日誌 第百四十七日目 その3
次の映画は、杵島中佐が脚本を書いたやつだ。
『遠い地のあなたに…』
それがこの映画のタイトルだ。
こっちは一回脚本を読んだが、撮影中に脚本や編集で大きく構成を変えたと聞いている。
さと、どんな感じかなと思っていたら、最初に男女が別れるシーンからだった。
お互いに好きあっているのに勇気が出せなくて、だけど男は仕事で遠くの地域に行くことになる。
そして、それで男を見送るシーンだ。
「手紙書くから…」
男がそう言うと、女も頷き返す。
「はい。絶対に返事返します…。絶対です」
互いに黙ったまま、時間だけが過ぎて出発の時間になり男は船に乗る。
ゆっくりと船が港を離れていき、女はそれを見送っていく。
涙を我慢し、笑顔で…。
しかし、それでも涙のたまった潤んだ瞳が彼女の悲しさを、そして心配かけまいというけなげさをひしひしと感じさせる。
そして、場面が変わる。
互いに新しい生活が始まり、新しい人と出会い、いろんな出来事が起こっていく。
しかし、二人の手紙のやり取りは続いている。
生活の合間に手紙によって二人は思い出す。
出会いや一緒に過ごした日々を…。
友人以上、恋人未満。
そんな切ない関係が続き…。
そして別れ別れになってしまった二人。
そして今に至る…。
最初に読ませてもらった脚本だと淡々と時間軸を順に進めていく構成だったのに、映画ではいきなり別れから始まって今までの事は手紙にあわせて回想シーンで表現するとか、中々こだわった構成だ。
回想シーンを多用するこの構成は、下手したら話がぐちゃぐちゃになりがちなのに、それをうまく手紙というアイテム使う事で切り替えている。
最初にぐいっと引き込み、そして段々とそうなった結果を説明しつつ盛り上げていく。
上手いと思う。
切なさともどかしさ、それに互いの相手への思いと大切さがひしひしと伝わってくる。
さすがにさっきの映画では盛り上がっていた会場もシーンとなっており、時々すすり泣くような音がするだけだ。
ちなみに、隣で見ていた東郷大尉なんか、ハンカチもってうるうるして画面に釘付け状態だった。
なんかかわいいな…。
そう思っている僕も実はそう思ってないと、泣きそうで大変だったんだけどね。
そんな感じで話が進み、そして手紙がばったりと女のところに来なくなった。
彼女の友達は、「きっと向こうでいい人でも見つけたんじゃないの?だからあなたも新しい出会いを求めたら?」なんて言っているけど、女はそんな言葉を受け入れず待つ。
そして一ヶ月が過ぎたころ、一通の手紙が来た。
男の家族からだった。
家族が伝えてきた事は、男が大きな事故に巻き込まれて入院し意識不明のままだという。
そしてこの前男の住んでいる先を整理していたら、あなたへの手紙が大切にしまってあり、どうすべきか迷ったが連絡を入れたということだった。
いてもたってもいられなくなった女は、慌てて男の赴任先に向かう。
不安に押しつぶされそうになりながら…。
そして、病院の一室で男と再会する女。
そこにはベッドに眠ったように横たわる男の姿があった。
そして家族から渡される書きかけの手紙。
それには、『君に会いたい。そして君に伝えたい事がある…』と書かれていた。
泣き出す女。
そして彼女は泣きながらも男の傍に近づき、耳元で囁くように言う。
「私もあなたにいいたい事があるの…。だから…お願い…目を覚ましてよ…」
そして手を握り締める。
しかし、男に変化はない。
ただ静かに息をしているだけだ。
すがりつく女。
だが、運命の女神は冷たいのだろう。
何も起こらない。
それでも何度も女は囁く。
今までの思いを…。
気持ちを…。
言葉に込めて…。
しかし、それでも淡々と時間が進み、いつしか見舞いの時間が終わろうとしている。
「また来るから…」
女は最後にそう囁き、立ち上がろうとした。
しかし立ち上がれなかった。
力なくただ彼女に握らせられていた男の手が彼女の手を離そうとしなかったからだ。
そして…男の唇が微かに動く…。
今度は…絶対に離れないから…。
そしてゆっくりと男の…まぶたが…。
女は泣きながら男に抱きつく。
「うんっ。離さないで…。いつも一緒よ…」
そして時間が流れ…男は車椅子ながらも退院を許可され、病院を後にする。
そしてその傍らには、微笑む女の姿があった。
映画が終わり、シーンと静まりかえる会場。
だが、そのすぐ後に拍手が響く。
どうやら、女性の心だけでなく、男性の心も掴んだようだ。
何度も擦ったせいだろうか。
目の周りを赤くしている男性もいる。
