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異世界艦隊日誌  作者: アシッド・レイン(酸性雨)
第一章 はじまり、そして始めての海戦(ガサ沖海戦)
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本会議後 シマゴカ地区責任者西郷敏明の場合

「よろしかったのですか?あんな男を信用しても?」

会議の後の指示を終えて控え室で休もうとドアに手を伸ばしたところで、後ろから声をかけられた。

イタオウ地区責任者の橋本公男だ。

もっとも、会議が終わってから私の近くをうろうろしていたから話があるのだろうとは思っていたが、まさかここで話しかけてくるとは思いもしなかった。

もっといいタイミングはいくつもあっただろうに。

それなのに、今頃とは…。

もう少し思考するように言いたいところだが、まぁ、言っても意味がない事はわかっているし、この男にはそれほど期待していないので何も言わない。

徒労に終わる事はしないほうが良い。

しかし、残念な事に、こいつはわが娘の婿なのだ。

私の三人いる一番上の娘婿ではあるが、私の中での評価は限りなく低い。

最初はもっと出来る男と思ったのだが、今では見込み違いだったと判断している。

なぜあの時、結婚を許したのか…。

あの時に戻る事ができたなら、絶対に結婚は反対していただろう。

そんな私にとってのほとんど価値のない男が、後ろから声をかけてきたのだ。

気分が一気に悪くなる。

「何がかね?」

私は不機嫌そうに聞きかえす。

しかし、それさえわからずに納得いかないといった感じの不満そうな顔で言葉を続けた。

「あの今日会ったばかりの若造です。確かに戦力は持っているでしょう。ですが、それが我々の役に立つとは思えません」

その言葉にうんざりする。

役に立つか立たないかは関係ない。

うまく利用していかに役に立たせるかを考えればいいだけなのに、それさえも思いつかないのか、この男は…。

私の中でのこの男の評価がまた下がる。

ただ気に入らない、必要ないからと切り捨てていくだけなら、馬鹿でも出来る。

それでは政治はうまく回らない。

いかにうまく相手を利用していくか。

役に立たないようでも、役に立たせる。

嫌なやつでも使えるものは使っていく。

それが政治というものだという事をいい加減わかってもいいだろうに…。

何年地区責任者をやっているのかと言い返したくなる。

それを抑えつつ、何もないかのように視線を向けてこの男の疑問に言葉を返す。

「役に立つ立たないは関係ない。今の我々にはやつの戦力が必要なだけだ。だからこそ、恩を売っておく必要がある。それに何かあったときは、責任を押し付けて失敗をネタに足元をひっくり返せばよいだけだ」

私の言葉に満足そうに橋本は頷く。

「おお。確かに…。そうすれば、あの若造を失脚させ、あの戦力をわれらのモノに出来ますな…」

その浅はかな思考にため息が漏れそうになった。

あの戦力を別にわれわれのモノにする必要はない。

あれを維持し、統率するのは今の我々にはまず無理だろう。

その為の知識も基盤もノウハウもない。

何もない状態で、何ができるというのだ。

実際、話に出てきた各地区ごとの防衛軍の話でさえ、あの男と海軍の協力がなければまったく進まないだろう。

しかし、そのまま受け入れるのも面白くなく、また技術を独占させない為にと難癖のつもりで言った

水上機と小型艦船の提供と言う提案も、迷うことなく即答で受け入れてみせた。

その態度に感心し、どれが必要か必要ないか、譲歩できる部分と出来ない部分がはっきりわかっており、何よりきちんとした目標のためには少々の事は問題ないという事が伺える。

