ドレッドノート その2
トントントン。
ドアがノックされる。
「トッドリス少佐、時間であります」
「ああ…。今行くから…」
なんとか軍服に着替えてドアを開けると、眠たそうな顔のリチャード中尉の顔があった。
「すまないな…」
そう言いつつ手を上げると、「いえいえ。大丈夫ですよ」と言いつつも大あくびをするリチャード中尉。
研修が始まって今日は六日目になる。
かなりハードだとは聞いていたものの、想像以上に研修はハードだった。
もう、研修と言うより、特訓といったほうがいいのかもしれない。
自分達もバテバテだが、兵達も何とかやっているという感じで、とてもじゃないが余裕がない。
しかし、同行し指導するフソウ連合海軍の指導官や兵達は我々と同じメニュをテキパキとこなしており、常にではないものの、これぐらいは普通にこなす力がある事がわかる。
確かにこれではフソウ連合海軍が強いわけだ。
兵器というハード部分の質だけでなく、兵士というソフトウェアの質がこうも違うと戦って勝てる気がまったくしない。
いつものごとく港の訓練場に集まった我々だったが、疲れが抜け切れていないのかやはり全員疲労の色は濃いといった感じだ。
ただ、それでもどの兵士も目だけは死んでいない。
負けるかといった気合さえ感じられる。
そんな中、集合時間五分前には全員集合し整列が終わる。
時間ギリギリなんてたらたらしたやつは一人もいない。
以前ならそういったやつが一人や二人はいただろう。
しかし、研修が始まって徹底的にしごかれた結果だ。
そしてそんな我々の前にいつもと変わらない表情で教官のまとめ役である伊藤大尉が一段高くなった段の上に立つ。
「各自、伊藤教官に敬礼」
その掛け声にあわせて背筋を伸ばし、敬礼をする。
伊藤大尉は、こちらをぐるりと見た後、少し微笑んで返礼した。
「皆さん、おはようございます」
それにあわせ、我々も挨拶をする。
「「「おはようございます」」」
我々の挨拶と様子に満足したのだろう。
少しうれしそうに頷くと伊藤大尉は口を開いた。
「本日は、本来の予定ならば前日と同じ訓練の予定となっています。しかし、皆さんはかなり優秀なのですね。指導教官からもう基礎は十分だろうという報告を受けました。よって、訓練プランを繰り上げます」
その言葉に、ざわめきが起こる。
「よしっ」と短くいって小さなガッツポーズをとるもの。
喜びに打ち震えるもの。
黙ってはいるものの、顔かニヤけるもの。
隣同士で小さく拳をぶつけ、互いの健闘を称えるもの。
その表現は人それぞれだが、自分達の努力が認められた喜びは変わりはない。
つまり、それだけ努力してきたのだ。
そしてそんな様子をにこやかに見ながら伊藤大尉は言葉を続けた。
「二日後に予定していた実際に艦に乗り込んでの訓練を本日午後から開始します。よって、これ以降は、艦での生活になりますので、午前中は各自荷物の整理を行い、昼食後の十三時に荷物を持ってここに集合するように」
言い終わると伊藤大尉は敬礼する。
それに合わせて「「「了解しました」」」と全員が返事をして返礼をする。
最初のころのようなバラバラではない。
まるで一つの塊のように声がそろっていた。
満足げな表情で段から伊藤大尉が降りると、「各自、時間まで解散」という掛け声がかけられる。
そして、それと同時に、一気に兵達の喜びが爆発した。
周りは一気に騒がしくなり普段なら静かにとか注意があるだろうが、そんな様子を教官達はうれしそうに見ている。
それは我々の努力を知っているからであり、努力した分、喜びも倍増しているのをわかっているのだろう。
王国海軍でも特訓はあったが、ここまでのハードな特訓はなかったし、そして認められるという喜びもここまで大きくなかったように思う。
だが研修はまだ半分だ。
本当に大変なのは、これからとなる。
だからだろうか。
リチャード中尉がこっちをちらりと見た。
その表情から、何をするのかわかり、私は頷く。
するとリチャード中尉も頷いて、声を上げた。
「各自、うれしいのはわかる。だが、研修はまだ半分だ。まだまだ先は長い。それぞれの準備にかかれ」
その声にざわめきは静まり返り、全員がこっちの方を見た。
その目には、やる気が満ち満ちている。
「「「はっ!!」」」
まるで全員が申し合わせたように声が重なり、そして各自がそれぞれの準備の為に動き出す。
その動きは敏速で、だらだらした者は一人もいない。
わずか五日間の研修で、皆、何かが変わったように感じられる動きであった。
十一時三十分。
少し早い昼食をリチャード中尉と食堂で食べていた。
かなりの兵士達がこの時間帯から食べに来ていた為に食堂はかなり手狭な感じてはあったが、それでもすぐに食事を受け取り、席を確保して食事する余裕があった。
だからさっさと注文し、リチャード中尉と二人、向かい合いに座って食事を始める。
本日の昼食は、白米の代わりにパンを頼み、メンチカツ定食を注文した。
メンチカツは一日一回は食べてしまうほど気に入っており「またですか…」なんてリチャード中尉に苦笑されてしまう。
