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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十四章 つかの間の出来事…

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軍法会議

二月一日。

その日は二つの艦隊がフソウ連合に到着した。

一つ目の艦隊は、ドレッドノートなどの艦艇を受け取りにきたウェセックス王国海軍の一行で、高速巡洋艦アクシュールツを旗艦とし、護衛の装甲巡洋艦三隻に守られた輸送船五隻からなる艦隊である。

二日前にフソウ連合領海に入ってからは、第一海防隊の海防艦 占守、国後の二隻が艦隊をエスコートして歓迎式典が行われるナワオキ島に無事入港したが、到着したのが夕方と言う事もあり、歓迎式典や両国間の打ち合わせ等は明日の昼に行う事となった。

そしてもう一つの艦隊は、派遣された援軍である警戒艦隊と交代して帰国してきた特別警戒艦隊だ。

こちらは、昼前にマシナガ本島に到着し、応急処置はしてあるものの、アルンカス王国沖での海賊との戦いで傷ついた艦が何隻もあるため、艦艇はマシナガ本島の修理ドックへと曳航され、乗組員達は一週間の休暇を言い渡されていた。

もっとも、幹部や艦隊指揮に携わったものには今回の海賊との戦いについての報告書が義務付けられていたし、艦隊司令である毛利大尉と副官である海辺中尉には、海軍司令部への出頭が命じられた。


「ふう…気が重いよ…」

情けない声を上げて肩をがっくりと下げて司令本部の廊下を歩く毛利大尉に、海辺中尉は苦笑しつつも背中を叩いて励ます。

「大丈夫ですよ。山本大将からは、恥ずかしくない態度でアルンカス王国の勲章を授与して来いって言われてたし、それに木下大尉もなんとか上手くいくように全力で擁護するからと言われていたじゃありませんか」

「でもなぁ…。軍規を破ったのは変わらないさ。ははは…」

毛利大尉の口から乾いた笑いが漏れる。

ふーっ。仕方ないですね。

ここはやはりびしっとする為に言っておきますか…。

そう決心した海辺中尉はすーっと息を吸い込むとボソッといった。

「真奈美ちゃん、そんなお父さん見たら幻滅するだろうな…」

その瞬間、ぐったりとしていた身体にピーンと筋が入る。

「大尉は、あの決断を後悔しているのですか?」

そう聞かれ、毛利大尉は首を横に振る。

「後悔なんてしてないさ」

「なら、胸を張りましょう。真奈美ちゃんにお父さんは立派だったと言える様に…」

立ち止まって考え込んでいた毛利大尉だったが、深呼吸を何回かした後、すーっと下を向いていた視線を上に上げた。

「そうだな。そうだった。君の言うとおりだよ。ありがとう中尉…」

その表情にもう迷いはない。

その横顔を見て海辺中尉は心の中で苦笑した。

本当に世話の焼ける人間臭い人ですね。

ですがそういうのがこの人の魅力なんでしょうね。

海辺中尉は、さっきとは別人のように自信満々で歩き出した毛利大尉の後をついて歩き出しながらそんな事を思っていたのだった。


「入りたまえ」

重々しい声が部屋の中から聞こえドアの両脇に立つ兵士がドアを開ける。

ふーっ。

大きく息を吐き出した後、毛利大尉は口の中にたまった唾を飲み込むとなんとか歩き出す。

緊張で体が震えている感覚だ。

いかん。いかん。

私は恥ずかしい事をしたわけではない。

軍規に照らし合わせれば罪だろうが、娘に恥ずかしい思いをさせるような事は何一つしていない。

自分にそう言い聞かせて進む。

ただの会議室のはずなのに、その雰囲気の為だろうか。

重々しい感じで圧迫されてしまいそうだ。

後ろには、海辺中尉も続いているのがわかる。

彼も緊張しているのか、少し雰囲気が硬い気がした。

部屋に入ると、ドアの両脇にいた兵士達によってドアが閉められる。

普段ならそんなことは思わないのだろうが、ぎーっという音がした後、ガチャリという小さなドアの閉まった音が牢獄のようだと思ってしまう。

落ち着け。

落ち着け。

落ち着くんだ…。

深呼吸をして視線を部屋の中央に向けると、細長いテーブルが三つコの字型に並び、それぞれ三人ずつ計九人の軍服姿の男性が座っており、そして、その前に椅子が縦に二つ並べてある。