それに、あの特殊な技術などを我々が理解するには時間がかかる事や、そう簡単に真似できるものではないという事がわかっているのだろう。

つまり、それほどあの男の率いる海軍と私達で用意できる戦力では決定的な落差がある。

だからこそ、今はあくまで必要な時にこっちの思惑通り使えればいい。

今我々が欲する事の出来る妥協案はそれだけなのだ。

あの圧倒的な勝利の報告を聞いてもそれに気がつかないのだろうか…。

なのに橋本はそういうことがわかっていない。

娘かわいさに今までかなりの援助をしてきたがあの男のような人物と勢力が現れた以上、それもほどほどにしておく必要がありそうだ。

「すまんが、これから打ち合わせがある。また、後日この件は話し合おう」

私がそう言うと、「わかりました。では、また…」と返事をして機嫌良さそうに立ち去っていく。

要は愚痴を言いたかっただけなのがまるわかりだ。

実に情けない…。

その後姿をちらりと見て水を差された感じがして少しイラっとしたが、まぁ仕方ない。

気分を変えるため、ため息を吐き出すと私は控え室の中に入った。

部屋の中には私の秘書官と事務官が数名、それに警備の者…そして、中央のソファにはトモマク地区責任者斎賀露伴が座っていた。

斎賀は私が入ってくると慌てて立ち上がって挨拶をした。

会議が終わってすぐにこっちに来たのだろう。

議長として会議後の指示をして戻ってくるのに三十分以上はかかっている。

しかし、この男はその間ここで待っていたようだ。

時間を無駄にしない男と言われているこいつが待っているという事はかなり大切な話なのだろう。

どうせ、あの男と海軍の情報なのだろうということは簡単に想像できる。

昨日の夜、中立派と抗戦派の会合があり、夕食会があったのも把握している。

そこで何があったかはよくわかっていないが、事前の根回しで裏約束していた中立派の連中がそれを反故にして一気に向うに付いたのだ。

その情報だけでも知っておいて損はないだろう。

そう考え、私はにこやかな笑顔を浮かべて口を開いた。

「これはこれは…お待たせしたようですな」

「いえ。これくらい待ったうちにはなりません。私こそ忙しいであろう議長の時間をありがとうございます」

こいつの頭の中では、すでに私が話を聞かないという選択肢はないのだろう。

つまり、私の考えを読んだ上での発言なのだろうが、あまりいい気分はしない。

しかし、今朝の海軍と王国海軍との戦闘があったという情報のリークは、この男からもたらされた。

だからこそ、それ以外の情報を持っている可能性はとてつもなく高い。

ここで追い返すわけにもいかんのが実情だ。

情報がなければ、思考する事さえできないのだから。

斎賀にソファを勧めつつ、自分もソファに座る。

そして、手を組むと身体を前に傾けた。

その姿勢に話を聞くと判断したのだろう。

斎賀は口を開いた。

その内容は、昨夜おこなわれた話し合いのことと、その後でおこなわれた艦砲射撃の事だった。

元々無駄な事を嫌うこの男のただ淡々とあった事を話すという行為が、それが現実にあったことだとより実感させた。

話が終わると私は少し目をつぶって考え込んだ後、目を開いて斎賀を見る。

「今の話は本当かね?」

私の問いに当たり前ですという表情をして斎賀が頷く。

まぁ、こいつが間違った事を恩着せがましく知らせてくるはずもない。

だからほぼ正しいのだろう。

「では見返りは何を求める?」

私の問いに斎賀は微笑んだ。

さわやかな笑いのようだが、私にはその笑顔の下にある計算高い下卑た微笑が見える。

こいつは自分の利益でしか動かない。

そんな男だ。

しかし、橋本よりははるかにマシだ。

こいつは自分の力がどの程度かわかっている。

そして、その能力をフルに活用している。

だから、利用できるうちは利用してやろう。

「見返りですか?」

「そうだ。以前言っていたではないか。情報にはそれ相応の対価があると」

私の言葉に、斎賀はケラケラと笑う。

「よく覚えておられましたね。では、私といたしましては…」

まるで蛇のような冷たい目で笑いつつ言葉を紡いでいく。

それは、欲望と言う色に染まっている。

これからは互いを牽制し、損得を計算する戦いの始まりだ。

そして、そんな彼との会話に楽しみを見出す自分がいた。


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