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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十二章 講和

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晩餐会  その1

フソウ連合暦 平幸二十四年一月十六日 十七時三十五分。

フソウ連合の外交の玄関口であるナワオキ島のテンマフ港に共和国の使節を乗せた艦隊が到着した。

港で使節団を持っていたのは、フソウ連合海軍の演奏隊が共和国の国歌を演奏し、使節団を歓迎する催しであった。

一糸乱れぬ演奏、降りてくる使節団にあわせて整列し敬礼する兵士達。

どれを見ても六強に負けず劣らずというよりも、それ以上の極上の歓迎式典だった。

そして、まるで狐にでも騙されているのではないだろうかといった感じできょとんとしたリッキードを初めとする共和国の使節団に、多数の人を引き連れて近寄ってきた白い軍服を着た人物がいた。

二十代後半といった感じの若いどこにでもいそうな平凡な感じの人の良さそうな顔付きの男性である。

男性は、にこやかに笑うと右手を差し出した。

「あなたが使節団団長ですね。ようこそ、フソウ連合へ」

「あ、ああ…ありがとう…」

雰囲気に呑まれ、名前を聞くことも忘れて右手を差し出して握手するリッキード。

そして、男性は次に横にいたアリシアにも右手を差し出す。

アリシアも予想外の出来事に雰囲気に飲まれてはいたものの、さすがにすぐに右手は差し出さなかった。

「まずはお名前を名乗るのがスジではなくて?」

そう言われ、男性は苦笑して頭をかく。

「これはこれは失礼しました。私は、フソウ連合の外交部最高責任者であり、フソウ連合海軍司令長官を務める鍋島貞道といいます。以後お見知りおきを…」

そう言って自己紹介をして頭を下げる男性。

その言葉に、唖然とした表情を隠す事を忘れてしばし男性を見つめるアリシア。

それはそうだろう。

こんな若い男性が、外交の責任者で、海軍の司令長官だと思うだろうか。

しかし、彼の後ろには、困ったなといった感じの表情の強面の男性や苦虫を潰した軍人に、なんか不機嫌そうな表情の秘書らしき女性もいるが、彼らはこの男性の行動を止めようとしていない。

それはつまるところ、この男性が言っている事は、間違っていないという事なのだろう。

そこまで思考し、アリシアは差し出されている右手に気がついて慌てて口を開く。

「これはこれは…。失礼しました。こちらは共和国使節団団長であるリッキード・エマーソン議員で、私は議員の秘書を務めておりますアリシア・エマーソンといいます」

そう言って右手を握り返した。

本当なら、ドレスならすそを少し上げて優雅に挨拶をしたいところだが、あいにくパンツスーツである。

さすがにその服装ではちと無理だろう。

こんなことなら、ドレスを着ておけば良かったと思う。

まさか、こんな歓迎を受けるとは予想しておらず、何かあった時のために動きやすい格好の方がいいと判断したのだ。

しかし、それが思いっきり裏目に出てしまった。

まずったわね…。

アリシアがそんな事を思っている間にも、鍋島は次々と挨拶をし、握手をしていく。

だが、さすがにそろそろ不味いと思ったのだろう。

秘書らしき女性が鍋島に近づくとなにやら囁く。

その囁きに、鍋島は苦笑し頭をかいている。

その様子はまるでやりすぎた子供を叱っている母親のようで、アリシアは思わず苦笑を浮かべてしまう。

確かに威厳とかは微塵も感じさせないが、代わりに親しみを感じさせてくれる。

それはアリシアだけでなく回りの人達も同じだったようで、いろんなところでくすくすといった感じの笑い声が漏れていた。

それは、共和国の使節団だけでなくフソウ連合の海軍の方も似たようなもので、海軍の人々にこの長官は慕われているんだというのが感じられる。

今までの軍人とはまったく違うタイプだ。

あの青島少尉といい、この鍋島長官といい、この国は面白いな。

アリシアは、心の中で意固地になって硬くなっていた警戒心が解かされていくのを感じていた。


ちょっとしたトラブルはあったものの、歓迎式典は終わり、その後はフソウ連合主催の晩餐会が行われた。

立食式の実にシンプルなパーティであったが、その質素さがかえって新鮮であった。

地味ながらもしっかりと丁寧に作られた最小限の装飾品のみの部屋には、料理や飲み物をのせたテーブルが幾つも並び、電気の明かりだろうか…部屋の天井にはランプでは考えられないような明るさのシャンデリアが灯っており、壁際には休憩用の長椅子が並び、何人もの給仕が飲み物や食べ物を運んでいる。

