王国首都ローデン 王城の秘密の部屋にて…
王国首都ローデンの中心にある巨大な城。
それが王国の政治の中心であり、王族の住居でもあるロードラキス城である。
この城は、実に数百年の間、王国の政治の舞台として、或いは王族の住居としてそこにあり続けた。
もちろん、ただ城と言っても単純に城がドンとあるわけではない。
石壁と塀に守られた広大な敷地内は幾つもの区画に分けられる。
一般公開されている一般区。
政治を行ったり、審議が行われる政治区。
資料や研究などを行う研究区。
そして、王族のプライベート空間である居住区。
実に多くの区に分けられており、さらにそれぞれに庭や小さな森までもある。
ある意味、小さな街と言っていいだろう。
もちろん、最初からそんなに幾つもの区画に分かれていたわけではない。
年を重ねるごとに区画が増えて増築されていき、現在に至っている。
そして、そうなってくると秘密の部屋の一つや二つは生まれてくるものだ。
ほんの一部の者しか知らない秘密の部屋。
そして、そんな秘密の一つの部屋に三人の男たちが集まっていた。
大きさ的にはそれほど大きくない。
日本で言うなら、十二畳の程度といったところだろうか。
しかし、さすがは何百年も続いたという事だろう。
秘密の部屋ではあるが、かなり贅沢なつくりで、壁に埋め込まれた形の高価な棚には高そうな酒とコップが幾つも保存されて並んでいる。
そして、、中央に少し大きめの丸テーブルとその周りには三つの椅子が置かれていることからこの部屋はいつも今いる三人程度しか利用していないことがわかる。
まさに陰謀や密談でもしてそうな雰囲気が似合う怪しい感じの部屋で、さらに窓がない為にランプの明かりがゆらゆらと揺れてその妖しさを何倍も膨らませていた。
そしてその中で三人の男達が酒を飲み交わしつつ話している。
ちびりちびりとグラスに口をつけている人物は、『鷹の目エド』こと宰相のエドワード・ルンデル・オスカー公爵。
正反対に一気に飲み干してボトルからグラスに酒を注いでいるのは『海賊メイソン』こと海軍軍務大臣サミエル・ジョン・メイソン卿。
そしてその二人の飲みっぷりを楽しそうに見てマイペースに飲んでいるのは、ウェセックス王国国王ディラン・サウス・ゴバークである。
そう。ここは彼ら三人だけしか知らない秘密の部屋なのだ。
そして、よほどの事がない限り、月に一回、彼らはここでしばし酒を交わすのがもう何十年と続いていた。
「どうだね…戦果の方は?」
そうまず聞いてきたのは、宰相だ。
もちろん、前回の帝国への反抗戦のことだ。
「ああ。かなりの戦果をあげることが出来たと思うぞ。すべてフソウ連合からもたらされた情報どおりだしな。おかげで帝国の軍港は少なくとも機能の六割は失っただろう。それに帝国艦隊も半数は沈められたしな」
そう答えてメイソン卿はまたもグラスを一気に飲み干す。
「かーっ。いい酒だな。ここにあるのは…」
「なら味わって飲めばいいものを…」
「うるせぇ。飲み方まで色々言われたくないわ。好きに飲ませろっ」
「だから、味のよくわからんやつは…」
「なんだと?」
「事実ではないか」
二人の言い合いを楽しそうに見ていた王は、笑いつつ言う。
「相変わらずだな。心配するな。ここの酒は、私個人のものだけだからな。国の予算はかかわっておらん。サミーに好きに飲ませてやれ」
「相変わらずですな、王は…。こやつに甘すぎる…」
「ふふんっ。いちいちうるさいんだよ…」
「まぁまぁ、わしの顔を立ててくれ」
「王がそう言われるなら…」
そして三人同時に笑いあう。
いつもの流れがここにはあった。
若い頃から、三人の関係は変わらない。
それがずっと続いている。
実にうれしい事だと、三人がそれぞれ思っているがために、ついつい羽目を外したくなってしまうものらしい。
ひとしきり笑いあった後、宰相は「そう言えば…」と話を切り出す。
その話を聞き、メイソン卿が聞き返す。
「合衆国が講和の為の動きを見せているだと?」
「ああ、どうも、共和国の方にはたらきかけるから、王国としても力添えをして欲しいという連絡が外務局にきた。それにだ…。共和国側も話に乗り気らしい」
メイスン卿と王の顔が険しくなった。
「相変わらずだな…あの国は…」
王のあきれ返った言葉に、メイソン卿も頷きつつ言葉を続ける。
「本当にいけすかねぇ連中ばかりだぜ。今なら攻撃した責任は死人に押し付けることが出来るとでも考えてんだぜ、連中…」
「だがな…そうもいかんらしいぞ」
ニタニタ笑いつつ宰相が言葉を続ける。
「どうもな、講和するには、領土の一つも手放すぐらいの事はしなければならないとか合衆国側は言ってな…。ほれ、我々が講和の為に植民地の国一つ差し出すという事をやっただろう?あの話を聞いたらしいぞ」
その言葉が終わるか終わらないかしないうちにメッシュ卿は豪快に笑い始めた。
「さすが、あの坊主が大統領をするだけあるな」
