キーチとマムアン その2
マムアンという名前の少女と出会ってから五日が過ぎた。
出会ったあの日以降、毎日二時間から三時間程度ではあるが彼女の案内で街の中をいろいろ案内してもらっている。
市場だったり、港だったり、観光名所だったり、実に多彩だ。
おかけでだいぶ、この街やこの国についていろいろ教えてもらったと思う。
そして必ず感じる事は、彼女のこの国を良く知ってもらいたいという気持ちだった。
また、最初に口にした報酬の件だが、彼女のお気に入りの屋台のご飯だったり、ちょっとした小物だったりと、ほんのわずかなものばかりで、そんなんでいいのかと聞いたら、「あんまり高価なモノやお金だとなんか嫌だし、それにせっかくだからキーチにはこの国を、この街を好きになってくれたらいい。それが報酬」と言われる始末だった。
その言葉や態度からも、彼女がこの街を、いや違うな…、この国全てを愛しているのが感じられた。
そして彼女はこの国の事を色々話した後、私の国、つまりフソウ連合の事を聞きたがった。
それはどんな国なのかから始まり、人々の生活の事、習慣や行事なんかも色々聞かれた。
もちろん、共和国を破ったフソウ連合海軍の事も聞かれたが、その辺は適当に誤魔化して答えた。
そして、「何でそんなに聞きたいんだ?」と聞いてみたら、「すごく興味がある」と返事が返ってきた。
多分、それはこの国の人々の一般的な気持ちなんだと思う。
実際、最初の店の店主がそうだったし、そのあとのいろんなお店でも、私がフソウ連合の人間だと知ると一気に対応が変わって親切になったりといった事からもそれはうかがえる。
しかし、それだと腑に落ちないのは初日の彼女の態度だ。
あの時、彼女は複雑そうな顔をしていた。
だから、つい、勢いで気になっていた事を聞き返す。
「じゃあさ、なんで最初の時に『フソウ連合はこの国では歓迎されているんだね』と言ったときに難しそうな顔をしていたんだい?」
「私、難しそうな顔してないわよ」
少しびっくりしたような顔をしたものの、すぐにこっちをうかがうような表情を浮かべてそう答える。
多分、誤魔化すつもりなんだろう。
でも、気になって仕方がなかったし、あの時は間違いなく複雑そうな表情をしていた。
だから再度聞き返す。
「ああ、難しいというか、複雑そうな表情だったよ」
マムアンは少し考え込むような素振りをした後、口を開きかけては止めを何回か繰り返した。
そして、決心がついたのだろう。
ため息を吐き出すと恨めしそうな視線を私に向けつつ口を開いた。
「見た目とは違って、以外と抜け目ないわね、キーチって」
「抜けているような顔で悪かったね」
少し拗ねたようにそう言うと、マムアンは苦笑した。
「わかったわ。わかりました。話します。話すから、もう拗ねないでよ」
そう言うと、仕方ないかといった感じの表情をして話し出した。
「今、この国は共和国と言う圧政者に苦しめられ、辱められている。彼らにとって、私達は下等な民族ですって。だから蔑み、弾圧する事は当たり前だと思っている。だから、そんな圧政者である共和国をコテンパンに叩き潰してくれたフソウ連合に人々は喝采を上げている。それに六強から見た東側のこの地域で唯一の独立国家で、王国、共和国を退けただけでなく、帝国も退けているまさに強国よ。だからこそ、この国の人々は誰もがフソウ連合に希望を抱き、彼らの活躍を期待しているわ」
そこまで話した後、息を吐き出し少し間をおいてマムアンは言葉を続けた。
「それに、私、あなたから話を聞いて、ますますフソウ連合に興味が沸いたし、好きなったわ。多分、他の人もそうだと思うの。知れば知るほどフソウ連合という国が好きになっていくでしょうね。でもね、もし、共和国からフソウ連合にこの国の支配権が移って、彼らが共和国のようなあまりにも酷い圧政者だった場合、どうなると思う?希望や期待は大きければ大きいほど、その反動はより大きくなってしまうわ。だからもしそうなったら、人々はフソウ連合と言う国を歓迎どころか、反発し、嫌うと思うの。だからあの時は、もし、そうなってしまったら嫌だなって思ってしまったの」
つまり、あの時、彼女はもしフソウ連合に人々が失望したらどうしょうと思ってしまったのだ。
それが顔に出てしまったらしい。
しかし、そこで私には引っかかるものがあった。
今、マムアンはなんと言っただろうか…。
『共和国からフソウ連合にこの国の支配権が移って』と彼女は言った。
だが、この街に来てから色々情報を集めた結果、一つわかった事がある。
それは、共和国がこの国をフソウ連合に譲渡するという情報は、まだ国民には知らされていないと言うことだ。
なのに、マムアンはなぜかフソウ連合がこの国の全ての権利を譲渡されるという事を話した。
つまり、彼女は、まだ流されていない情報を知っている事になる。
それはなぜか…。
私の中でさっきまであった楽しい気持ちが一気に下落し、疑心が生まれ、心を染めつつ満たしていく。
なぜ、こんな子がそんな極秘情報を知っているのか…。
警戒しておく必要性がある。
私はそう判断するが、マムアンの表情からは、ただ心底フソウ連合に好意を抱いている人々ががっかりする事に対しての心配をしているようにしか見えなかった。
わずか五日間、それも全てあわせても十二時間程度一緒にいただけだが、彼女に裏表があるように思えなかった。
多分、間違いだろう。
そうに違いない。
偶々、そういう感じに言ってしまっただけだ。
そう思いたかった。
だから、言わなくてもいい言葉を私は思わず口にしてしまう。
「なんでまだこの国の一般の人々に公開されていない共和国からフソウ連合への譲渡の件を知っているんだい?」と…。
その瞬間、マムアンの表情が強張る。
そして、まるで時間が止まってしまったかのような感覚が周りを支配した。
しかし、本当に時が止まるはずもなく、ましてや時を巻き戻す事も出来ない。
しまった。
私がそう思った瞬間だった。
彼女は脱兎のごとく走り出した。
慌てて伸ばして捕まえようとした手が空を掴む。
「ま、待ってくれ、マムアンっ!!」
だが、私の言葉に彼女は振り返ることも、立ち止まる事もしなかった。
あっという間に、人込みの中に姿を消してしまった。
今まであった明日会う約束もしないままに…。
ただ唖然として取り残された私にとって、このまるで魔法のような楽しい時間の終わりを記す出来事となった事だけははっきりしていた。




