日誌 第百三十日目
「これは…本気か?」
ソファに座って書類に目を通していたドック区画の責任者、藤堂少佐が呆れたように言う。
「ああ、本気だ」
僕がそう言うと藤堂少佐は書類をテーブルの上に置いた。
書類には、『フソウ連合海軍外洋艦隊 編成予定表』と書かれている。
外洋艦隊。
フソウ連合の五つめの艦隊であり、フソウ連合領海外で活動を主にする艦隊だ。
初期計画では、戦艦及び巡洋戦艦二隻、重巡洋艦二隻、軽巡洋艦二隻、駆逐艦十二隻、支援艦十隻の予定となっている
「しかし、これだけの数を短期間には無理だ。確かに大将が手がける付喪神付きであれば、一日で艦は完成するだろうがよ、問題はその後だ。完成した後の次の準備や処理の事を考えれば、二~三日、下手すると四~五日はドックは使えねぇ。それを考慮して、今のドックの空きを考えれば一月でこの数は無理だな」
きっぱりとそう言われ、僕は頭を抱える。
「三ヵ月後には、アルンカス王国に艦隊を派遣する事を考えれば、二ヶ月は訓練などがあるから一ヶ月前後でなんとかならないか…」
駄目もとではあるが理由を説明してみる。
「何度も言わせるなや、大将。やっぱり無理だ。大型、中型は何とかなると思うが、小型ドックはまったく余裕はねぇ。未だに前回の戦いでの修理待ちが何隻もある上に、合衆国の追加発注、さらにコンクリート船の注文の追加…。今の処理能力をはるかにオーバーしちまってるよ」
しかし、それでもすっぱりと断られてしまう。
ドック責任者としては、これ以上、作業員にはオーバーワークはさせたくないのと、実際、小型ドックは修理や建造予定が立て込んでいる。
イタオウ地区の小型ドックが完成して軌道に乗れば、海外発注分の小型艦と国内の各地区発注分のコンクリート船はあっちに回すのだが、完成予定は、一番早いドックでも三~四ヶ月後といったところだ。
「やっぱりか…」
はぁ…。
ため息が漏れる。
ある程度艦に慣れてそこそこ動けるようになるには二ヶ月は最低訓練期間が欲しいと山本大将に言われたが、これはなかなか無理そうだ。
「じゃあ、これらの艦をなんとか急いで用意するとしたら、君としてはどれだけ期間がほしい?」
僕の言葉に、藤堂少佐は少し考え込む。
そして、真剣な眼差してこっちをじっと見た。
多分、どの程度本気か確認したのだろう。
「早くて二ヶ月ってところか…」
「二ヶ月か…」
かなり厳しい。
外洋艦隊は基本国外で活動する艦隊。
つまり、他国の目に止まる事の多い艦隊だ。
できればじっくりと訓練しておきたいんだが…。
悩む僕を見かねたのだろう。
「乗組員は、修理中の艦の乗組員を回したりっていうのは駄目なのか?」
「艦の思想設計や方式が大きく違うからね。それに、今度の艦隊は他国に売り込みを考えている艦がメインだから他国の人間が乗り込む事も多いだろう。その際に指導やら説明する必要があるからな。だから区別しておきたいんだ」
僕の言葉に、疑問が浮かんだんだろう。
覗き込むように視線を向けて藤堂少佐が聞いてくる。
「なんでそこまで売り込み考えてんだ?」
「今のフソウ連合で諸外国に誇れるものは、艦や船などの造船業だけだ。もちろん、それ以外もあるにはあるが、まだ微々たるものだ。他の産業の構築や産業の改革なんかも進めているし、各地区もいろいろ新しい取り組みをやっている。しかし、元々はフソウ連合の中で円滑に経済が回るように産業が発展したからねぇ。外の国に売れるほど量は多くないし、今の時点では外の国がどれに興味を示すか未知数だしね。だから、ある程度輸出の形がキチンと出来上がる為には、数年の、或いは十数年の時間が必要だろう。でもその間、外貨なしというわけにはいかないだろう?だからその間の外貨獲得のためには、これしか手がないんだよ。もっとも、最新式の機密を簡単に売り込むつもりはないし、せっかくある軍事のアドバンテージは失いたくない」
