ドレッドノート その3
「そう言えば、ドレッドノートの引渡しの件はどうなっているんだい?」
鍋島長官は会議が終わり部屋から出ようとしていた新見中将に声をかけた。
「上手くやっているみたいです。指導教官の伊藤大尉からかなりいい評価が報告されていました」
新見中将は書類を小脇に抱えたまま、長官の方に身体を向けて答える。
「そうか。そうか。それならいいんだけどね」
鍋島長官は少しほっとした表情でそう言うとニコリと笑った。
「何か気になる事でも?」
少し気になったのだろう。
うかがうような表情で新見中将が聞き返す。
「いやなに、トッドリス少佐とリチャード中尉の事が気になってね」
鍋島長官がそう言うと、新見中将も納得したような表情になる。
「ああ、なるほど…。そういうことですか」
「まさか、二人が兵と同じ指導を受けたいと言うとは思わなかったからなぁ…」
「そうですな。普通は、そういう事はほとんどありませんな」
「やっぱり、そんなものだよね」
「ええ。艦や艦隊を指揮するものと、現場で戦う兵とは求められるものが違いますから」
「だけど、二人はあえてその選択をしなかった。なぜだと思う?」
そう聞かれ、新見中将は少し考え込んだあと「まぁ、私の考えでありますが…」と前置きをして言葉を続けた。
「恐らくですが、理由としてはいくつか考えられます。兵がどういう指導を受け、どういう風に力を伸ばしていくのか知りたい。兵の実力を知る事で、何が出来て何が出来ないか把握しないと納得できない指揮官である。今回の指導を、より自国の指導に生かせないか、実際に体験している。あたりでしょうか…」
新見中将の言葉に、鍋島長官は頷いている。
「なるほどなるほど…。確かに」
「後、私個人の感想ではありますが、あえていうなら…」
「あえて言うなら?」
「ああいった人物がいる軍は強くなると思います。ですから、王国はより強くなるでしょうね」
その言葉を聞き、鍋島長官はまるで自分のことのようにうれしそうに笑う。
「まぁ、今、あっちではアッシュが頑張っているらしいから。こっちとしては出来る限りはサポートしたいからね」
その長官の言葉に、新見中将は苦笑した。
「長官と殿下が友誼を交わしたという事はわかっています。ですが、ほどほどにお願いしますよ。個人の友情と国の関係は別問題ですから…」
「ああ。わかっているよ。その辺はわかっているつもりだ。それに、行き過ぎたら諌めてくれるんだろう?」
茶目っ気のある表情でそういう鍋島長官に、新見中将は苦笑いをして答える。
「どうやら、それが私の仕事のようですからな」
その言葉に今度は鍋島長官が苦笑する。
そして話題を変えて聞く。
「ところで、今日は彼らはどんな訓練の予定だい?」
「たしか…」
そう言いつつ、新見中将はポケットに入れていたメモ帳を覗く。
「本日は、外洋艦隊の駆逐艦と合同訓練。それに午後からは実弾訓練が入っていますな」
「へぇ…。標的は?」
「本日用意したのは、鹵獲した帝国重戦艦と共和国戦艦をそれぞれ一隻ずつですね」
「ああ、研究調査の終わったやつか…」
「ええ。普通なら艦隊に編成して戦力化していくんでしょうが、あまりにも規格が違いますからな」
「そうか…。なら、反撃はされないけどより実戦に近い訓練になるわけか。彼らにとっていい経験になるといいんだけどね」
「なんでしたらより詳しい報告書を上げさせましょうか?」
「いや、そこまでしなくていいよ。ちょっと気になっていただけだからね」
そう言うと、鍋島長官は「ありがとう」と言って新見中将を解放した。
そして窓から外の景色を見る。
そこには青々とした空と穏やかな海が見えていた。
「さすがですね…」
リチャード中尉が呟くように言う。
「ああ。さすがだよ」
トッドリス少佐も同意してドレッドノートと艦隊を組む一隻の重巡洋艦と二隻の駆逐艦の動きを目で追っていた。
フソウ連合海軍外洋艦隊所属、重巡洋艦エクセターと駆逐艦エクリプス、エコーの三隻である。
