ドレッドノート その1
二月二日午前十時。
トッドリス・カンパー少佐とリチャード・リイリネス中尉の二人は、ゆっくりと高速巡洋艦アクシュールツからナワオキ島の港に降り立った。
到着は前日であったが、夕方と言うかもう夜に近い状態であったため、上陸は翌日となっていた。
そして、彼らの後ろには、二週間の受け取りの為の研修を受ける兵達が続く。
研修に参加する者達は初めてフソウ連合に来た者たちで、彼らはネルソンやロドニーを知っており、あんな巨大戦艦を建造する東唯一の強国にある意味緊張していた。
もちろん、最初に下りた代表者であるトッドリス少佐とリチャード中尉も同じかそれ以上にカチカチに緊張してしまっている。
彼ら二人はアーリッシュ殿下をアッシュと呼ぶ事を許された彼の仲間だ。
それゆえに彼らはアッシュ本人やミッキーから散々話を聞かされており、それが余計なプレッシャーとなっていた。
だから、降り立った瞬間にずらりと並ぶフソウ連合海軍の兵士達が一糸乱れぬ動きで敬礼し、演奏隊が王国の国家を演奏し始めた時、思わず二人は固まってしまっていた。
思考が真っ白となり、唖然としてしまったという感じだろうか。
そして、その緊張は、他の王国兵士達にも伝わったのだろう。
誰もがその雰囲気に圧倒されてしまっていた。
そんな中、拍手が起こった。
はっと我に返ったトッドリス少佐が視線を向けた先には、にこやかな笑顔をして手を叩く男がいる。
そして、演奏によってはっきりとは聞こえなかったが、口の動きは間違いなく王国語で『ようこそ、フソウ連合へ』と言っていた。
その瞬間、トッドリス少佐の思考が一気に動き出す。
そして、わかってしまった。
あの人が、アッシュの親友であるサダミチだと…。
別に一番偉そうでも、一番威厳があるわけでもない。
なのにわかってしまったのだ。
そして、それと同時にアッシュの言葉が頭を過ぎる。
『いい機会だから、しっかりと見極めて来い。サダミチと言う男とフソウ連合海軍の事をな…』
そして、それと同時に頭に浮かぶ。
我々は王国の代表である。
我々の恥は、王国の、ましてやアッシュの恥だ。
だからこそ、恥ずかしい姿は見せられない。
その意思が、カチカチになっていた緊張感を一気に粉砕した。
「いくぞ。我々は誇り高き王国海軍の一員だ。恥ずかしいところは見せられんぞ」
近くにいるリチャード中尉や兵士達に聞こえるように言うと堂々と歩き出す。
その言葉と態度に我に返ったのだろう。
まずはリチャード中尉がそれに続き、言葉の聞こえた兵士たちがトッドリス少佐の言葉を後ろに伝えながら後に続き、堂々とした動きで彼らは声をかけた男の前に整列する。
そして、トッドリス少佐が一歩前に出ると敬礼した。
「フソウ連合海軍鍋島司令長官とお見受けします。自分は王国海軍トッドリス・カンパー少佐であります。アーリッシュ・サウス・ゴバーク殿下の命によりドレットノート級一番艦ドレットノートと専用支援艦クルトゥハン、リュルヒンの三隻の受け取りと二週間の訓練を受ける為、フソウ連合に到着いたしました。我らの二週間の滞在と訓練の許可をお願いいたします」
彼らの動きとトッドリス少佐の言葉に、鍋島長官は少し驚いた表情を浮かべた。
なぜ自分が長官だとわかったんだろうと思ったのだ。
だが、すぐに笑顔を浮かべると返礼して口を開いた。
「お待ちしておりました。フソウ連合海軍長官の鍋島です。滞在と訓練を許可します。無事訓練を終了し、アーリッシュ殿下の力になってあげてください」
「はっ。殿下の為、必死に勉強させていただきます。ですから指導のほどよろしくお願いいたします」
それぞれの言葉を聞き、二人は互いにニヤリと笑う。
それだけで通じてしまう。
二人にとってアッシュが大切な存在だという事を。
そしてどちらかがという事もなく、互いに手を出すと握手を交わす。
