おもてなし その1
「まもなく、フソウ連合の領海に入ります」
「ふむふむ。嵐の結界ってやつだな」
艦長の説明に、リッキードはそう答える。
「はい。嵐の結界であります。もっとも、この新鋭艦の前では、結界など関係ありませんが…」
その言葉にリッキードは満足そうに頷く。
そして、艦橋から周りを見渡す。
彼の視界には、本艦、艦隊旗艦である重戦艦ラル・ローフレアを中心に進む共和国艦隊の容姿がある。
重戦艦四隻、戦艦六隻、装甲巡洋艦十二隻、その他十二隻の計三十四隻の大艦隊だ。
共和国の本国にまだ残っている三個艦隊のうちの一個艦隊である。
本来なら、こんな艦隊で行く必要性はなかったが、まだ共和国にはまだこれだけの艦隊を普通に差し向ける力があるのだぞという圧力の演出と、お前達は劣等民族であり、我々に従えという共和国国民の意思を示すためであった。
「ふふふ。この大艦隊を見れば、疲弊しきったフソウ連合の連中は、泡を食って従うに違いない」
「まさに。リッキード議員の言うとおりであります」
艦長がそう言って笑う。
そのあからさま過ぎるよいしょにリッキードは苦笑したが悪い気はしない。
リッキードが入手にした資料には、フソウ連合海軍の艦艇の実に半数以上が被害を受けたという事であり、また生き残った兵士達のかなり激しい戦いであったという話を聞き、あの戦いでフソウ連合の海軍力は大きく落ちたと考えていた。
それに自国の二個艦隊が壊滅したのだ。
いくら負けたとは言え、それぐらいは被害を与えているに違いないという強い願望がそう思わせていたのかもしれない。
だからこそのあの条件なのだ。
もし飲まなければ、この艦隊で圧力をかけてやればよい。
そうだな、都市の一つや二つは、餌食にしてもいいだろう。
我々は支配者なのだ。
その驕りがリッキードを高揚させていた。
そんな中、艦橋の後部にあるドアが開く。
「お父様っ、こんなところにおられたのですか?」
そう言いつつ、艦橋に入ってきたのは、リッキードの娘であり、秘書でもあるアリシア・エマーソンだ。
「ああ、まもなく嵐の結界らしいからな」
「あら、あの昔の話に出てくる嵐の結界ですの?」
「ああ。その通りだ。もっとも…今では結界としては役立たずのようなものだがな」
そう言って笑うリッキード。
「でも、観光名所としては使えましてよ、お父様」
「おおっ。そうだな。それは思いつかなかった。さすがはわが娘よ」
そう答えてますます笑うリッキード。
それをうれしそうに見ているアリシアと媚びた笑いを浮かべる艦長と艦橋にいる乗組員達。
そんな中、ついに結界内に入ったのだろう。
天候が崩れ始め、波が荒れる。
大きく揺れるが、艦体はびくともせず進む。
それはリッキードの圧倒的な自信の表れのようであった。
「こちら、南部哨戒隊の二式ニイマルサン-ニイ。繰り返す。こちら、南部哨戒隊の二式ニイマルサン-ニイ。お客さんを発見した」
「こちら、南方哨戒隊本部。聞こえているぞ。予想通りだな。で、お客さんの数はどうだ?」
「そうだな…。ざっと三十二ってところだな。連中…王国を通じて出した声明を知らないのか?」
「知っている、知っていないは関係ない。こっちはもう声明は出しているからな。関係ないさ。ところで進行方向はどうだ?」
「予想進行方向どおりだ。間違いなく歓迎地点に出るぞ」
「了解した。艦隊に知らせておく。そのまま監視を続行しろ」
「了解。ニイマルサン-ニイ、監視を続けます」
激しい嵐を抜けて、共和国艦隊はゆっくりとフソウ連合領海に入る。
そして、そこで待っていたのは、砲撃の歓迎だった。
艦隊が半分ほど出てきた時点で砲撃が開始される。
艦体の周りに幾つもの水柱が立ち、艦体を大きく揺らす。
「な、何事だっ」
リッキードが倒れかけた娘を支えつつ叫ぶ。