どこをどう見ても、未開の文明の国が主演するパーティとは思えない。

しかし、それでも大きく違うことがある。

それは、こういった場で当たり前のように行動を縛る肩書きや階級や身分があまり意味を成さないことだ。

確かに最低限の礼儀や節度は求められる。

しかし、他の国ではありえない階級の低い者が上の者に話しかけたりといった光景が普通に目の前に展開している。

そこには、自分の国になかった自由が感じられた。

開催の挨拶をした鍋島長官がいうには『ブレイコウ』と言う慣わしらしい。

なんとなく、合衆国のパーティに近いものかなと思ったが、あれ以上に自由であった。

また、出されている飲み物、食べ物も今まで経験ないものばかりであった。

六強各国のパーティでよく出されている料理と思われるものがあるかと思えば、見たこともない食べ物が幾つも並び、また飲み物も酒類だけでも実に二十種類以上、ソフトドリンクも含めれば四十種類近くなるのではないだろうか。

よくパーティに出される料理や飲み物でそのパーティの主催者の力がわかるとは言われるが、食べて飲んでしまえばなくなるモノに金をかけているという事は、かなりの力を持つと言う事だろう。

そして、よくありがちな建物や会場の華やかさだけに金をかけている連中と違い、質実剛健を感じさせる。

これは…祖国である共和国をはるかに超える国ではないだろうか…。

フソウ連合領海に入ってからあった出来事を思い返し、アリシアは苦笑した。

そして、ふと思い出す。

そう言えば、父はどうしただろうか?

確か一緒に来たはずだったが、気がつけば一人になっていた。

つまり、会場に圧倒されて、父親の事まで頭が回っていなかったのだ。

今までで初めてのことであり、そんな自分に驚いてしまう。

慌てて会場を見回すと招待されていた合衆国大使となにやら楽しそうに会話し、食事と飲み物を楽しんでいた。

もし、これが本国で行われるパーティなら、多分、父はもっと緊張し、引き締まった顔で対応していたに違いない。

もちろん、食べ物に手を出す事もないはずだった。

しかし、ここではまるで警戒しておらず、純粋に楽しんでいる。

実に普段と変わらない、いや普段以上に楽しんでいる姿は、港に着くまでぐったりとした無気力気味な様子とは正反対だ。

「もう…お父様ったら…」

少し呆れて、アリシアはそう呟く。

なんか私も楽しまないと馬鹿みたい…。

ふとそんな気がしてしまった。

以前なら、絶対に思わないことを思ってしまう。

なんか開放されたといったほうがいいだろうか。

今まで硬い檻の中に入っていた気分になる。

そんなことはないはずなのに…。

ふう…。

こっちに来てから、どうかしているわ、私…。

そう思ってため息を吐き出したアリシアに、声がかけられた。

「楽しんでいただけてますか?」

そう言って声をかけてきたのは、鍋島長官だった。

「ええ。楽しませていただいております」

そう答えるアリシアに、鍋島長官は透明の液体の入ったグラスを差し出す。

それを受け取り、アリシアはニコリと微笑む。

「祖国とは違って、なんかくつろげるパーティですわ。それに、食べ物も飲み物も美味しいですし…」

そう言ってアリシアは受け取ったグラスを口に運んだ。

独特のにおいとそれでいてすっきりとした飲み口、そして口の中に残る甘み。

そして飲んだ後に残るカーッとした熱にアリシアは驚く。

「これは…」

「清酒です。フソウ連合でよく飲まれるお酒の一種ですよ。米から作ります」

「米?米ですか?」

共和国では、米はほんの一地域のみが食べるある意味、雑食のイメージだった。

だから、どちらかと言うといいイメージはない。

しかし、清酒にはそのイメージとはかけ離れた清潔感やすがすがしさがある。

「驚きです。米でこんなお酒ができるなんて…」

「ああ、結構強めなので気をつけて飲んでくださいね」

「みたいですね。飲んだ後、一気に熱くなりました」

そう言って笑うアリシアに、鍋島長官も笑いつつ言う。

「そう言えば、共和国では、大麦が主食でしたね。我々フソウ連合では、米が主食なんですよ。あちらのテーブルに米を使った料理なんかも用意してありますから、良かったら一度ご賞味してみてはいかがでしょうか?」

その言葉に、指差されたテーブルを見て一瞬何かを言いそうになったアリシアだったが、ぐっと飲み込み、そして真剣な表情を鍋島長官に向けつつ口を開いた。

「貴方は…フソウ連合は、何を考えていらっしゃるのですか?」

思わぬ言葉がかけられた為か、鍋島長官は少し驚いた表情をしたものの、すぐにニコリと笑った。

「青島少尉の言うとおり、あなたに話をつけるほうが話が進みそうですね」

そして、壁際の長椅子の方にアリシアをエスコートするのだった。

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