ドレッドノート その4
「では、指揮権をお返しします」
そう言って伊藤大尉はトッドリス少佐に敬礼する。
「あ、えっ?」
一瞬何の事かわからず、戸惑ってしまったがトッドリス少佐も返礼する。
要は、ここからは王国の指揮下で射撃訓練をしてくださいということらしい。
それに気がついて、慌てて口を開く。
「了解しました。指揮権、戴きました」
そう答えたものの、さてどうすべきだろうか。
王国なら、まずは静止しての射撃、そしてその後に移動しつつの射撃を行う。
ただ距離が離れすぎてしまっている気がしたが、待てよと思い出す。
確か、カタログでは、このドレッドノート級の射程距離は最大15000メートル前後で、射程9000メートルで舷側装甲270ミリを貫通できる能力があると記されていた。
帝国の重戦艦の舷側装甲は200~250ミリ前後と言う情報があったから9000メートル近くまで近づけば確実に致命的な一撃を放つ事ができるだろう。
「相手との距離はわかるか?」
「およそ20000メートル程度です」
ならば近づく必要性がある。
そう考え、トッドリス少佐は艦の移動を命じる。
「いいか。まず15000メートルで射撃を行う。その後は、2000メートルごとに射撃だ」
「目標は?」
「まずは帝国の重戦艦からだ。この艦の火力を確認してみたい」
その言葉に、隣にいるリチャード中尉が頷く。
彼の手には、ボードが握られ、そこには何枚もかさねられたチェック項目の書かれた用紙が挟まれている。
今後の作戦立案や艦隊編成の為の資料の為に、この艦のより正確なデータを知る為であろう。
ペンを握って細かになにやら書いている。
「15000メートルになりました」
報告にトッドリス少佐が停止を命じる。
「両舷停止っ」
艦がゆっくりと停止するのを確認すると、少佐は双眼鏡で目標を見つつ命令を下す。
「一番、二番、三番主砲、目標重戦艦に向けて砲撃準備」
その命令にあわせ、前部にある一番砲塔と左右の二番、三番砲塔が動作確認の為に動き出す。
その動きは、今までの王国の戦艦よりもスムーズで早い。
「一番戦闘用意よし」
「二番戦闘用意よし」
「三番戦闘用意よし」
「各砲塔戦闘用意よし」
それらの報告を聞き、リチャード中尉が頷いて口を開く。
「教練戦闘」
その命令にあわせて戦闘ラッパが二回艦内に鳴り響く。
「弾薬上げっ」
「弾丸込めっ」
発令により、弾薬と弾丸が砲に込められて、そしていくつかの安全の確認がなされた後、「発射用意よし」と伝令される。
「目標、右10度、148、重戦艦」
三基の砲塔が、目標を狙う為にまるで申しあわせたかのように一斉に砲塔が旋回し、測距儀によってえられた情報を元に砲身が動いていく。
そして全ての砲塔の動きが止まった。
「発射準備よし」
その号令に、艦橋にいた王国関係者はごくりと口の中にたまった唾を飲み込む。
緊張の一瞬だ。
そしてその緊張を打ち破るかのように命令が下される。
「撃ち方はじめっ」
その号令と同時に戦闘ラッパが鳴り響く。
そしてその瞬間、轟音と共に辺りを黒煙が包み込み、艦が大きく揺れる。
しばらく間が空き、時測員の声が響く。
「初弾ヨーイ……ダンチャクっ」
それと同時に、重戦艦の周りに水柱が幾つも立ち、重戦艦が揺れてまるで浴びるように水柱の海水が艦艇に降り注いだ。
「「「おおおーーっ」」」
艦内でどよめきが起こる。
王国の今までの戦いでは、11000メートル前後が最大射程距離であり、致命的ダメージを与えるには6000メートル前後に近づく必要があった。
しかし、この艦なら、敵の射程距離外から攻撃できる事になる。
しかも、測距儀の性能の差なのだろう。
かなり目標近くに砲撃が集中している。
「よしっ。もう一射だ。その後は、2000メートル進んで、同じように射撃を行う」
