日誌 第四日目 その4
夕食も終わり、入浴も済ませて作業用の座机の前に座ると準備を始める。
工作艦と給油艦、あとは水上機母艦と海防艦に駆逐艦。
まずはこの五種類の艦船の増強を優先させないとな…。
以前買いこんであった分と今回買いこんであった分を壁に積んでいるが、壁にびっしりと模型の箱が並ぶ様はなんかちょっとした小さな模型店でも出来そうな感じになっている。
もっとも、もし模型店をしたとしても1/700スケール限定の模型店と言うことになるのかな。
そんな事を思って苦笑いしつつ、その山の中から作るキットを選んでいく。
まずは補給の事を考えて給油艦、それにそれを護衛する海防艦、後は艦隊強化のために駆逐艦といくか…。
給油艦は、F社の厳島丸。
海防艦は、PT社の御蔵(二隻セットだから、御蔵、三宅の二隻になる)
駆逐艦は、以前買い込んでいた分からT社の暁。
一気に四隻の作製だが、塗装待ちとか、接着待ちとか時間が空く間に他のキットを作っていくといった感じの工程で進めていけば問題ないだろう。
まずは各キットを袋から取り出し、キットの箱の中にいれて部品の点検をしていく。
国内メーカーだからほとんど問題ないが、たまに部品が壊れていることがある。
それは輸送の時や何かの拍子に部品同士が引っかかったりして破損することがあるためだ。
実際、前作ったF社の給油艦はクレーンの一部が途中で折れていたが、そこは接着し加工することで問題なくすんだ。
また、どうしてもアンテナやら細かいパーツが多くなるから、パーツが外れて転がって行方不明とか、飛ばしてしまってわからなくなるなんて事もあるから気をつけておく。
ふむふむ。どうやら問題はないようだ。
パーツを確認し、説明書に何度も目を通す。
もっとも、給油艦は以前作ったやつのバージョン違いだから作り方はほぼ同じだし、駆逐艦だってウォーターラインシリーズの方だからそこまで部品点数は多くない。
問題は、PT社の海防艦だが、こっちは大きさの割りに部品の数は多いものの、問題はないだろう。
もっとも、二隻セットと言うところが曲者だが…。
要は似たようなものを二つ同時に作ることで、間違いが発生しないか注意が必要といったところだろうか。
まぁ、その辺は、部品整理用にタッパーの小さいやつをいくつか用意しているから、それで対応していくことにした。
これで準備は完了と…さて、作り始めるか…。
それから黙々と作業を進める。
気に入った曲を低めに流しながらやっていくのが僕のスタイルだ。
周りが静かすぎるとなんか落ち着かないんだよな。
もちろん、うるさすぎるとダメだけど。
反対に頭使うときは、静かじゃないとダメだったりする。
なんでだろうな。
そんな事を思いつつ、塗装に使った筆を洗う。
僕はアクリルの筆塗りがメインで、たまにラッカーや汚しやスミイレにエナメルを使う。
エアブラシはもっていないから、あとはスプレーで仕上げにツヤ消しコートを振るくらいしかやっていない。
筆を洗い終わり、塗装に使った道具を簡単に片付ける。そして机の上に目を向けた。
そこには乾燥待ちの塗装された大きな船体が1つと小型の船体が3つ並んでおり、また、机の上のほうにはクリップに止めて塗装乾燥待ちの砲塔や艦橋や煙突などの部品が多数並んでいる。
ふう…。
吸い込んだ息を吐き出した後、背中を伸ばして肩を回す。
結構な時間が経ったようだ。
するとトントンとドアを叩く音がする。
「今、お時間大丈夫ですか?」
東郷大尉の声だ。
「ああ。大丈夫だよ。どうぞ」
僕がそう言うとドアが開いてお盆を持った彼女が入ってきた。
「お疲れ様です」
彼女はそう言って笑うと机の空いているところにすーっとお茶と小皿に入ったきなこ餅を置いた。
「あ、ありがとう。ちょうど小腹がすいたところだったんだ」
そう言って時間を見る。
今は十時三十分過ぎってところだ。
夕食を終わってから作業に入ったのが七時過ぎぐらいだったから、作業を始めてから三時間少々は経っていた。
うーん。
集中していると時間の感覚狂うよなぁ。
そんな事を思いつつ、きなこ餅をいただく事にした。
横に添えられている箸を持ち、きなこ餅をつまむ。
ぐにゃーといった感じの柔らかさで、硬すぎず、柔らかすぎずいい感じの柔らかさだ。
「美味しそうだ。いただきます」
口に入れると程よい甘みときなこの味、それに餅の柔らかさと程よい熱さがいい塩梅で一つになっている。
「おいしいな…」
無意識のうちにそう言ってお茶をすする。
こっちもなかなか渋みを抑えた感じで熱さも程よい。
「しかし、これどうしたの?」
僕が食べながら聞くと、彼女はいたずらが成功した子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。
「ふふっ。食品買出しのときに、個人的に買いました」
そう言えば、別に買いたいものがあるって言ってたっけ…。
あの時か…。
こっちで必要な物があったら買っていいよと言って二人にはお小遣いではないが一万ずつ渡している。
それから買ったのだろう。
「別に渡したお金は気を使ったりしなくて自分の為に使ってもいいよ」
お茶をすすりつつそう言うと、少し怒ったような表情で彼女は口を開いた。
「別に気を使ったりとか考えてません。私はただ長官の…いえ…鍋島さんの支える力になりたいだけです」
そう言い終えると下を向く。
「あ、ごめん…。別に怒るつもりとかじゃないから。ただ、もう少し自分の事に使ってもいいよって言いたかっただけだから」
慌てて僕が言うと、彼女はニタリと笑って言った。
「わかってますっ。しかし…」
そう言いかけて何か思い出したかのような表情になる。
そして、言葉を続ける。
「あなたは鋭いようで、意外と鈍いんですね」
「それはどういう…」
思わず聞き返そうとしたが、彼女はくすくすと笑うときびすを返した。
そして、ドアのところまで行き、僕の方を振り返る。
「洗い物は朝起きた時にでも台所に戻しておいて下さい。それと、無理しない程度に作業がんばってくださいね」
そう言って微笑むと部屋を出て行った。
閉まったドアの音が部屋に響く。
その瞬間、耳に作業中ずっとリピートで流していた音楽が入り込む。
まるで今まで流れていなかったの様な感覚。
それが、ドアの閉まる音という区切りの音で聞こえるようなったという感じだ。
なんだったんだ…今の感覚は…。
そんな事を思いつつ、残ったお茶を口に含む。
そして、聞こうと思っていた事を聞き忘れていた事を思い出した。
しまった…。
星野店長との話で失礼なことがなかったか、聞くチャンスだったのに…。
夕食の時は、見方大尉もいたしで聞きそびれてしまっていたが、今は二人きりで聞くには最適だったのにな…。
何やってんだろうか…僕は…。