ドレッドノートを中心に前方の左右にエクリプスとエコー、後方にエクセターという配置で、それら三隻は少し荒れている海は関係ないといわんばかりにドレッドノートの動きに合わせてきちんとした一定の距離を維持し続けていた。
確か、外洋艦隊に配属されたこの三隻はここ最近実戦配備されたと聞くが、動きを見ただけでも十分に実践に対応できると思われるほどだ。
しかし、指導教官である伊藤大尉の話では、まだまだだという。
「あれでですか?」
リチャード中尉が驚いたように聞く。
「ええ。外洋艦隊は、ある意味、どんな状況になっても対応しなければならない事態に遭遇することがありえますからね。臨機応変が出来なければ駄目ですよ」
そう言って伊藤大尉は、ドレッドノートの速力を一気に落すように命令する。
命令にあわせてドレッドノートの速力が一気に落ち、それにあわせて外洋艦隊の三隻も速力を落とすものの、前方右側のエコーの動きが少しぎこちない感じだが、その程度なら王国では気にもしない程度なのだがここでは違うらしい。
伊藤大尉はニタリと笑うと、ボードに付けられた書類になにやら書き込んでいる。
その様子に、トッドリス少佐とリチャード中尉は互いに顔を見合わせ、乾いた笑いの浮かべる事しか出来なかった。
外洋艦隊三隻との合同訓練が終わり、ドレッドノートの乗組員が交代で昼食を済ませる。
ちなみに艦内の食事では全て同じメニューであり、基地でのように自由に選べない。
それはそれで残念だが、基地の調理場できっちり色々学んだのだろう。
コック担当の兵の料理の腕は格段に上達した上にレパートリーも増えており、実に飽きさせない内容になっている。
比べるなら、フソウ連合に来る前に散々食べた艦内食とは雲泥の差と言っていいだろう。
だから、我々だけでなく兵士達も食事の質の低下にがっかりすることなく楽しんでいた。
その様子に、やはり食事の質は大事だと実感させられる。
そして時間は、十三時三十分。
ドレッドノートは目的の場所に入った。
フソウ連合海軍の総合演習海域である。
ここは実弾射撃が出来る海域で、フソウ連合の艦艇は常にここで訓練をしていると聞く。
もっとも、本日の午後は、ドレッドノートの射撃訓練で貸しきり状態となっている。
それにあわせ、艦内は熱気とやる気で満ち満ちていた。
ついに射撃訓練が出来る。
それも実弾を…。
砲撃関係だけなく、艦内のあらゆる部署の者達が楽しみにしていた訓練でもある。
他の六強に比べれば多いものの、王国では実弾を使った訓練はあるにはあるがその弾数は制限され、訓練回数もそれほど多いわけではない。
だから、今回、弾数制限なしと聞き、みな果然やる気になっているのだ。
そして、ついに目的地に着いたのだろう。
伊藤大尉が停止を命じ、はるか先の方を指差す。
「あれが標的です」
そう言って伊藤大尉が指差す先には、黒い点が二つ。
慌ててトッドリス少佐とリチャード中尉は、双眼鏡で確認する。
そこには二隻の軍艦の姿があった。
「今回の標的の帝国の重戦艦と共和国の戦艦です」
「あれを沈めてもいいのですか?」
思わずトッドリス少佐がそう聞き返す。
「ええ。構いません。あれは先の戦いで鹵獲し、調査の終わった艦ですので…」
その言葉に艦橋にいた王国海軍の関係者は絶句する。
それはそうだろう。
王国では、いや、王国以外でも、鹵獲した重戦艦、戦艦は艦隊に組み込んで戦力化するのが普通だからだ。
せっかく手に入れた艦艇を惜しげもなく標的にして捨てる。
それは裏を返せば、フソウ連合海軍はそんな事はしなくてもいいほどの戦力を持っているという事になる。
沈黙が辺りを包む。
その沈黙を勘違いしたのだろうか。
伊藤大尉が笑いつつ、口を開いた。
「必要でしたら、射撃訓練用の標的艦艇はあと五~六隻は用意できますので、気兼ねなく沈めてもらって結構ですよ」
その言葉に、トッドリス少佐以下王国海軍の関係者はますます言葉を失うのだった。