僕の説明に納得いったのだろう。
藤堂少佐は頷くと感心したよな表情で口を開いた。
「その為の…区別と言うわけか…」
「ああ。それに見せたものとまったく同じものを引き渡すつもりはないし、それにある程度の劣化版でも十分強力だから問題ないしね」
僕がそう付け加えると、藤堂少佐は苦笑した。
「長官もかなり腹黒くなられたようだ」
「この国の事を考えれば、少々は腹黒くもなるさ」
僕がそう言って苦笑すると、藤堂少佐は豪快に笑い出した。
「これはこれはたくましくなられましたな。実に頼もしい限りですな」
そう言ってしばらく笑った後、表情を引き締め、僕を見据えて口を開いた。
「なら、こうしましょう。現在、完成していて明日にでもドックから出す予定のコンクリート船四隻分のドック四つをそっちにまわす」
「確かに、そうしてもらえたら助かるが、だがそれでは小型ドックが足りなくて修理や製造が滞るんじゃないか?」
僕の言葉に、ニヤリと藤堂少佐は笑う。
「その代わり、長官管理の分の大型ドック二つをこっちに回してもらえますかい。簡易仕切りを作って、コンクリート船の製造で使えるようにしますんで…」
「大丈夫なのか?」
「まぁ、コンクリート船は、普通の艦より製造に関する時間も手間もかからん。それに、ちょっとした理由で完成時期がずれるという事もないから、効率よくまわせば何とかなるだろうよ」
「すまん。助かるよ」
僕が拝むような格好でそう言うと、藤堂少佐は苦笑した。
まさか、かなり階級的に上の上司にこういう風に拝まれるとは思っていなかったに違いない。
「それはそうと、ドレッドノートの引き取りは、何時頃になるんですかい?」
少し考えて記憶を探る。
「たしか…乗組員を連れて王国の方から船が来るのは一月中旬くらいって話だったからそろそろだな。艦の準備の方はどうだい?」
「もうばっちりですよ。あちらさんの国でもある程度の整備修理ができる程度には発注された工作艦の艦内の施設も充実させておいたから少しは向こうさんの負担も少なくなるんじゃねぇかな。もっとも、本格的なオーバーホールや改修や修理はちょっと難しいってところだな…」
「まぁ、先に渡したネルソンやロドニーも王国の今の技術じゃ無理だろうし、ある程度の大型ドックは王国向けにキープしておく必要があるかな…」
「ですな。イタオウ地区の方には大型ドックの予定は?」
「今のところ、小型ドック中心だよ。まぁ、ある程度、出来上がったら、一つ、二つは大型ドックを造ってもいいかなと思っている」
そう言った後、僕は苦笑して言葉を続けた。
「まぁ、まだまだ先の話だから、まずはしっかりと足場を固めないとね。そういう訳だから、これからも無理を言うかもしれないけど頼むよ」
「おうよ、任せときな、大将。出来る限りはするからよ。おっと、そろそろ時間だな」
僕の言葉に藤堂少佐は気持ちよく返事をして笑いつつ立ち上がる。
よく見ると会議終了予定の時間が近い。
さすがは時間厳守を信条とする藤堂少佐だ。
僕も立ち上がってドアの方まで送ろうとしたが、苦笑いをした藤堂少佐がジェスチャーで押し留めた。
「そんじゃ、大将、何かあったらまた呼んでくれ」
そう言うと、笑いつつ藤堂少佐は退出していった。
相変わらずの人だな。
そう思いつつ、インターホンを押す。
「東郷大尉、すまないが、新見中将と山本大将を呼んでくれないか?」
「はい。すでに控え室でお待ちになっておられますので、すぐにそちらに向われるように伝えます」