合衆国大統領アルフォード・フォックス。
以前は、合衆国海軍に属していた事もあり、メイスン卿とは面識があった。
その時の印象は、人懐っこいが抜け目ない男と言う感じだった。
それが頭に浮かんだためについつい口に出てしまったのだろう。
「しかし、なぜ合衆国はそこまでするのか…」
王の言葉に、宰相は少し考え込んだ後に口を開く。
「恐らくですが、恩を売りたいんでしょうね」
「恩?」
「ええ。今回の開戦前にフソウ連合は二隻の装甲巡洋艦…フソウ連合で言う護衛駆逐艦を二隻引き渡しております。それに対しての合衆国としての礼とこれから何かあったときの為の恩を売りたいのではないかと…」
「なるほどな…。それでよ、その護衛駆逐艦という装甲巡洋艦はどんなスペックなんだ?」
「詳しくはわからんが、合衆国としては追加発注する動きがあるようだ」
「なるほど、それだけ高性能ってことか…」
「ああ。海賊が横行している海域も多いからな、その海域での輸送船団の護衛に適しているという話だから、あの国の求める能力を満たしているという事なんだろう。だが、その動きのおかげでわが国への装甲巡洋艦の発注は、止まりそうだがな…」
苦笑気味に言う宰相に、メイソン卿も苦笑しつつ言う。
「仕方あるまい。フソウ連合の造船技術の高さは、先の戦いで身を持って体験したからな」
「ともかくだ、兵器関係の記述に関しては、なんとかフソウ連合の方との技術支援や技術交換で少しずつ上げていくしかあるまい」
二人の話に入った王の言葉に二人は頷く。
しかし、すぐに宰相が口を開いた。
「そうなればいいのですが、果たしてフソウ連合側がどこまで開示してくれるかがネックですな。それに見合った代価がどれだけのものになるか…」
「仕方あるまい。そうしなければ、いつまで経っても追いつけないままだろう。このままでは、世界中の国の軍艦の受注はフソウ連合が独占してしまうだろう」
王は、確信じみたような言葉で言うが二人は反対しない。
それは、間違いない未来であり、二人ともそう思っているからだ。
そして王は視線をメイスン卿の方に向ける。
「それはそうと、ロドニーとネルソンの調査や研究は進んでいるか?」
その言葉に渋い顔をするメイスン卿。
「進めちゃいますが、ありゃかなりの難物ですな。メンテや修理は向こう持ちっていうのがよくわかりますよ。部品の材質からこっちが使っているのと違いますからね。それに精度の高い工作機械がないと無理ですよ。一応、ドレッドノートと一緒に簡単な修理とかに対応する支援艦も発注しましたが、どれだけのものが用意されているのか…」
「来てみて実際に使ってみなければなんともってことか?」
王の言葉にメイスン卿は頷く。
「その通りです」
「こっちに来る予定は?」
「一応、二週間の講習が終わった後に引渡しとなっていますから、早くて来年一月の末ですかな」
「そうか。その辺のことは頼むぞ」
「はっ…」
そして、宰相は少し考えた後、提案した。
「実はですな、少し考えていた事がありまして…」
「なんだね?」
「はい。色々考えたのですが、これからフソウ連合から戦艦の購入や色々な交流とかもあるのですから、王国の艦種をフソウ連合式に改めてはどうでしょうか?」
「艦種規格の変更かね?」
「はい。そうすれば、ごちゃごちゃにならずにすむのではないでしょうか」
その提案に、メイスン卿も頷く。
「確かに。それはいい案だ。フソウ連合製の軍艦を輸入する事になるんだし、軍事行動も一緒にすることにもなるだろうからな」
「ふむ。二人がそれでいいのなら、反対はせん」
王の言葉に、メイスン卿はうれしそうに宰相に聞く。
「なら、どうやって振り分けるよ?」
「何を言う。軍艦に関しては、お前さんが専門だろうがっ」
「おっと、そうだったな…、なら…」
しばらく考え込んだ後、考えがまとまったのだろう。
メイスン卿が口を開く。
「ネルソン級、ドレッドノート級を新規格の戦艦とし、重戦艦を重巡洋艦、戦艦を軽巡洋艦、装甲巡洋艦を駆逐艦ってのはどうだ?」
「ふむ。大きさから判定するとそれがいいのかも知れんな」
「確かに。今の時点ではその規格分けで行い、これから入ってくるものはその規格に沿ったものをきちんと振り分けていくと言う事でいけば問題ないか…」
王と宰相は、それぞれそう言って頷く。
「よし。サミー。明日にでも文章にまとめ上げ、意見を提出してくれ。エドはその後の事をうまくやってくれ。
「「はっ。了解しました」」
こうして、王国海軍の艦種規格の変更は、意見書が翌日提出され、吟味の結果、翌月の一月末にはフソウ連合式の規格へと順に変更となった。
これは、今まで海軍と言う組織のあり方の中心的な役割を果たしてきた王国海軍が、初めて他国の方式に従うということであり、海軍と言う組織のあり方の中心的な役割は少しずつフソウ海軍方式へと移る始まりでもあった。




