日誌 第一日目 その1
「おはようございます、長官殿」
落ち着いた感じの女性の声で起こされる。
「えっと…何かな…」
ぼんやりとした頭のまま目を開けた僕は、そこが自分の部屋だという事を確認して周りを見渡した。
すると布団の脇に二人の女性が正座をしてこっちを見ている。
一人は白い旧日本海軍の軍服らしい服を着ている切れ長の目が印象的なクール系の美女で、歳は二十代前半といったところだろうか。黒髪を後ろでまとめてお団子みたいにしている。
そして、もう一人は、ゆったりとしたダブついた黒っぽい青の服を着ており、こっちも歳は二十代といったところか。
こっちは少しふっくらしている為かどちらかというとほんわかとした感じの印象を受ける。
「おはよう」
「おはようございます、長官殿」
二人の女性がそれぞれ挨拶をしてくる。
「ああ、おはようございます……」
そう返事をして、はじめてゆっくりと思考が動き始めた…。
そして、僕は驚きの声をあげる。
だって、ここは一人暮らしの家で他は誰もいないと言うのに、枕元に見知らぬ女性が座っていたという場面を想像してほしい。
幽霊か何かかと思ってしまってもおかしくない。
というか、僕はてっきり幽霊と思ってしまった。
だから、思わずパニックになりかけて声をあげてしまう。
「な、なんなんだーっ。何でっ…」
そんな僕の反応を予想できたのだろうか。
軍服を着た女性が落ち着くようにジェスチャーをしつつ声をかけてくる。
「落ち着いてください。そして、私の話を聞いてください…」
もっとも、それで落ち着けばいいのだろうが、その程度で落ち着いたらパニックなんてならなかっただろう。
「ひいいいっ…」
思わず悲鳴を上げてしまうが、近所は畑や田んぼなので問題ない。
いや、実際にはそういう事を心配する暇なんて無いわけで…。
そんな僕の様子にイライラしたのだろう。
ほんわかとした女性が、パンと手を叩き、大きな声で叫ぶ。
「落ち着け、馬鹿者っ!!」
ほんわかとした外見と違い、かなりきつめの性格なのかもしれない。
そんな事をうかがわせる大声だった。
手を叩く音と大声で、僕は思わず正座をして返事をしてしまう。
「は、はいっ…」
なんかお袋に説教されるかのようだ。
そんな僕の態度に満足したのだろう。
「よろしい。では話を聞きなさい」
ほんわかとした女性はにこやかに笑うと、軍服を着た女性に話を振った。
いきなりの大声に驚いていた軍服姿の女性だが、我に返ってほんわかとした女性に頭を下げる。
「魔術師殿、ありがとうございます」
そう言った後、今度は僕の方を向いて頭を下げた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
なんか礼儀正しい人だな。
そんな事を思いつつ、思わず挨拶を返す。
そして、ゆっくりと彼女は話し出した。
破天荒な現実を…。
まぁ、話を要約すると、魔法と言う概念のあるもうひとつの世界に僕は召喚されてしまったという事らしい。
いや、正確に言うと、僕の家と異世界が繋がってしまったという事らしいのだ。
異世界とこっちを繋ぐ接点が僕の家で、異世界との繋がるための触媒として使われたのが僕が作ったジオラマと言うことらしい。
なんで、そんなになってしまったかと言うと、どうやら僕が作ったジオラマが、その場所…正確に言うとその島周辺の地形とほとんど同じだったらしいのだ。
その結果、その島は僕が作ったジオラマと同じになってしまい、その場に浮かべていた船や飛行機、戦車やその他もろもろ全てが実在化してしまったらしい。
また、異世界との接点を繋げた事によって、歴史が改ざんされ、この地には人口二十五万人が住む軍事拠点となってしまったという。
そこまで聞いて、僕は嘘だろうって笑い飛ばしたかった。
しかし、ジオラマを展開している部屋に繋がる廊下に新しい金属製のドアが増えており、そこに入った瞬間、僕は驚くしかなかった。
そこは会社で言うなら社長室みたいな部屋になっており、高級そうなデスクと椅子、接客用のソファがーセット、それに壁にはいくつもの本棚が並んでいる。
「ここは、地下の長官室です」
驚いている僕に、軍服の女性がそう言葉をかける。
「えっと…さっきから気になってたんだけど、長官って?」
僕の言葉に少しあきれ返ったような表情を浮かべる軍服姿の女性。
「この島の司令長官。つまりあなたのことです」
「えええーっ…なにそれっ…」
驚く僕に対してほんわかした女性が笑いながら言う。
「当たり前だろう。これらはお前が作ったものだ。だから、お前の所有物と同じということだ」
その例えはあんまりだと思うんだが…。
それを言うなら、この軍服の女性だって僕の所有物って事になるじゃないか。
そんな事を思ったが、所有物と言われて、軍服姿の女性がなんかうれしそうな表情を見せているのは気のせいだろうか。
「では、こちらへどうぞ」
案内されるままドアの外に出るとそこは秘書室みたいになっており、その先にはエレベーターがある。
三人でエレベーターに乗り込むと軍服姿の女性は屋上と言うボタンを押す。
しかし、その後に何やら数字のボタンを何回か押す仕草をしていた。
どうやら、簡単にここには来れないようにいろいろセキュリティーがしてあるらしい。
その行為をぼんやりと見ながら思っていると、静かなモーター音を響かせながらエレベーターは上へと上がっていき、止まってドアが開いた。
そこは頑丈な作りの部屋になっており、壁に色々な機材が用意されている。
その中には、重火器なんかもあったから、それらは防衛の際に使われる機材だろうか。
そんな事を思いつつ、僕は先を歩いていく二人についていく。
いくつかのドアを開けて進んだ後、二人は立ち止まって僕の方を振り向いて微笑み、とくに頑丈な金属製のドアを開けた。
その瞬間、海の近くで感じる独特の潮の匂いが鼻に入り込む。
ああ、海の近くなんだ…。
たしか、家のあるのは山の方であり、こんなに潮の匂いが感じられるほど海に近くない。
だが、ドアの向こう側に広がるのは、大きな湾岸施設と船。
それに大きく広がる青い空と青い海。
それらが目に飛び込んできて、初めて僕は異世界に来たのだと実感したのだった。
「信じましたか?」
軍服の女性が僕の顔を覗き込む。
「ああ。信じるしかないみたいだな…」
僕がそうつぶやくと、軍服姿の女性は微笑みながら敬礼する。
「マシガナ本島軍事司令部にようこそ、司令長官殿。本日付で長官殿の主席秘書官を勤めます東郷夏美大尉であります。よろしくお願いします」
その挨拶の後、隣にいたほんわかとして女性も笑いながら自己紹介をする。
「私は…そうだな。君の専属魔術師兼相談役といったところかな。三島晴海だ。よろしくな」
そして手を伸ばしてくる。
握手という事らしい。
「よろしく…お願いします」
圧倒されながらも、僕は東郷大尉に頭を下げ、三島さんの手を握り返したのだった。