイスン卿はニヤニヤした笑みを浮かべて成り行きを見ている。

そして、視線の先にはアッシュの姿があった。

化けやがったな…。

素質はあるとは思っていたが、わずか半年でここまで化けるとは……。

予想外の事である。

しかし、まだまだ危なっかしいところもある。

ならば、それは俺が支えてやろう。

そう考えると、メイスン卿は口を開く。

「我々海軍は、未だ前回の戦いの穴を完全に埋め切れていない。それに、未だ帝国とは戦争状態なのは皆も知っているだろう。だからこそ、我々海軍はアイリッシュ殿下の言われるまずは話し合いによる事実確認をするという提案に賛成する」

そしてニタリと笑って野次を飛ばしてきた辺りを見て言葉を続けた。

「なぁ、無駄な事は止めようや…」

その言葉と態度に野次を飛ばしてきた貴族や議員達が震え上がった。

別に本人に脅しているつもりはさらさらない。

しかしだ。

メイスン卿の…いや『海賊メイスン』の逸話を知っている者達は震え上がらずにはいられない。

メイスン卿の微笑には気をつけろ。

それが貴族院の連中の裏に流れている暗黙の了解であった。

そして、それに宰相のエドワード・ルンデル・オスカー公爵が賛成の意を示す。

「戦いは、膨大なものを失う。ましてやそれを取り戻すのにどれほどかかるかわからない以上、慎重なのは当たり前だと思うがね」

その言葉が決定打となった。

軍事部門の最高責任者と政治部門の最高責任者が賛同したのだ。

もう覆す術はない。

反対意見が出ない事を確認すると王は宣言する。

「ふむ。もう反対意見もないようだな。ならば、この件に関しての交渉は、アイリッシュ…、お前に任せる」

「はっ。必ずや王国の不利益にならないよう対処したいと思います」

その言葉に満足したのだろう。

王は頷き口を開く。

「ふむ。よく言った。期待しておるぞ」

そう言った後、王は思い出したかのように言葉を付け加える。

「しかし、交渉となれば、第三国に仲裁を頼まなければならぬが当てはあるのか?」

その言葉にアッシュはニヤリと笑った。

「はい。当てはございます。かの国ならばこの事態をなんとか収めてくれるでしょう」



「あーもう、何であの馬鹿議員連中って頭悪いのかしら…。よく考えれば一目瞭然じゃないの。それを…本当にもう…」

控え室に戻ってきたアリシアはどっかりと椅子に座り込むと爪を噛みつつ愚痴を漏らす。

その表情は、普段と違って眉間にしわが寄り、目つきが鋭くなっていて、どんな人が見ていてもイライラしているのがはっきりと見て取れる。

「お嬢様、みっともないですぞ」

執事がそう言いつつすーっと紅茶を出す。

独特の匂いがあたりを包み込む。。

「ふう…ありがとう…」

そう言って爪を噛むのをやめると紅茶に手を伸ばす。

そして口元にカップを近づけるとその香りを楽しむ。

「いい香りね。すごく落ち着くわ」

そしてカップを口につけると傾けた。

いつも飲んでいるものとは違う独特の味が口の中に広がる。

予想外の味に、アリシアは一旦カップから口を外してカップの中身を見る。

そして視線を今度は執事に向けた。

執事は、実に楽しそうに微笑んでいる。

「お気に召しましたでしょうか?」

「これって…」

「はい。フソウ連合海軍のナベシマ様からいただいた茶葉を今回は使ってみました。なんでもイライラしたときに効果があるというハーブティだそうで…」

「へぇ…。彼のねぇ…」

そう言いつつ頭の中に浮かぶのは、何気ない彼の笑顔だった。

どちらかというとのんびりとした感じのつかみどころのない個人的には嫌いな部類の男性であったが、悪い印象はまったくない。

それどころか、こっちの悪戯に苦笑していた人のよさも手伝ってか、かなりの好印象さえ持っている。

そんな事を思いつつ再度カップに口をつける。

そうね…。

なかなか悪くはないわ。

それどころか、なんかさっきまでのイライラが少し収まったかのような錯覚さえしてしまいそうになる。

イライラしたときに効果があるって言われたからかしら…。

そんな事を思いつつも、実際にそう感じているのだから、もうどうでもいいかと納得することにした。

「それで議会の方はどうだったでしょうか?」

その言葉に穏やかだった表情に侮蔑の色が差し込む。

「議員連中って感情で先走ってばかりの老害と無能者ばかりなのが再度実感できたわ。よくお父様はあんな連中をうまくあしらっていたわよねぇ…。さすがはお父様だわ」

感心したようにそう言った後、ニタリと笑う。

「あまりにもうるさかったから、一人つるし上げてきたわ。それですっかり連中大人しくなって少しは清々したんだけどね…」

アリシアのその言葉に執事は苦笑を浮かべる。

つるし上げられた議員は再起不能だろうと思いつつ、同情はしない。

お嬢様に歯向かう者。

それは彼にとって敵でしかないのだから。

そして、敵にはそうなる事が相応しいとしか考えないのだから…。

だから、「それは中々見ものでしたでしょうね」と執事は答える。

「ええ。見せたかったわ」

優雅に紅茶を楽しみつつ、実に物騒な会話が続いている。

しかし、二人にとって、これは世間話程度の事でしかない。

執事か表情を引き締めて聞く。

「それでお嬢様、我々は以前いただいた指示のまま動けばよろしいのでしょうか?」

そう聞かれ、アリシアの表情が真剣なものに変わる。

少し考え込むような素振りを見せた後、口を開いた。

「そうね。大きな変更はないわね」

「では、王国との交渉を持つという事を前提で動きます」

「ええ。それでお願いね。もっとも相手がそれを蹴ったら、私らの役目はもうないけどね」

王国が言葉での交渉を蹴った場合、後は力の交渉でしかない。

つまり、戦争と言う事だ。

そうなってくると、アリシアの専門外であり、彼女にできる事は限られる。

だが、アイリッシュ派が主導権を握り始めている王国では、そうなる確率はかなり低いとアリシアは思っている。

本人に会ったことはないが、かなりのやり手で穏健派だという事だ。

それに王国の現状を考えれば、長期的視野がある者ならせっかくの機会を蹴ったりはしないだろう。

なんせ、どっちにしても交渉がうまくいかなければ、戦争になるとわかっているのだから…。

「それで、仲裁はどこに頼まれるつもりででしょうか?フソウ連合のときのように合衆国に頼まれますか?」

「そうねぇ…」

少しアリシアは考え込む。

頭に浮かんだのは、フソウ連合との講和の際に合衆国の代表があまりにも不甲斐ない対応しか出来なかった姿だった。

思わず思い出して笑いそうになる。

それをなんとか押さえつつアリシアは答えた。

「合衆国はやめておきましょう。前回のがあまりにも…ね…」

そう言われ、執事も納得したのだろう。

「そうでございましたな」

と相槌を打つ。

「ならば、どこがよろしいでしょうか?帝国は無理ですから、連盟か教国あたりとなりますが…」

「そうね…。そこの二つもいいけれど、どうもきな臭そうなのよね。特に教国あたりが…」

「では…」

「ええ。あの国に頼みましょう…」

そしてアリシアはニコリと微笑み言葉を続けた。

「フソウ連合に…」

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