「敵艦隊…いやフソウ連合の艦隊からの砲撃のようです」
「なぜ砲撃されるっ」
「わかりませんっ。議員っ、反撃を」
「何を言っているっ。反撃してみろっ、講和どころではないぞっ」
「しかしっ…」
「ええいっ、なぜ砲撃してくるのだっ。我々は講和の使者だぞ」
そのリッキードの声に、アリシアが呟く。
「『領海内に入ってきた六隻以上の艦隊には警告なしに攻撃する』…。実践していたなんて…」
「なに?どういうことだ?」
リッキードがその呟きを聞き、慌てて聞き返す。
「前回の戦いの前にフソウ連合は王国を通じて『領海内に入ってきた六隻以上の艦隊には警告なしに攻撃する』と通知していたはずです。でも、まさか、本当にしてくるなんて…」
アリシアの言葉に、リッキードも思い出す。
そう言えば、その宣言は、まだ撤回されていなかったと…。
すーっと顔から血の気が引く。
威圧の為の艦隊がこんな結果をもたらすとは予想もしていなかった。
今のところ艦隊に被害が出ていないが、このままでは一方的にやられるのも時間の問題だろう。
しかし、なぜ被害が出ていないのかをリッキードはわかっていなかったが、わかるものにはすぐにわかっていた。
「わざと外していますね…」
アリシアの言葉に、艦長も頷く。
噂ではあるが、フソウ連合海軍の熟練度はかなり高く、自国の主力部隊なら間違いなく数発は当てているだろうというのに、まだ命中弾がないのはおかしいと思ったのだろう。
しかし、いつまで外して攻撃してくるだろうか。
五分後か、十分後か…。
いや、もしかしたらすぐにでも本気で攻撃してくるかもしれないという恐怖が、共和国艦隊の全員を蝕んでいく。
それはまさにじわじわと真綿で首を絞められていくかのような感覚であり、その不安と恐怖は、豪胆な海の男たちである共和国海軍軍人さえも弱気にさせるのに十分であった。
そして、その恐怖に耐え切れなかったのだろう。
「議員、一旦、領海外に出ましょう。そして、五隻で再度領海に入りましょう」
真っ青な顔の艦長が叫ぶように提案する。
その提案に、頭が真っ白になっていたリッキードだったが、我に返って叫ぶように命令を下す。
「あ、ああ、その通りだ。急いで艦隊を一旦領海外に出せ。急げ、急ぐんだっ」
誰もが一分、一秒でも早くここから立ち去りたかったのだろう。
その恐怖と不安から逃げたかったのだろう。
リッキードの叫ぶような命令に、全員が慌てて従う。
艦隊は慌てて方向転換をし、結界内に戻っていく。
唯一の救いとなるのは、そんな慌てふためいた中でも艦体同士の接触事故がなかったことだろう。
普通なら、接触事故があってもおかしくない程度の混乱なのだから…。
もう、誰もが砲撃してくる艦隊がいる方向を見ていない。
ただただ逃げる方向のみを見ている。
それは恐怖から目をそらす行為と言っていいだろう。
しかし、そんな中で、砲撃してくる艦隊のいる方向を見ている人物がいた。
きつめの表情に、怒りと憎しみに燃える目で睨みつけるように見ている人物。
アリシア・エマーソン。
彼女ただ一人だけが、恐怖よりも怒りに支配されていた。
「こちら、南部哨戒隊の二式ニイマルサン-ニイ。繰り返す。こちら、南部哨戒隊の二式ニイマルサン-ニイ。お客さんは、最初のおもてなしに感激したようだ。一旦、化粧直しの為、領海外に退出する模様」
「こちら、南方哨戒隊本部。化粧直しか…。それはいいな。それで、敵艦隊に被害は出ているか?繰り返す。敵艦隊に被害は出ているか?」
「どうやら被害は出ていない模様。味方同士の接触もなし」
「了解した。それは運がいい事だ。彼らにそのまま幸運が続くといいな。なお、ニイマルサン-ニイはそのまま監視を続行せよ。化粧治しの様子も逐一報告を頼む」
「了解。ニイマルサン-ニイ、監視を続けます」




