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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第十一章 戦いの後に… 世界編

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転移した先で…  その1

薄れゆく意識の中、生きたいという意志の力、まさに最後の力で、何とかパスワードを唱えたものの、もうそれで精一杯だった。

段々と思考が止まりかけていき、身体は痛みで動けずに段々と寒くなっていく。

多分、転移したとしても自分は助からないだろう。

ぼんやりとした思考の中、そう思う。

なんせ、転移の魔法で必要な行き先の設定なんてやっていなかったのだから。

それに、もし万が一無事に転移できたとしても、すぐに治療を受けなければこの傷のままでは助からない。

多分…血を流しすぎたんだ…。

そんな事が頭に浮かんだが、もう手遅れだった。

生きたいという強い意思があったとしても、それだけではどうにもならない。

強い魔力も、魅力的な身体も意味がない。

ただ、この瀕死の状態でどうすればいいのか…。

無駄じゃないか。

なんでパスワードなんて唱えたんだろう。

後悔が…思考を支配する。

でも…。

私が死んだとわからなければ、あの男…。

私を振り、私を殺そうと…いや、殺しかけている男。

カワミといったあの男に不安と恐怖を残し続ける事ができるだろうか…。

まぁ、それはそれでいいのかもしれない…。

あの男の記憶の中で…。

私は…。

生き続けられるのだから…。

そして、そこまで思考がたどり着くと、なぜかほっとしてアンネローゼはそのまま意識を手放す。

そして意識は暗い闇の中へと沈んでいった。


まず気になったのは音だった。

何やら周りがうるさいような気がする。

機械音と人の声、それに何やら響く音。

それらがごった煮のごとく混ざり合い、耳の中に入り込んでくる。

一旦それが気になると、人としては面白いものでそれは余計に気になってしまう。

そして、音が気になり始めると、今度は自然と肌に当たる空気の感覚、そしてじわじわと広がるように自分と言う身体の存在を実感していく。

それにあわせてゆっくりとまるで亀の歩みのように志向が動き出す。

あまりにもトロイ歩みだが、はっきりとわかる事が一つだけある。

それは…まだ生きているという事実。

生きている?

自分は生きているのか?

そう思った瞬間、身体と精神が繋がったような感覚が感じられ、そしてそれにあわせて思い出したかのようにと身体中に激痛が走った。

あまりの痛みに思考が焦げ付くような感覚になる。

だが、それは希薄だった生きていると言う現実を実感させるのに十分なものだった。

そうか…。

私は…死んでいない。

生きているんだ。

そして、まるで自分のものではないように重いまぶたを少しずつゆっくりと開ける。

まぶたの隙間から目に入り込む光のまぶしさに痛みさえ感じる。

無意識のうちに手で遮ろうと思ったが、肉体はまるで重石を付けられたかのようにとても重く、また少しの動きでさえも生まれる激痛で動かす事ができない。

それでも目が少しずつ明るさになじんできたのだろう。

光しか感じなかった瞳がゆっくりと…そして確実にあたりの情景を映し出す。

焦点の合わなかったぼんやりしたものが少しずつ絞り込まれ、輪郭をはっきりとさせていく。

そして目に入ったもの、見知らぬ天井がそこにあった。

所々色がはげて錆びついたような年季の入った金属性の天井。

それに独特の匂いが鼻の奥に入り込んできた。

そしてその匂いを私は知っている。

ゆっくりと思考を回転させて思い出していく。

この匂いは…。

そして、普段なら考えられないほどの時間をかけてやっと一つの答えに行き当たる。

この匂いは…潮の匂いだ。

そして、やっと自分の身体がベッドの上に寝かされており、ベッドごとわずかだが揺れている事に気が付いた。

もしかして…ここは船の上?

すべての条件からそう判断した時だった。

「おっ、気がついたか、お嬢さんっ」

視界の外からそう声が聞こえてきた為、慌ててゆっくりと顔を動かして声の方向を見る。

そこには知っている顔があった。

確か…。

まだ本格的に働かない思考を動員して記憶を遡っていく。

しかし、記憶がたどり着く前に口が動いていた。

「せ、船長…さ…ん?」

「おうよ。覚えてくれていたか。もし覚えていてくれなかったらどうしようかと思っちまったぜ」

そう言って豪快に笑う男。

彼は、アンネローゼがフソウ連合イタオウ地区に侵入する為に手引きをした密輸を生業とする密漁船の船長だった。

「私…どうして…」

そう聞くアンネローゼに、船長は少し驚いた表情をしてみせながら口を開く。

「いやな、いつも通りの密輸の仕事をしようと思っていたら、帝国と連合の海戦なんて始まっちまったおかげで仕事も出来ずに諦めて戻ろうとした時に、いつの間に居たのかわからんが血みどろのお嬢さんが甲板に倒れているのを発見してな。慌てて手当てをして今に至るってところだな」

「そ、そうだっ…。今はいつなの?」

慌てて聞くアンネローゼに、船長はちらりと部屋にあるカレンダーに視線を移す。

「今日は十二月三十日ってところだ。お嬢さん、あんたは五日間眠りっぱなしだったんだぜ」

「う、うそっ」

「嘘はいわねぇよ。間違いなく、十二月三十日だ」

その言葉に、何とかカレンダーを見ようと身体を動かそうとする。

しかし、激痛が走り、あまりの痛さに口から言葉が漏れ、顔が歪む。

「いっ…」

「おっと、まだ動いちゃ駄目だ。すげぇ怪我で、血がかなり流れたからな。本当に生きているのが不思議なくらいさね」

そう言って、船長は優しく私に笑いかける。

「手当ては?」

「ああ、うちの船員に医者の真似事が出来るやつがいてな。そいつが手当てをやったが、十中八九助からないとか言ってやがったんだぜ。確かに、出血は多かったし、傷も酷かったけどよ、俺は大丈夫だと信じてさ」

「そう…」

私はそう答えて考える。

なぜ死ななかったのか…。

恐らくだが、手当てをされて出血が少なくなった事と生きたいという意志によって魔力を無意識に再生や回復に回して細胞が活性したおかげだろう…。

実際、今、私の身体からは魔力がほとんど感じられず、ましてやないものを操る事ができるわけがない。要は、ただの女と言うわけだ。

なにやってんだろう…。

自然と苦笑気味な笑みが浮かぶ。

その笑みをどう取ったのだろうか。

船長は慌てて私を覗き込む。

「まぁ、しばらくはゆっくりする事だ」

船長はそう言ってぽんぽんと私の頭を軽く叩き、部屋から出て行った。

その後姿を見送った後、私はまだ本格的に動かない思考を何とか動かす。

なぜ、私はこんなところに…。

そう思ってみて、思いつく事が一つあった。

私は、彼の笑顔を少し羨ましいと思っていた。

それは憧れだった。

私もあんな風に笑えたらいいなと…。

だから、その出来事が強く記憶に残ったのだろう。

だからこそ、行き先不明の転移で彼のところに飛ばされたのだ。

そして、私は自分自身に呆れてしまう。

転移して行きたいと思うほど、どんだけ私は船長を羨ましく思っていたのかを…。

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