どうやらあれが我々の座る所か…。

そんな事を思いながら、敬礼する。

「毛利照正大尉、及び海辺太郎中尉であります。命令により出頭いたしました」

その言葉と敬礼に軽く頷くように頭を下げた後、真正面のテーブルの中央に座っている男性がにこやかに笑いつつ口を開いた。

「お疲れ様。まぁ、そんなに硬くならないで。まずは席に座りたまえ」

そう言った人物を毛利大尉は知っている。

フソウ連合海軍総司令長官であり、外交部の総責任者である鍋島氏だ。

そして、その右側に苦虫を潰したような渋い顔をして座っているのが作戦参謀の新見中将で、左側にはいつもの厳しい顔つきで直接の上司である実働部隊の責任者でもある山本大将が座っており、それ以外に座っている人物は知らないものの、その三人の顔ぶれだけでもこの軍法会議の重要度が高いのがうかがえる。

「は、はっ。失礼します」

毛利大尉はそう言うと頭を下げ椅子に座る。

海辺中尉も後ろの椅子に座ったのだろう。

気配でわかる。

震え始めそうな足の太ももをぎっと握り押さえる。

そして軍法会議か始まった。


最初に事実確認が行われた。

それは中央の三人ではなく、右側に座っていた五十後半のいかにも規則に厳しそうな真面目そうな顔つきの岩戸中尉によって進められた。

淡々と報告書が読み上げられていき、時折、時折毛利大尉や海辺中尉に質問なとがされその記述に間違いがないか確認されていく。

それが長々と続き、やっと全て終わった頃には、ざっと三十分近く時間が過ぎていた。

それだけでもかなり堪えるというのに、この重々しい雰囲気で精神的に疲れているのがわかる。

だから、最後に岩戸中尉の「以上であります」という言葉に思わず小躍りしそうになった。

だが、すぐにこの後に質疑が行われると言われ、よりぐったりとした気持ちになる。

一つの地獄が終わったら、また別の地獄が始まるというわけだ。

なんか地獄めぐりをしている気分になってしまう。

しかし、毛利大尉は小さく息を吐き出すと、再び身体に力を入れる。

どうせ逃げられないのだ。

なら徹底的にやってもらおうじゃないか。

それは開き直りという心境であった。

質疑が開始されると、山本大将が現場での動きや状況の事を、新見中将が作戦についての事を聞かれ、そのことに毛利大尉や海辺中尉が答えていく流れになり、淡々と時間が進む。