もっともそんな事をいうリチャード中尉は今や昼食は毎日のようにお気に入りのカツカレーを頼んでいる。
「人の事が言えるのか?それで…」と言い返すと、「いや、美味いのものは美味いんですよ」とリチャード中尉は苦笑していた。
しかし、フソウ連合は食事が美味い。
またいろんな種類があり、実に飽きがこない。
食事だけでも、圧倒的な差で王国は勝てないだろう。
そう思わせるに十分なうまさだった。
だから、コック担当の兵は、こっちの特訓には参加せずにフソウ式料理の特訓を受けている。
「どうやら、少佐のお気に入りのメンチカツはレシピを教えてもらい、実際に作ったりしたみたいですよ」
リチャード中尉が食べながらそんな事を話す。
「何?それは本当か?」
「ええ。王国のある材料でなんとか作れそうみたいですね。ほら、多分今日のメンチカツのいくつかはやつが作ったものでしょうね」
そう言ってリチャード中尉が厨房の方を指差す。
そこには必死になって揚げ物をしているコック担当の兵の姿があった。
「うんうん。実に朗報だ」
そんな事を話していると、「こっちよろしいですかな?」とよく知った声で声をかけられる。
「ああ、構わないぞ」
そう言って声の主を見る。
そこには食事プレートをもってにやりと笑う男の姿があった。
「これはアンドレアス技術大尉」
リチャード中尉が慌てて敬礼するのを片手で押し留め、リチャード中尉の隣に座る。
私から見たら向かいの右側だ。
食事プレートには、大きな大皿にお好み焼きというパンケーキみたいな料理が載せられており、鰹節、青海苔が振り掛けられ、ソースにマヨネーズが塗られており、食べ物の熱で鰹節が踊るように動いていた。
「大尉も相変わらずですな」
私がそう言うと、アンドレアス技術大尉はニヤリと笑う。
「少佐も相変わらずのようですな」
「まぁ、おかげさまでな…」
言ってみて、何がおかげさまなのだろうかと自分自身に問いかけてみるが答えは出なかった。
もし、突っ込まれたらどうしょうか…。
そう思ったものの、大尉はあまり気にもしなかったのだろう。
そのまま食事を始める。
箸を器用に使い、お好み焼きを平らげていく。
その様子に圧倒されそうになったが、せっかくのメンチカツが冷めてしまう。
さっさといただこう。
リチャード中尉もそう思ったのだろう。
まるで大尉に引きずられるかのように、黙々と食事を再開したのだった。
「そういえば、今日の午後から乗艦訓練らしいですな」
アンドレアス技術大尉はお茶を飲みつつそう聞いてきた。
「ああ。なんとかな。そっちはどうかね?」
私が話を振ると、アンドレアス技術大尉は、待ってましたとばかりに目を輝かせて口を開く。
「ふふふっ。素晴らしいですぞ、ここは…。技術屋としては二週間どころか、何年間かここでいろいろ学びたいくらいですよ」
「ほほう…。そこまでか?」
「ええ。今はドレッドノートの基礎設計や構造の説明を受けつつ、修理や補修の技術指導といったところですが、その技術が実に奥が深い。そして、素材から始まり、理論や思想の素晴らしさ。そして、はるかに精密で洗礼された機械…。王国とは二十年、三十年は違うんじゃないかと言うくらいです」
その言葉を聞き、私は唸るしかない。
アンドレアス技術大尉は、王国海軍の技術士官の中でも上位十人に入るほどのエリートである。
その彼がここまで惚れこむのだ。
やはりフソウ連合の造船技術はかなり優秀であり、一歩も二歩も王国の先をいくレベルなのだと実感できた。
それに、アッシュがなぜこうもフソウ連合にこだわるのか、その理由が今ならはっきりとわかる。
艦艇のすごさだけではない。
兵の質と士気の高さ。
技術的なこと。
そして、食事などの文化。
やはり学ぶべき事は山のようにある。
今やアッシュの命令だからと言う意味合いは薄れ、自分自身が知りたいが為に貪欲にフソウ連合の事を学ぶ。
その方向へといつの間にか変わっている自分がそこにいた。
港の集合場所に向かう我々を出迎えたのは、巨大な戦艦と幾つものクレーンを備えた支援艦だった。
あれがドレッドノート…。
ネルソン級よりは小型ではあるが、王国の重戦艦よりもふたまわりは大きい全長160メートル。
それにネルソン級のような奇抜な砲配置ではないものの、30.5センチ砲を前部に一基、後方に二基、そして左右に一基ずつの計二連装五基という大火力…。
もちろん、装甲も王国の重戦艦に比べはるかに厚く、それでいて最高速度は21ノット…。
たしかにこれならば、今までの王国で使われている戦艦や重戦艦と同時に使うには適しているだろう。
実際、前回の帝国首都攻撃の際は、ネルソン級と旧来の戦艦や装甲巡洋艦との性能に差がありすぎて、運用にかなり支障をきたしたと聞く。
だが、この艦ならば、従来の艦との運用も、ネルソン級との運用もある程度こなすことが出来るだろう。
そして、それは隣にいたリチャード中尉も思ったのだろう。
私がリチャード中尉に視線を向けているのがわかるとリチャード中尉もこっちを見てニヤリと笑って頷く。
まだ一週間以上研修期間があるのではなく、もう一週間程度しか期間がない。
だからこそ、より貪欲に学んでいく事を決心したのだった。




