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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十二章 講和

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寄港

「えげつない事するなぁ…。あれは心臓に悪いってレベルじゃないぞ…」

護衛駆逐艦ジョン・C・バトラーの艦橋で、双眼鏡を覗き込んでいた合衆国大使、サキ・E・ヴェリュームが呆れたようにいう。

彼の視線の先には、一方的に砲撃され続ける共和国艦隊の姿があった。

その様子は、はたから見ても実に無残で、それでいて滑稽な光景だった。

真剣な分、笑いを誘ってしまうのだ。

当時者でなければ、まさに喜劇と言っていいだろう。

それと同時にああはなりたくないと真相思わせてしまう迫力があった。

その隣で同じように双眼鏡を覗いていた合衆国フソウ連合駐在大使アーサー・E・アンブレラは淡々と言う。

「何を言っている?報告書にも上げたとおり、この国は、恩には恩を、それ以外には、それ相当の対応をする国と報告を上げていたはずだが…」

「確かにその報告は見たよ。君の報告は、必ず見るようにしていたからね」

「そりゃどうも。ならなぜ?」

「いくらなんでも、ここまで徹底とは思ってもみなかったよ。フソウ連合も今回の戦いで疲弊しきっていると思っていたから、恩を売る為に共和国に今回の話を持って言ったんだけど…こりゃ、相当恨まれているかな…」

まるで悪戯が見つかった子供のような表情をして人事のように言うサキに、隣にいるアーサーは心底呆れた声で言い返す。

「そりゃ…恨まれているだろうな。私なりの分析だが、リッキードという人物は、権力を欲している割に、些細な事を根に持つ結構肝っ玉の小さな男だからな」

「それは怖い、怖い。十分に気をつけねば…。ご忠告、感謝するよ」

「自分だって同じような分析をしているだろうに…。だから、話を持って言ったんだろうが…」

「ああ、もちろんだとも。笛を吹いても踊ってくれない相手だと、つまらないじゃないか。やはり、大物より小物の方がよく踊ってくれるし、楽しいからな」

ふざけたような口調に、アーサーは双眼鏡を外すとサキを睨みつける様に見て言う。

「私としては、いい加減、貴様のお遊びに付き合う気はさらさらないからな。だが、こっちの仕事の領分に入り込んだら、即効にそれに相応しい対応をする。わかっているだろうな?」

怒気の孕んだ言葉に、サキは慌てて双眼鏡を下ろし答える。

「も、もちろんだとも。アーサー、君の仕事の邪魔はしない。絶対だ。それは誓う」

「そうか。ならいい。だが…」

鋭かった視線を緩め、穏やかな口調でそう言った後、再度じろりと睨みつけてアーサーは言う。

「ここ、フソウ連合は我々とは価値観の違う国だ。そして私の大切な仕事場だ。間違えても虎の尾を踏んだりするなよ」

それは何をしでかすかわからない同僚に対し、釘を刺す言葉だった。

「わかってますって。虎も怖いが、それ以上に君の仕返しが怖いからね。精々気をつけておくよ」

そう言うとサキは背伸びをした後、歩き出そうとする。

それを不審な者を見るような視線を向けてアーサーは口を開く。

「どこに行くんだ?」

「会議の準備をする為に部屋に戻るのさ。今のでかなり修正しなきゃならないみたいだからね。よかったよ、この国のやり方を直に見られて…」

そう言うと、サキは双眼鏡をアーサーに渡すと下に下りていった。

その後姿を見送りつつ、アーサーは呟くように言う。

「あまり下手な事はしてくれるなよ。お前の『気をつけておく』ほど当てにならないものはないからな」

その表情は、苦虫を噛み潰したようなものになっていた。


そして、その日の夜になってやっと案内する二隻のフソウ連合の艦と共和国艦隊はアカン港にたどり着いた。

アカン港。

各地区が海軍に提供したいくつもの無人島の一つで、今は簡単な湾岸と軍と補給施設のみが建築され、百名ほどの小規模の部隊が警備や哨戒の為に滞在している。

本当なら、このまま夜間も進んで一気に行きたいところではあるが、まだ結構な距離がある上に、不慮の事故や問題が発生する恐れを考慮して近くの港で一泊して明日にナワオキ島のテンマフ港に到着する事となった。