「ああ。頼むよ。ありがとう…」
「いえ…」
そして、ボタンから手を離すとソファの背もたれに身を任せて少し背を伸ばす。
ポキポキ…。
骨が気持ちいい音を立てる。
ゆっくりと首を回して身体を解す。
そうこうしているうちにドアがノックされた。
「どうぞ」
僕が立ち上がってそう言うと、ドアが開けられて四人の男性が入室してきた。
二人は、新見中将と山本大将だ。
そしてもう一人は、見た事がある顔だった。
二十代の男性で、短く切りそろえられた髪と縁の細い眼鏡。
よく言えばスラリとした感じの…、悪く言えば今にも折れそうな感じの体付き。
だが、その顔には細めの目に、引き締まった唇が意志の強さを感じさせる。
確か、この顔は資料で見た記憶がある。
「確か君は、的場大佐と同期の…」
「はっ。同期の三上勝正少佐であります」
そう言われ、はっきりと資料の内容を思い出す。
確か、一時的に軍務を離れていたと聞いたが…。
僕が考えている事がわかったのだろう。
「特別カリキュラムで三ヶ月ほど軍務から離れておりました」
そうだ。そうだ。
これからは、ある程度何カ国か話せる人材が必要だと感じ、語学能力に対して素養の高い士官を語学学習の特別カリキュラムで教育していたんだった。
確か、彼はその中でもトップの成績だったと聞く。
「そうか。無事終了したという事か。おめでとう。君達みたいな言語に堪能している人材はこれから必要になっていくからな。期待しているぞ」
「はっ。ありがとうございます」
次に最後の一人が敬礼する。
こちらは、七十代ぐらいの男性で、真っ白になった髪を短くそろえ、白い髭を生やしている。
優しそうな顔つきだが、時折目つきが鋭く感じられるのと皺の感じからかなり怖い印象を受ける。
しかし、この顔付きは…。
「お初にお目にかかります。老骨ながら予備役から復帰しました。予備少将の真田平八郎であります」
そう言って敬礼するのを見て、もしかしてとちらりと視線を動かす。
視線の先には、苦笑いしている新見中将の顔があった。
それで予想は確信になった。
「新見中将の…」
「はい。一応、父になりますな。妻とは離婚し、こやつは妻に引き取られましたからな」
だから、苗字が違うのか…。
そんな事を思っていると、山本大将が口を開く。
「この方は、私の師でもあります。ですから、艦隊指揮だけではなく、人格もしっかりされており、外洋艦隊の司令官としても問題ないと思って推薦するために連れてまいりました」
「なるほど…。新見中将も同意見かい?」
思わずそう聞いてしまう。
言った瞬間、言わなきゃよかったかなと思ったがもう遅い。
だが、普通に意見を求められたと思ったのだろう。
新見中将は、ちらりと真田予備少将を見て、真剣な表情で口を開く。
「お恥ずかしいながら、家庭人としては失格ですが、軍人として、社会人としては言う事はありません」
満足できる答えだったので、僕は頷くと二人を見て言った。
「わかった、山本大将と新見中将がそこまで言うんだ。彼を外洋艦隊司令官として任命しよう。それと三上少佐は、副官として彼についてくれ」
「「了解しました」」
二人はそれぞれ敬礼し、了承の言葉を口にする。
そして、僕は忘れていた事を思い出し、言葉をつづけた。
「それと、真田予備少将を少将として任命する。お帰りなさい。そしてこれからよろしく頼む」
そう言った後、右手を差し出すと、一瞬、驚いた表情になったが真田少将はすぐにニタリと笑った。
「こちらこそ、よろしくお願いしますぞ、長官」
そう言いながら手を出して握り返してきた。
その手と力は、まるで僕を試すかのように強くがっちりとしたものだった。