「式典が終わり次第、宿泊施設などを案内して昼食会。引き渡す三隻の案内はその後になります」
「そうですか。すごく楽しみですよ」
その言葉に少し鍋島長官は苦笑した。
「あまり期待されると困ってしまいそうですよ。ネルソン級と同じレベルと思われてしまっていそうで…」
その言葉に今度はトッドリス少佐が苦笑する。
「大丈夫です。ちゃんと聞いております。ネルソン級よりもワンランク下であるという事は…。ですが、それでも、我々が所有する重戦艦よりも一回りも二回りも大きく強力な艦である事は間違いないのでしょう?」
「ええ。それは保障させていただきます」
「なら問題ありません。我々は殿下の信じているフソウ連合を信じております」
「そうですか。殿下や皆様の信頼に応えられる様に、我々もしっかりせねばなりませんね。まぁ、勝手が違う事も多いと思いますが、しっかり学んでいってください。あと細かな注意点等はミーティングで担当が話すこととなるでしょう」
「はっ。ありがとうございます」
そして、互いに敬礼する。
その後は、指導教官や担当者の挨拶と紹介があった後、宿舎への移動となった。
こうして歓迎式典は無事終了したのだった。
式典が終わり、昼食までの空いた時間、宿舎でトッドリス少佐は身体中の力を抜き、椅子の上に身体を投げだしていた。
まるで全身の筋肉の力が抜けたかのように手足をだらりと下げ、ボッとしている。
我ながらあのガチガチの状態でよくやったと思う。
緊張しなくても問題ない。
そうは言われていたものの、あの場合は無理だよ。
苦笑しつつそう思う。
多分、王国の王と会見してもあそこまで硬くなることはないような気がした。
そんな事を思っているとドアがノックされる。
「リチャードだ。今、いいか?」
「ああ。構わないよ」
身体の筋肉に力を入れてゆっくりと身体を起こして座りなおす。
それと同時にドアが開いて、リチャード中尉が部屋にはいってきた。
そしてドアを閉めると尊敬の眼差しでトッドリス少佐を見た。
「な、なんだよ…」
めんどくさそうに右手を軽く振って苦虫を潰したような表情をするトッドリス少佐。
しかし、そんな事は構わずに、リチャード中尉は、尊敬の眼差しのまま口を開く。
「すごいじゃないか、トッド。俺だったら、あんなに堂々とは出来ないぞ。見直したよ」
側まで歩いてくると感心したような口調でそう言って椅子に座った。
その言葉に、トッドリス少佐は何を当たり前をといった表情を浮かべる。
「何を言ってやがる。恥ずかしい格好は見せられないじゃないか。やって当たり前なんだよ」
そう答えながらも、そういう事が出来たきっかけは鍋島長官によって与えられたものである事は自覚している。
だから、言葉を続けた。
「だが、俺だってガチガチで最初は固まってしまったし、助け舟を出された事であそこまで出来たという事は認めるしかないけどな」
「あの『ようこそ、フソウ連合へ』か?」
リチャード中尉の言葉に、トッドリス少佐の顔が驚きに変わる。
「お前もわかったのか?」
「ああ。微かにだけどな」
「なら…」
「でもな。俺はそれでも動けなかった。トッドが動き始めてやっと動けた。つまりは、そういうことだ」
リチャードはそう言ってニヤリと笑う。
「『何がそういうことだ』だよ。リチャードは、俺を補佐しなきゃいかん立場だろう?しっかり頼むぞ」
そう言いつつも、少しうれしそうな表情をするトッドリス少佐。
「もちろんだとも、相棒。しっかりと支えさせてもらうよ」
リチャード中尉がそう言うと二人は笑いつつがっしりと手を組む。
それは、互いに支えあってしっかりやっていこうという証であり、決心であった。
しかし、これから二週間、今までやってきた訓練とは比べものにならないほどの厳しい訓練が行われる事をこの時点での彼らは知る由もなく、昼食後のミーティングでその過密な訓練メニューに真っ青になる事になるのであった。