しかし、これでもかなり急いだ方である。

もし、共和国艦艇の巡航速度である十~十三ノット前後ではまだアカン港にさえたどり着けないだろう。

まるで嫌がらせのようにどんどん先に進むフソウ連合の艦に、最高速度である二十ノット近い速度で遅れないように精一杯ついていった結果なのである。

だから、青島少尉の「ああ、つきました。こちらが今夜の停泊地、アカン港です」と言う言葉に、船長を初め、乗組員は全員ほっとした。

緊張の連続と不安に心は蝕まれ、このまま徹夜で進み続けられたら、たまったものではないという気持ちが強かった為だ。

特に、青島少尉の相手をする必要があるリッキードの負担は大きかった。

青島少尉が乗艦してから数時間過ぎた後には、絶え間ないプレッシャーと緊張に心身共に疲れ果ててしまっていて、最初のころの元気はもうなくただ惚けたように笑うだけであった。

そして、そんな誰もがボロボロの中、それでもきちんと青島少尉の対応をしていたのはアリシアだった。

食事の対話一つとっても、受け答えがきちんとしており、ただ頷き笑うリッキードと比べればどちらが団長かと思われるほどであった。

実際、青島少尉も、リッキードが思った以上に役に立たないとわかってしまってからは、アリシアに話しかけることが多くなった。

そして、アリシアの知識の豊かさと深さ、それに巧みな話術といった才能に驚くこととなったのである。

また、裏を返せばそれはアリシアも同じであった。

たかが東の未開の文明の人間、それもガサツで横暴な軍の下っ端と思っていた人物が、まさかここまでしっかりした知識を持ち、礼儀作法に優れた人物とは思っていなかっただけに衝撃的だった。

だから、互いに驚きをもったのと同時に、相手に敬意を払う必要性があることを認識するには十分であった。

そして、やっと、無事に共和国艦隊の五隻はアカン港に停泊する。

「お疲れ様でした。皆様お疲れのご様子ですから、本日はその港でゆっくりとお休みください。ただし、すみませんがこの埠頭と艦の近くは警備させていただきます。また、艦からの下船、湾内での武器の使用は禁止されております。もし、それらに違反があった場合は、厳しい対応を行います。よろしいでしょうか?」

そう言ってにこやかに笑う青島少尉。

それに微笑を返すアリシア。

「ええ。わかりましたわ。少尉こそ、案内お疲れ様でした。不手際だらけだったかとは思いますが、着くまではよろしくお願いいたします」

「いえいえ。お気になさらず。これも任務ですので…」

「そう言っていただければ、すごく助かりますわ」

アリシアは青島少尉にそう返事をして、今度はリッキードに話を振る。

「それでかまいませんね、お父様」

いきなり話を振られ、少し慌てるリッキード。

しかし、何とか口を開く。

「あ、ああ。それでお願いする」

リッキードはそう言うと、力なく笑う。

その姿は見た目がいい分、実に痛々しく皆の目には映る。

そして、その姿に、艦長を始めとした乗組員はほっとした表情を浮かべてリッキードに同情する視線を送っていた。

なにかあれば講和どころの騒ぎではない。

戦争継続、それだけでなく自分らは真っ先に殺されるかもしれないのだ。

そのとてつもないプレッシャーと緊張が、ほぼ半日の間休みなくリッキードに半端なく襲い掛かっているのをこの場にいた全員が感じ、理解していた。

だからこそ、疲れきっている艦長や乗組員からしてみれば、俺じゃなくて良かったという安堵と同情以外、何も感情がわかなかったのである。

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