防衛戦 その3
二式水戦と零式水偵の水平爆撃。
それにより三隻のうち、比較的小型の二隻は零式水偵の二百五十キロ爆弾の直撃を受けてあっけないほど簡単に爆沈した。
しかし、残りの一隻の装甲巡洋艦はしぶとく、二百五十キロ爆弾と六十キロ爆弾をそれぞれ一発ずつ喰らってもまだ浮かんでいた。
もっとも、火災が発生し、いつ誘爆で爆沈してもおかしくない状態となってはいたが…。
そして、アルンカス王国でその光景を見ていた人々は、誰もが目の前で展開される初めての戦いに混乱し、或いは呆然として見守るしかなかった。
そして、そんな中、木下大尉も別の意味で混乱していた。
それは他のアルンカス王国の人々の飛行機という未知の兵器を初めて見たとか、その飛行機を使った戦闘のすごさとかではなく、本来ならば可能な限り機密にしておくように達しがされている航空戦力を艦隊司令がこんな大勢の人々の前で使った事だった。
まさに寝耳に水とはこのことだろう。
いいのか、これは…。
私は…聞いてないぞ。
一瞬そう思ったが、木下大尉はすぐに察する。
恐らく、艦隊司令は、艦隊だけで何とかなればそれはそれで済ますつもりだったが、もし駄目な時は軍の機密よりもアルンカス王国の民を守る事を優先するという決心をして事前に飛行隊を用意させていたのだろうと。
それは、確かに軍人としては決して褒められた行動ではないが、人としての彼の行動は賞賛に値すると木下大尉は感じた。
だが、この件でおそらく司令は軍法会議を受けることになり、間違いなく有罪となるだろう。
だからこそ、そうさせないために、彼は出来る限りの事をしておこうと決心する。
しかし、だがそれよりも先にしなければならない事がある。
最初にすべき事は、最後に残った一隻を沈めて勝利を宣言する事だ。
だから、すぐに近くにいるアルンカス王国軍の指揮官に確認の言葉をかけた。
「こちらの砲撃はあそこまで届きますか?」
呆然とした表情の指揮官だったが、木下大尉の言葉に我に返ると慌てて答えた。
「あ、はいっ。港に設置してある二門がなんとか届くと思います」
その答えに、木下大尉は満足げに頷くと言葉を続けた。
「なら、すぐに砲撃を開始してください。フソウ連合海軍が最後の締めを残してくれたのです。それに我々は答えてこの戦いの最後の締めを行うべきでしょう」
そう言われ、意味がわかったのだろう。
「り、了解しました。必ず沈めます」
指揮官の一人が慌てて通信兵に命令を伝えると一分もしないうちに、港の先の方に配備されていた二門から砲撃が開始された。
どんっという射撃音と煙があたりを包み込む中、砲撃が海賊の最後に残った一隻に向かう。
そして、最初の一射目は大きく外れたものの、それ以降は修正がされていったのだろう。
射撃するたびに砲撃でできる水柱は艦艇に少しずつ近づいていき、そして四射目でついに命中となる。
そして、それ以降は続けざまに砲撃が命中し、三発目の命中弾によって大きな爆発が起こり、装甲巡洋艦はあっという間に爆沈した。
その砲撃を見守っていた人々は、その爆発に驚き、そして今度は歓声を上げた。
まさに勝利を確信した歓声であった。
そして、木下大尉が大きな声で宣言する。
「我々の勝利です!!」
その宣言で、歓声はますます大きく盛り上がる。
そして、上空で待機していたフソウ連合海軍航空隊は撃沈したのを確認すると、それぞれの機体がまるで勝利を祝うように上空を何度も舞う。
その様子に、敵ではなく味方だとほとんどの人々は判断したのだろう。
特にパニックになる事もなく、人々は歓声を上げ、飛行機に手を振った。
そして、それに答えるように零式水偵と二式水戦が何度も翼を振り、そして沖合いの瑞穂へと戻っていく。
その様子を、人々は手を振って見送ったのだった。
完全に飛行機が見えなくなってから、アルンカス王国宰相のバチャラが目の前に起こった事が信じられないといった顔で木下大尉に聞いてきた。
「あ、あれはなんなのですか…木下大尉殿…」
そう聞かれ、少しでも艦隊司令の擁護になればと思い、木下大尉は口を開いた。
「バチャラ殿。あれはわがフソウ連合海軍が誇る海軍飛行隊であります」
木下大尉の言葉に、バチャラは半信半疑の顔を向けて聞き返す。
「海軍飛行隊?」
「ええ、飛行機を使う部隊のことです」
「飛行機とは…?」
その問いに、木下大尉は少し声を低めて言う。
「見ての通り、空飛ぶ兵器ですよ。おそらく、艦隊司令は飛行機を使ってでもアルンカス王国を守りたかったのでしょう」
「しかし、飛行機とは初めてみました…」
「ええ。軍事機密扱いですから。そうですね、フソウ連合の秘密兵器といったところでしょうか」
「そんな秘密兵器を我々のために…」
バチャラの目が潤み、涙が出そうになるのをぐっとこらえている。
「ええ、本当ならよほどの事がない限り使用しない兵器です。ですが…」
その時、横にいた指揮官の一人が涙を流しながら言う。
「つまり、そんな秘密兵器を使ってでも、我々を守りたかったという事ですね」
「ええ。そういうことです。我々にとってアルンカス王国はそういう価値のある友好国であるという事です」
バチャラの我慢が限界を超えたのだろう。
その言葉を聞いて、バチャラの目から涙が溢れ出す。
フソウ連合は、書簡の内容を態度で示したのだと理解したのだ。
だからこそ、彼は泣きながらも言う。
「我々は、フソウ連合に、今回、秘密兵器を持ち出してまでアルンカス王国を守ってくれた艦隊にどう報いればいい?」
その言葉は、まさに木下大尉にとって待ちに待っていた言葉だった。
しかし、すぐに応じるわけにはいかない。
だから、落ち着いた声で答える。
「報いるだなんて…。我々は友としての義務を果たしただけですよ」
「しかし、それでは…」
「では、こうしましょう。フソウ連合海軍本部に感謝状を送っていただきたい。それと書簡の内容の前向きな検討をお願いいたします」
木下大尉の言葉に、驚いた表情のバチャラだったが、すぐに「それだけでいいのですか?」と聞き返す。
「ええ。構いません。我々は、友としての義務を果たしただけですから…」
その言葉にますます感動したのだろう。
バチャラだけでなく、周りで聞いていた軍属の人々も男泣きに泣いていた。
木下大尉は、そんな回りの様子に罪悪感を感じながらも、これは艦隊司令を擁護する為に必要な事なんだと自分に言い聞かせていた。
そして、翌日、事態は木下大尉の予想を越えた展開となる。
昼前に、木下大尉の元にフソウ連合の提案への承諾の書類と今回の件の感謝状が届けられた。
まぁ、これに関しては木下大尉の予想通りといったことであったが、事態はここで終わらなかった。
昼過ぎに、前日の海賊の襲撃についての詳細な内容が国民に知らされ、戦ったフソウ連合海軍の特別警戒艦隊司令にアルンカス王国随一の特一級騎人英雄章を授与される事が決定したと報じられたのである。
さすがにここまで事が大きくなるとは思っていなかった木下大尉だったが、擁護する材料は多いに越した事はないと判断し、すぐに連絡用の二式大艇を使って、承諾の書類と感謝状、それに今回の戦いの報告と特別警戒艦隊司令への勲章の授与が決まった事を報告したのだった。