そして、隣を見るとハンカチで涙を拭きつつ僕を見て笑う東郷大尉がいた。
「良かったです…。すごく良かったです」
その言葉に僕は頷く。
「ああ、すごく良かったよ。まさかここまで泣かせる構成と展開に持っていくとは思いもしなかった。はずかしけど…僕も泣きそうになったよ」
そう白状すると、くすくすと笑う東郷大尉。
「笑う事ないじゃないか」
少し拗ねてそう言うとますます笑う東郷大尉。
そして少し頬を染めて口を開く。
「ふふっ、ごめんなさい。でも、そんないろんな事を感じて素直に言える長官が好きですよ、私は…」
この場合の好きは…好意と取るべきか…。
それとも好きと言う本来の意味で取るべきか…。
さて、どう答えるべきだろうか…。
予想外の言葉に、言葉に困る。
そんなとき、まるで推し量ったかのように杵島中佐がニヤニヤ笑いをしてアンケート用紙を私達二人の前に差し出す。
「いい雰囲気なところ申し訳ありませんけど、アンケートお願いします」
「あ、ああ…」
「えっ。はい…」
言われるままアンケート用紙を受け取る。
そして気が付く。
いい雰囲気というのを二人とも否定しなかった事に…。
東郷大尉の方を見ると、彼女もそのことに気が付いたのだろう。
ちらりとこっちを見て頬を朱に染めていた。
気がつくと僕もなんだか顔が熱くなっている。
いかん。いかん。
アンケートに集中、集中!!
「大尉、さっさとアンケート書き終わろう。会場の片付けとか色々あるだろうから…」
「は、はいっ。長官」
僕と大尉は、急いでアンケートを書き上げると、頃合いを見ていたのだろう。
意味深な笑いを浮かべた杵島中佐が近付いてくる。
そして、にこやかに笑いつつ僕の方を見た。
そして、表には『鍋島貞道様』と大きく書かれており、裏の左下に小さく『的場良治』と書かれている封筒を差し出す。
「これは?」
「彼から長官宛にです」
「軍務…関係じゃないな…」
少し頬を染めて少し恥ずかしそうに杵島中佐が言う。
「はい。個人的にお願いしたい事があるってことで…。えっと返事は手紙でもいいってことなのでよろしくお願いします」
「ふーん…なんなんだろう…」
そう言いつつ封筒を開けようとしたら、真っ赤な顔をして慌てて杵島中佐が止めてくる。
「こういう人の多いところでは駄目です」
「駄目なの?」
「はい。お願いします」
どうせならすぐに読んで返事を伝えてもらおうと思ったんだけどな…。
まぁ、いいか。
「わかった。返事は後日手紙で送る。それはそうと…」
僕はそう言いつつ周りをぐるりと見て言葉を続けた。
「映画、すごく良かったじゃないか」
「ありがとうございます。作っていると、本当に面白いのか自分でもわからなくなるときがあって…」
すると横で聞いていた東郷大尉が、うれしそうに話に入ってきた。
「マリさんっ、すごくよかったよぉ…。私、すごく泣いちゃった。これ絶対にいいって」
「うふふっ。ありがとう、夏美。長官とあなたの言葉で少し自信が持てたわ」
「そうか。それはよかったよ。ところで公開はどうするんだ?」
「はい、今月末にガサとカオクフの劇場は開場しますから、それにあわせて公開します。あと、そのあとに劇場が完成次第、他の地区でも公開ですね」
うれしそうにそう言うと杵島中佐は少しうかがうような感じで言葉を続けた。
「後、長官には、次回作の製作と選定管理もお願いしますけど…いいですよね?」
気がつくと、杵島中佐だけでなく東郷大尉もじっとこっちを見ている。
その目は、期待する目だ。
どう考えても断れる雰囲気ではない。
「わかったよ。わかった。ただし、製作のメインはイタオウ地区の映画会社で行うこと。いいね?」
「はい。もちろんです。では失礼します」
そう言って敬礼して立ち去りかけた杵島中佐だったが、何かを思い出したかのように立ち止まりニヤリと笑う。
「あ、長官、長官のお部屋にお土産届くように手配しておきましたから、よろしくお願いいたしますね」
それだけ言うと、杵島中佐はさっさと離れていった。
なんだ?
お土産って…。
「なんか聞いてる?」
「いえ…。初めて聞きました」
東郷大尉と顔を見合わせ、首をひねっていたが、それでわかるはずもなく、また会場片付けの邪魔になるので一旦長官室に戻る事にした。
そして、そこでお土産の意味を知る…。
そこにはダンボール箱二つにぎっしりと詰め込むように入れられた大量の脚本が待っていた。
そしてそれらに付けられた手紙には、杵島中佐の字で『次回作の選抜と脚本チェックをお願いします』と書かれてあったのだった。




