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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十二章 講和

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晩餐会  その2

鍋島長官が、共和国のアリシア嬢をエスコートして壁際の長椅子に向かう様子は実にさりげなく、ほとんどの人々はそれに気がつかないほどであった。

もっとも、珍しい料理や酒が並び、気兼ねなく会話を楽しめるというのである。

それに夢中で、気がつかないといった感じなのだろうが、しかしその様子をじっと見ている三人の視線があった。


まず、一人目は、鍋島長官の秘書官である東郷大尉である。

最初こそ、きちんと長官の傍にいた彼女だったが、緊急な用事の為に少し席を離している間に長官とはぐれてしまい、会場内を探し回っていたところ、彼が異国の女性をエスコートしているところを発見してしまう。

まぁ、レディファーストと言う言葉があるのだから、別におかしくはない。

それどころか、エスコートする姿はなかなか様になっている。

白い肌と赤い髪。

まるでお人形のような女性。

そんな人を彼がエスコートしている。

そして、それをみて思った事は…唯一つ。

私だってまだしてもらった事ないのに…。

心の中でゆらりと黒い炎が燃え上がる感覚。

それは嫉妬であり、不安であった。

年末と年始の出来事から、互いに好意を持っている事はわかったものの、それはまだ絶対的なものにはなっていない。

「私、鍋島さんがきちんと言えるまで待ってますから…」

あの時、もちろん恥ずかしい気持ちもあったが、それ以上に彼女は怖くなり逃げてしまったのだ。

勇気がなかったのだ。

もし、あの時、勇気があれば、もしあの時はっきりさせてしまえば、今思うことは違うだろうし、こんな気持ちにならなかっただろう。

結局は、自業自得なのである。

しかし、それですっぱりと割り切れるほど出来た人格でもなければ、機械でもない。

恋と言うのは、きれいな事ばかりではない。

どろどろとした怨嗟にも似た感情が沸きあがることだってあるのだから…。

それに、彼の事だ。

多分、外交的な事だと思う。

きっとそうに違いない。

そう言えば、報告書でも要注意人物かもしれないと名前が挙がっていたっけ。

だから、探りを入れに行かれたんだろう。

そうだ。そうに違いない。

そう思った瞬間だった。

躓いたのだろうか。

アリシアが彼にしがみつき、彼もまた支えようと手を腰に回す。

まるで小説のワンシーンのような光景だ。

しかし、それは東郷大尉のやっと納まりかけた嫉妬の炎に油を注ぐ結果となってしまった。

油を注がれた嫉妬の炎が一気に燃え上がる。

まだ、互いに告白し、付き合うとなったわけではない。

しかしだ。

この気持ちは、押さえ切れなかった。

ついつい視線がきついものになる。

だが、自分に言い聞かせる。

何度も何度も言い聞かせて、何とか押さえ込む。

これは仕事の事なんだと…。

あれはたまたまなんだと…。

落ち着け。

落ち着くんだ私…。

東郷大尉は、自分自身にそう言い聞かせながら、目の前にあった清酒を煽るように飲んだのだった。


二人目は、今回の晩餐会の警備を担当する諜報部の責任者である川見悟大佐だ。

本当なら、警備部の創設も考えられたが、警備することで得られる情報も馬鹿にならないため、諜報部がこういった国同士の交流会などの警備をそのまま担当する事となった。

実際、この晩餐会会場には、共和国、合衆国関係者が何人もおり、盗聴器のような機械的なものだけでなく、読唇術などを会得しているものも配置されて彼らが口にする言葉は常にチェックが入り記憶されていた。

もちろん、そのほとんどは情報といえるものではないただの世間話だろうが、まったく情報がないとは限らない。

まさに砂漠の中で宝石を捜すような地道な努力が必要だ。

諜報とは、実に地味で根気のいる事なのである。

そして、そんな中、鍋島長官が共和国の要注意人物と一緒に壁際の長椅子に移動しているという事で、すでに何人かが動いていた。

もちろん、責任者の川見大佐もだ。

だが、彼は長官を尊敬し信頼していたから、彼から共和国側に情報が漏れるとは思っていない。

それどころか、うまくいけば情報が手に入るかもしれないのだ。

だからこそ、チェックしなければならない。

また、それと同時に、心配なのは長官の生命についてである。

外の国では、こういった場での暗殺は意外とあると聞いているためだ。

飲み物、食べ物に毒を混入から始まり、指輪についた小さな毒針、それどころか細くて丈夫な紐でさえも凶器となる。

だからこそ、厳重な持ち物検査とチェック、それにお客の監視が必要となっていた。

そして、長椅子での会話が進むのを見て、どうもその心配はしなくていいとわかった。

ふうっ…。

川見大佐の口から安堵の息が漏れる。

長官は相変わらずで、実に長官らしい会話だと思う。

また、身の危険もなさそうだ。

だがすぐに彼はちらりと視線を動かすと苦笑して呟く。

「長官も難儀な事だ…」

視線の先には、イライラを誤魔化すように清酒を煽るように飲む東郷大尉の姿があった。


そして、三人目は、合衆国フソウ連合駐在大使アーサー・E・アンブレラである。

彼は、リッキードの会話と食事を楽しむ振りをしつつ、二人の動きを目で追っていた。

さすがだな。押さえるところは押さえる。抜け目ない人だ。

彼は鍋島長官をそう評価した。

共和国駐在大使としてしばらく共和国にいたこともあり、アーサーは共和国の内情はよく知っており、実はリッキードよりも怖いのはあのお嬢さんだという事もわかっていた。

共和国の裏の世界に精通し、暗躍してきた一族。

その末裔が彼女なのだ。

特に彼女の母親は、かなりの策謀家だったと聞く。

そして、アリシア・エマーソンの周りにもその匂いがぷんぷんしていた。

それを裏付けるかのように彼女を調べさせようと動いていた諜報部員が何人も行方不明になっている。

それほどに危険な女なのだ。

そして、その彼女にすぐに接触を持つ。

それは、ある程度の情報がないと出来ない事だ。

確か、彼女に関しての情報はフソウ連合には送っていないはずだから、フソウ連合の情報収集から導かれたものなのかもしれない。

或いは、長官自身の判断かもしれない。

もっとも正確なところはわからないが、ただ言える事がある。

それは、鍋島長官と言う男ほど外見と内面が一致しない男はいないということだろう。

無害そうな顔の皮一枚の裏には、猛毒が含まれるほどの才能が眠っている。

そして、フソウ連合海軍の諜報部。

外の地ではまだまだといったところだが、フソウ連合国内では間違いなく超一流のスペシャリスト達がそろっている。

今の長官の接触一つとってもかなり綿密に用意されているに違いない。

フソウ連合…実に恐ろしい国だ。

だが、それ以上にやりがいがあり、楽しみな地でもある。

さて、明日の会議がどうなるか…実に楽しみだ。


そして、この後は、大きな問題もなく晩餐会は終了した。

この晩餐会によって、何が変わったのか。

それは、明日の講和会議で明かされることとなるのである。

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