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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十三章 アルンカス王国

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再会 その2

「姫様、いかがなされましたか?」

動きの止まったかのような間に、後ろにいた侍女のプリチャが囁くように言う。

それで我に返ったのだろう。

チャッマニー姫の固まっていた思考が動き出したが、まだ十分に動いていない。

しかし、長年の習慣だろうか、思考よりも身体が先に動いていた。

「初めまして。私、この国の代表を務めさせていただいております。チャッマニー・ルロセット・セナーピムックと申します」

そう自己紹介すると王族らしく優雅に頭を下げる。

その姿は木下大尉の知っているマムアンの時とはまったく違う、ただマムアンの顔をした女性がそこにいるだけだった。

木下大尉の心の中で失望感が強くなる。

しかし、その結果、我に返って周りの状況を把握する事が出来た。

そして、心の中で苦笑する。

何を失望しているんだ、私は…。

前と同じに出来るわけないじゃないか。

心の中で苦笑すると、木下大尉も軍人らしくキビキビとした態度と声で自己紹介をした。

「お目にかかれて光栄であります、チャッマニー姫殿下。自分はフソウ連合海軍大尉木下喜一であります」

そして、敬礼するかとどうか迷ったが、鍋島長官がいつも頭を下げていた事を思い出して頭を下げた。

実にそれぞれ二人の立場に相応しい挨拶と自己紹介だ。

その場にいる誰もがそう思っただろう。

しかし問題はその後だった。

その先が二人とも続かないのだ。

お互いに聞きたい事は山のようにあるのだが何を言うべきか迷っていた。

まさか以前から知り合いでしたとか言えるはずもなく、また、以前会っていたときの様に気軽に話なんてできないことも迷いに拍車をかけている。

その為、動きもなく、ただ沈黙が続くのみ…。

だから、間違いなく周りから見ても異様な雰囲気になっているとわかってしまう。

その独特の雰囲気と二人の様子に、プリチャはなんとなくだが一回だけ経験したお見合いの事を思い出す。

お互いに簡単な自己紹介だけはしたものの、相手の事は気になるけど互いに何を喋っていいのか迷っているというあの独特の雰囲気だ。

それでピンと来てしまった。

この人だ…。姫様が一目惚れした人は…。

そうわかると、興味が沸いてくる。

だから、本当なら失礼ではあるが、ちらりちらりと相手の様子を見て自己採点を始めていた。

これも姫様の為なのよと自分で言い訳をしつつ…。

ふむふむ。なかなかいい男じゃないの。

顔つきも中々ハンサムだし、軍人だからかもしれないけどスマートでかっこいい。

とくに軍服の着こなし方がいい感じよね。

こっちの軍人と言うと、ごつい系かワイルド系だもんなぁ。或いは悪人系とか…。

あまり軍人にいい印象を持っていなかったが、これはいける。

それに優しそうな雰囲気。

うーん、姫様、お目が高い。

まぁ、後は付き合ってみてどうかってところかなぁ…。

私だったら、付き合うかなぁ。

そんな事をプリチャが思っていると、場の雰囲気のおかしさにさすがに我慢できなかったのだろう。

宰相のバチャラが慌てて口を開く。

「せっかくですから、お茶でも楽しまれてはどうでしょうか…」

額の汗がすごい状態で、焦っているといったところだ。

たかが使者ではあるが、これだけ我々はフソウ連合に気を使っているというところを見せるつもりだったのだが、まさかこんな雰囲気になるとは思いもしなかっただろう。

そして、本能的にこのまま終わらせてはならないと判断し、少しでもこの場の雰囲気を変えるつもりの言葉であった。

しかし、それは裏目に出た。

二人は合意し、テーブルに着くとお茶とお茶請けが出される。

お茶請けは、フォーイトーンとルークチュップというお菓子だ。

フォーイトーンは卵黄を砂糖で煮たお菓子で、それを薄く錦糸卵のように切られており、また、ルークチュップは緑豆の餡をゼリーで包んだもので、見た目が実に本物の果物のように綺麗に作られている。

二つとも伝統的なお菓子であり、地味ではあるが、実に目も楽しませてくれるお菓子だ。

実際、共和国の関係者は、ごてごての共和国のお菓子に比べて地味ながらも美しいこの二つに驚きを隠せず、色々質問する事で会話が進んだ事も多い。

しかし、それさえも効果はなかった。

向かい合わせに座る二人だが、会話もなく、ただ下を向いていて、時折ちらりちらりと相手を見るだけだ。

一応、話しかけようと口を開きかけるのだが、言葉にならず閉じられてしまう。

ええいっ、何か話してくれ。

場が持たん。

バチャラが話を振るも、すぐに会話は止まり、沈黙が続いてしまう。

その様子を見てプリチャは、互いに緊張して話せなくなってしまっている二人を一生懸命盛り上げようと無駄な努力をする仲人を想像してしまうが、あながち間違っていない気がした。

うーん…。この場合、二人だけにしたほうがいいと思うんだよなぁ。

ここでは、肩書き、立場、周りの目があって、本当の話なんて出来るわけないじゃない。

そこは、まぁ、二人で少し散歩でもしてくるといいとでも言う方がいいのかなとも思う。

しかし、そういうわけにはいかないのが現状だ。

そんな感じで時間が進んでいったが、実のないただ薄っぺらな会話のみが残る。

そして木下大尉が立ち上がる。

「すみません。そろそろ先約がありまして…」

さすが軍人さんだ。見切りが早い。

プリチャはそう判断した。

似たような事はバチャラもそう思ったのだろう。

もっとも、こっちは助かったという気持ちが強いのかもしれない。

ほっとした表情で立ち上がる。

「それはそれは引止めしてしまって申し訳ありませんでしたな」

なんとか笑顔でそうは言うが、今回の顔合わせが失敗した事は揺るがない事実であり、顔は引きつりかけていた。

それでも場を何とかしようと努力している。

それがわかったのだろう。

木下大尉が申し訳なさそうな顔をする。

『こんな事になってしまったのは自分の責任なのに、あなたが気に病むことはないのですよ』と何度も言いたくなっていたが、それは言えることではない為、ぐっと飲み込むと口を開いて別の言葉を言う。

「いえいえ。こんな一介の使者にとっては実に光栄な事であります。本日はありがとうございました」

そう言って頭を下げた後、木下大尉は視線をチャッマニー姫に向けた。

そして立ち上がってこっちを見ているチャッマニー姫に微笑んだ後、口だけを動かした。

それは、位置的な関係でバチャラからは見えなかったが、プリチャには見えていた。

口の動き…。

その動きは告げていた。

『明日、いつもの時間と場所で』と…。

その瞬間、硬く固まっていたチャッマニー姫の顔が自然と柔らかなものになり、それで木下大尉は少しほっとする。

さっきまでの彼女の顔は、王族と言う仮面であり、マムアンの時の顔が本当の彼女の顔だと理解できたからだ。

そして、その木下大尉に、チャッマニー姫は口を開く。

「こちらこそ、申し訳ありません。ですが、またお会いしましょう」

チャッマニー姫はそう言うと、微笑んだ。

それは何気ない挨拶でしかなかったが、二人にとっては、明日の約束を確認しあう言葉でもあった。

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