そして二人の質疑が終わったのだろう。

二人は真ん中に座っている鍋島長官の方を見て頷く。

左右をちらりと見た後、ずっと黙り込んで毛利大尉達を見ていた鍋島長官が口を開いた。

「僕は君の判断に任せるという指示を出したから、君の判断を尊重する。だがもう一つだけ聞いておきたい事があるんだがいいかな?」

「はっ。自分に答えれる事なら…」

「なら、一つだけ…。僕は撤退しても構わないといっていたのに、なぜ君は戦ったのかな?」

じっと心の中を覗きこむような視線が毛利大尉に向けられる。

その視線を真正面で受け止め、毛利大尉はどう答えれば問題なく済ませられるかと一瞬思考をめぐらしそうになったが、それを慌てて放棄した。

長官の態度と言葉から、そんな上辺だけの答えを望んでいないと思ったからだ。

だから、毛利大尉は自分のその時の心境を素直に話すことにした。

「確かに撤退も選択できる指示を受け、それはすごくありがたいと思いましたが、あの時、自分は撤退する気はまったくありませんでした」

その言葉に、鍋島長官の顔が興味津々といった表情になる。

「なぜなんだい?」

その問いに、毛利大尉は、以前海辺中尉に聞かれて伝えた言葉をそのまま口にした。

「平和に暮らしているアルンカス王国の人々が自分の欲望を満たす為だけの連中である海賊達に蹂躙される。それだけは決して許してはいけないと感じたからであります」

「まだアルンカス王国は同盟を結んだわけでもフソウ連合の領土でもないのだが、そう思ったのかね?」

「はい。同盟や自国の領土とか関係なく、ただ許せなかったんだと思います」

「それは軍規を犯してもかね?」

「はい。損得だけで色々判断するような事は自分の流儀から外れますし、何より自分は軍人である前に人でありたいと思っています」

「そうか。わかった。ありがとう…」

その答えに満足したのだろう。

鍋島長官は微笑み、そして頷いた。

すると次に長官と毛利大尉の話を面白そうに聞いていた山本大将が口を開く。

「なんか、変わったな」

「いや、自分はそんな気はしておりませんが…」

慌ててそう答える毛利大尉に、山本大将は実におかしそうに笑う。

「以前はもっと臆病で、どちらかと言うと規則、規則といった感じだったんだがな」

「いや…」

反論しようとして一旦口を開きかけるが、毛利大尉は言葉を飲み込み、そして別の言葉を口にした。

「そうかもしれません…」

「ほう…。その原因はなんだと思っているかね?」

そう聞かれ、苦笑いを浮かべつつ毛利大尉は言う。

「多分…自分が変わったのは、娘が出来たからかもしれません。娘に恥ずかしい思いをさせたくない。そう思う事が多くなりました」

「そうかそうか」

山本大将は、うれしそうに笑うと鍋島長官の方を見て頷く。

質疑はもうないという事なのだろう。

鍋島長官が今度は新見中将の方を見る。

新見中将はため息を吐き出すと頷き返す。

そして、鍋島長官の視線が、左右のテーブルに座る六人に向けられると、六人がそれぞれ頷いていた。

つまり、長官に任すという事なのだろう。

それを確認した後、長官が口を開いた。

「それでは、今回の件での判決を言い渡す。毛利大尉」

「はっ」

立ち上がり毛利大尉が頭を下げる。

「アルンカス王国を守り、義務を遂行した事は実に素晴らしい事だ。だが、軍事機密である航空機を多くの人々に曝した事は、飛行機の露出を避けるようにという指示と矛盾する。よって、一ヶ月の謹慎を命ずる」

「了解しました」

そう返事をし、頭を下げると毛利大尉は席に座る。

その表情には安堵感が漂っていた。

恐らく、もっと酷い結果を考えていたのだろう。

「次に、海辺中尉」

「はっ」

緊張した声で答えた後、海辺中尉が立ち上がって頭を下げた。

「一週間の休暇のあと、毛利大尉が謹慎中の間の特別警戒艦隊の指揮を任す。また、休暇後になるとは思うが、艦隊指揮のために海辺中尉を大尉へと昇進させることとする」

「はっ。ありがとうございます」

海辺中尉が頭を下げて椅子に座る。

そして周りを見回した後、「これで軍法会議は終了だが…」、そう言いつつ、鍋島長官は立ち上がってテーブルをぐるっと回りこんだ。

そして、毛利大尉の側まで来ると微笑みながらぽんと肩を叩く。

「難しい決断だったがよくやってくれた。ありがとう。一応、謹慎となっているが、別に色々縛るつもりはない。一ヶ月、家族サービスでもして娘さんと過ごすといい…」

要は、謹慎と言いつつ、実際は一ヶ月の長期休暇という事なのだろう。

「あ、ありがとうございます。ですが…」

「ですが…はなしだ。判決は決まったんだ。それに、休暇じゃなかった…謹慎が解けた後は、一階級昇進して現場復帰してもらう。また頼むぞ」

その言葉に答えるように毛利大尉は立ち上がって敬礼する。

「はっ。こちらこそよろしくお願いいたします」

その顔には、今以上の決意がしっかりと刻まれており、実に頼もしい限りだと鍋島長官だけでなくその場にいた者すべてが感じていた。


こうして、アルンカス王国沖の戦いでの毛利大尉の軍法会議は終了したのだった。

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