特別警戒艦隊 その1
「しかし、綺麗な海だなぁ…」
街野二等兵曹がそんなことを言って回りの海面を見ている。
その声が後部銃座に座る片路一等兵曹に聞こえたのだろう。
「本当に…。フソウの海では見られんな、こんな海は…」
同意するように声をかける。
その様子は、さながら南の島を上空から見た観光客のようだが、もちろん遊覧ではない。
れっきとして任務である。
「おいおい。しっかり警戒してくれよ。今は任務中だ」
パイロットの東田兵曹長がため息混じりに言う。
どうやら二人のやり取りは、微かにだが聞こえていたらしい。
もっとも、非難と言うより呆れたといった感じだが、その気持ちもわかるというものだ。
真っ青に染まった空と海。そして所々にある白い砂浜がある小島。
そして、小島には、南国特有の植物が生え、その色も実に鮮やかな緑の葉を揺らしている。
多分、天国と言っても差し支えないほどの美しさだ。
もっとも、この暑さと湿度は余計だが…。
「すみません…」
エンジンの音で聞こえていないと思っていた街野二等兵曹はそう言って頭を下げ、片路一等兵曹も「すまん」と短く言う。
そんな二人に東田兵曹長が答える。
「まぁ、そんな事を思わず口にしたくなるのはわかるけどな…」
そして少し考え込んだような間があった後、思いついたように言う。
「そうだ。休息の時、艦隊の警戒する海域の近くの小島に何人かで出かけるか…」
その言葉に、街野二等兵曹がすぐに飛びついた。
「えっ、いいんですかっ」
「ああ、確か、すぐ近くにいい感じの小島があったはずだ。あれくらいの距離なら大発でいけるだろうしな…」
その言葉に片路一等兵曹が少し怪訝そうな口調で聞き返す。
「ですが後で他の部署からいろいろ言われませんか?」
「なあに、問題ない。他の部署も巻き込んでやるからな」
笑いつつそう答える東田兵曹長。
「それに、特別警戒艦隊を率いられる毛利大尉はその辺の事は結構寛大だし、何より休息でも船の中ばかりだと気がめいるからな…」
「いやぁ、そう聞くとますます任務がんばらなきゃと思いますよ」
街野二等兵曹のその返事に、片路一等兵曹があきれ返ったように言う。
「普段から頑張れよ…」
しばしの沈黙の後、三人は爆笑した。
「なぁに、楽しみがあるのはいいって事さ」
東田兵曹長が笑いつつそう言って、計器類を確認する。
確かそろそろ戻らなきゃいかん距離だ。
最大航続距離3000km以上を誇る零式三座水上偵察機だが、航続距離ギリギリまで飛ぶ事はほとんどない。
大体、通常の警戒任務では800~1000km前後で帰艦する。
広い海では目標を失って迷走してしまう恐れがあるため、燃料に余裕を持たせておく必要があるためだ。
もっとも、水上機だから、いざとなれば着水すればいいのだが、ここは慣れたフソウの海ではない。
だからこそ、そういう事態は避けたいし、より気を付けておく必要がある。
「よし、そろそろ戻るぞ」
「そうですね。いいかと思います」
太陽の位置や方位磁石などを使って地図を見つつ位置確認をしていた街野二等兵曹がそう答える。
最低限警戒しなければならない海域は十分回っているのを確認した為だ。
「よし。戻るか…」
そう言って東田兵曹長が機体の方向を変えようとしたときだった。
「待ってください。十一時の方向…艦影見えます」
片路一等兵曹がそう声を上げ、その声に反応して残りの二人の視線もそちらに動く。
彼らの目には、青い海に不釣合いな微かな黒い点が幾つも映った。
すぐに東田兵曹長は指示を出す。
「予定変更だ。高度を上げるぞ。街野っ、無線で特別警戒艦隊旗艦瑞穂に打電。『こちら偵察ゴーマルナナのサン、不審な艦影発見す。数は…八以上』以上だ」
「了解しました。すぐに打電します」
「片路っ、撮影は、街野にさせるが、カメラの用意を頼む」
「おうよ、任せときな」
さっきまでののんびりとした雰囲気はもうない。
ピリピリとした緊張した空気が機体内を満たす。