トッドリス少佐の命令が艦橋に響き、砲撃に見とれていた艦橋スタッフが慌てて動き出す。
射撃結果が砲塔に報告され、修正が入ったのだろう。
やはり左右のズレよりも前後のズレの方が難しいらしく、砲塔ではなく砲身が微妙に動く。
そしてさっきと同じ手順で用意を完了すると、命令の元、砲撃を開始した。
今度も先ほどと同じように轟音と黒煙、それに揺れが艦を襲う。
そしてしばらくの間のあと、水柱と共に重戦艦に煙が上がる。
「目標に命中…。」
歓喜が上がり、艦橋内が震えているような錯覚さえあった。
リチャード中尉が小さくガッツポーズをとり、トッドリス少佐も満足そうに頷く。
「ふむ…。ダメージはそれほど大きくはないか…」
双眼鏡を覗き込み、重戦艦の様子を確認した後、トッドリス少佐は艦の前進を命じる。
次は、13000メートルでの射撃だ。
最終的には、9000メートル以内まで近づく事になるだろう。
トッドリス少佐はそう考えていたが、その考えはあっけないほど破られた。
11000メートルでの射撃での直撃弾を喰らい、目標である重戦艦が轟沈した為である。
カタログスペックでは、まだ致命的なダメージを与える距離ではないはずなのに…。
驚いた表情で固まってしまっているトッドリス少佐に、伊藤大尉が声をかけた。
「使用されている装甲プレートの品質の差です。帝国や王国で使用されている鋼鉄の強度と、我々の基準の鋼鉄の強度の差があるようなのです」
その言葉に我に返ったのだろう。
慌ててトッドリス少佐が聞き返す。
「それはどういうことですか?」
「そうですね…。我々の基準での270ミリの装甲だと、王国、帝国の使用する装甲400~450ミリに相当すると考えてもらっても問題ないと思いますよ」
「よ、400ミリ…」
あまりの差に言葉を失うトッドリス少佐。
そして、それで合点がいった。
ネルソン、ロドニーの修理や補修はフソウ連合でしか出来ないと言う事が…。
「では、ドレッドノートの装甲はどうなっているのでしょうか?」
「ドレッドノートでは、フソウ連合海軍やネルソン級のものより一段低い装甲プレートを使っています。それは王国での補修や修理を考えての事です。ですが、それでも舷側270ミリと言う事なので、王国の基準で言えば、300~350ミリ程度の強度とお考えください」
その言葉に、トッドリス少佐は背筋が震えた。
王国では、装甲300ミリ超えなんて艦艇はまだ作られていない。
装甲を厚くすれば、その分艦の重さが増し、その重さを動かす強力な機関が必要となる。
それに、装甲を厚くすれば、その分艦も大型化していく。
大型化すれば資金や資材が大量に必要になるし、なによりそれらを作り上げるには高い技術力が必要となる。
すべてに差がある。
それも圧倒的に…。
トッドリス少佐は愕然とし、そして思い出す。
アンドレアス技術大尉の言葉を…。
「王国とは二十年、三十年は違うんじゃないかと言うくらいです」
その時は、確かに考えさせられたが、ここまでの圧倒的な差を感じなかった。
もしかしたら、たかが二十年三十年の差という感じに思っていたのかもしれない。
しかし、その差は、たかがでは済みそうにない。
とてつもない差だ。
すーっと背中に冷たい汗が流れた。
モヤモヤとした感情が心の中で沸きあがる。
それは恐怖だ。
これらの差が恐ろしいと感じさせたのだ。
しかし、それと同時に、トッドリス少佐は心のそこから知りたいという欲求が湧き上がるのを抑えきれなくなっていた。
それは魅了されたと言っていいのかもしれない。
知りたい…。
もっと、もっと知りたい。
このフソウ連合海軍の事を…。
フソウ連合の全ての事を…。
その願いは、王国に戻った後も消えることなく、後日、派遣武官としてこの地に駐在する事となるのである。