「よしっ、もっと近づくからな。警戒しろよ」
「「了解しました」」
その返事を受け、彼ら三人が乗る零式水偵は高度を上げ、艦影の見える方向に機首を向けたのだった。
「しかし、暑いな…。日差しがこんな違うとはな…」
手ぬぐいで吹き出る汗を拭きつつ、毛利大尉は恨めしそうに艦橋の窓から刺す光を見ている。
「仕方ないですよ。ここはフソウとは違いますからね」
そう言って苦笑しつつ返事を返したのは、この水上機母艦の付喪神である瑞穂だ。
毛利大尉がどちらかというと太目の体付きに対して、瑞穂はスラットしたどちらかというと細身の体型だ。
実に対照的な外見だが、気が合うというか馬が合うのだろう。
トラブルもなくうまく回っている。
「警戒に当たっているゴーマルナナのイチ、帰艦するそうです」
無線士からの報告に、毛利大尉は頷くと返事を返す。
「わかった。『任務ご苦労。無事帰艦せよ』って送っておいてくれ。それと、ゴーマルナナのイチの引継ぎの機体の準備は出来ているか?」
「はい。機体の整備は終わっております。パイロットの方も仮眠を終えて準備に入っています」
瑞穂がそう答える。
「そうか」
そう言って時計を取り出すと時間を確認する。
そして、後ろに控える伝令兵に命令を下す。
「そろそろ帰艦の報告が集中し始めるな。他の引継ぎの機体とパイロットの準備の急いでくれ」
「了解しました」
伝令兵が慌てて艦橋から飛び出していく。
行き先は、甲板と格納庫だ。
「さて…、これからしばらくは忙しくなりそうだな」
「ええ。いつものごとくですよ」
毛利大尉の言葉に、瑞穂が答えた時だった。
「偵察ゴーマルナナのサンから緊急です」
艦橋内がざわつき、緊張が走る。
「読み上げろ」
「はっ。『こちら偵察ゴーマルナナのサン、不審な艦影発見す。数は…八以上』以上です」
無線士の報告に、毛利大尉がすぐに反応し、海図の方に身体を向ける。
「ゴーマルナナのサンの索敵範囲はどこだ?」
「アムリット諸島あたりですね」
海図の上の一点を右手の人差し指で刺しつつ瑞穂が答える。
毛利大尉も色々書き込まれた海図を見下ろして腕を組んだ。
そしてちらりと後ろに視線を向けて聞く。
「どこの艦だと思うかね?」
その問いに、後ろに控えていた副官の海辺中尉が口を開いた。
「恐らく、六強の艦ではないでしょう。ならば…残りの選択は…」
「海賊ってやつか…」
毛利大尉がそう答えると、海辺中尉が頷いた。
「十中八九間違いないかと…」
「やはり目的は…」
「ええ。アルカンス王国の沿岸の街、それに水路、海路での略奪といったところでしょうか」
アルカンス王国の運送は水路や海路を使ったものが主となっており、共和国に降伏したのも水路、海路を共和国に押さえられて運輸関係が滞ってしまう恐れからだ。
だが、現在、アルカンス王国は、本当なら引渡し期間までは共和国が管理しなければならないはずだが、共和国艦隊の被害が大きく、アルカンス王国を守るべき艦隊不在の実質どこにも支配されていない空白状態になっていた。
そして、その状態をどうやって聞きつけたかは知らないが、チャンスとばかりに海賊どもは一攫千金を狙って動き出したのだろう。
「よし。本国に状況を報告。すぐに増援の手配を頼んでくれ。それと各艦に連絡だ。会議を行うから、至急責任者は旗艦に乗艦せよと…」
毛利大尉は通信士にそう命じると、すぐに立ち上がって艦橋の後ろにあるドアに向って歩き出した。
その後を副官が続く。
恐らく会議室に向かうのだろう。
だが、ドアの前で毛利大尉は立ち止まると瑞穂に声をかけた。
「会議室にいるから、詳しい情報が入り次第、すぐ知らせてくれ。それと警戒の引継ぎは滞りなく頼むぞ」
「了解しました。お任せください」
瑞穂がそう言って敬礼すると、毛利大尉も敬礼する。
そしてドアを開きつつ呟くように言った。
「これから忙しくなりそうだ」と…。
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