酒場「遠き祖国の元に…」にて…
酒場に入ると、奥のカウンターにいたマスターから相変わらずのいつもの調子で声がかけられる。
「よう。いらっしゃい。久しぶりだな」
それに右手を上げて答えつつ言う。
「ああ、最近は特に忙しかったからな」
その答えに、マスターは「確かになぁ」と言って相変わらずコップを磨いている。
そして、それに変わって店の中から声が次々とかけられた。
「よう、ミッキー、久々だな」
「おう、出世頭のご来店だっ!一杯おごれっ!」
「顔見たのはいつだっけか?」
「確か…一週間以上は見てないな…」
「まぁ、俺らと違って忙しいからなぁ」
「無理すんなよーっ。無理したらたかれないからな」
なんか無茶苦茶な事を言いやがる。
そんな事を思いつつ、苦笑してミッキー・ハイハーン中佐こと、ミッキーは言い返す。
「心配しなくても、お前らも忙しくなるからな。気合入れとけよ」
その言葉に、その場にいた十人。
今首都に残っている俗に言うアッシュ派のメンバーはそれぞれ声を上げた。
中には結構飲んでいるものもいるのだろう。
顔が真っ赤になっているものもいるし、目がとろんとしたものもいる。
しかし、それでも泥酔とまではいかないのだろう。
結構はっきりした口調で喋っている。
「当たり前よーっ」
「任せなーっ」
「いつでもいいぜぇーっ」
そんな仲間達の声を聞きつつ、ミッキーはこの場にいる仲間を頼もしく思う。
今でこそ、確固とした勢力を持つ様になったアーリッシュ派だが、本当に最初、まだ派閥も勢力もなく、ただアッシュの人柄と理想ににほれ込んで、彼の為に力を合わそうと意気投合した仲間達。
アッシュが、自分の事をアッシュと呼んでいいと言った友人達。
それが彼らだ。
そして、彼らを見てミッキーはにやりと笑う。
その笑顔は、まさに悪戯小僧と言っていいだろう。
「さっき、おごれって言ってたやつがいたな。久々だからおごりたいところだが、今日は偉大なるスポンサーを連れてきた。たかるなら、そいつにしてくれ」
ミッキーはそう言うと、後ろに立っている人物の為に道を譲る。
暗がりにいたために気が付かなかったが、ミッキーの後ろに立っていた人物がゆっくりと入ってきた。
そして、その姿を見た瞬間、店内のボルテージが一気に最高潮に達した。
「アッシュじゃねぇか!!」
「間違いねぇ。アッシュだ!!」
おおおーーーーっと言う感じで店内が盛り上がる。
そこに立っていたのは、アーリッシュ・サウス・ゴバーク。
この王国で、王位継承権第三位を持つ、仲間達の友であり、従う主でもある人物だ。
盛り上がらないわけがなかった。
特に最近は、王位継承権が三位になってしまったことと、いろいろな政治、それにアッシュ派の人脈や組織作りの為にまったく動けなくなっており、フソウ連合から帰還後、最初に何回か来て以来、ほとんど店に顔を出す事が出来なくなっていた。
「みんな、久方ぶりだ。元気にしてたか?」
「おうよ、元気にしすぎて手持ち無沙汰だよ。何か仕事をクレ!」
「何か用事があるときは、ご指名よろしくだぜ」
「元気どころじゃないぜ。力が有り余ってるからな」
酒が入っているということもあり、テンションは上がりっぱなしだ。
まさに宴の最高の盛り上がりと言ってもいいだろう。
「よしっ。いい返事だっ」
アッシュはそう言って表情を殺すとドンドンとテーブルを叩く。
そして、それにあわせてミッキーが叫ぶ。
「全員、背を伸ばせ。耳をかっぽじってよく聞けよ」
その声に、全員が直立不動の姿勢になる。
それは状況反射によるものだろう。
伊達に何年も海軍でメシを食ってはいないというわけだ。
その様子に満足そうにミッキーは頷き、視線をアッシュに向けた。
アッシュも満足そうに頷くと口を開く。
「トッドリス・カンパー少佐」
「はっ」
「明日発令される辞令を受け取り、高速巡洋艦アクシュールツに乗船。輸送船五隻と護衛の装甲巡洋艦三隻を率いてフソウ連合に向かい、完成されたドレットノート級一番艦ドレットノートと専用支援艦クルトゥハン、リュルヒンの三隻の受け取りを行え。そして、その地で二週間の研修を受け、艦と共に無事帰国せよ」
「はっ。了解しました」
「リチャード・リイリネス中尉」
「はっ」
「トッドリス少佐の副官として同行し、彼を補佐せよ」
「はっ。了解であります」
次々と名前が呼ばれて任務が命じられ、それを直立不動で受ける仲間達。
多分、明日には正式な任命書が届くのだろう。
しかし、それよりも先に仲間には自分自身の言葉で任命したい。
彼の言葉からは、アッシュのそういう思いがひしひしと感じられる。
だからこそ、仲間達もそれにしっかりと答えようと決心をしていく。
そして、全員に任務が言い終わった後に、アッシュは無表情で言葉を続けた。
「いいか。今の命令は正式には明日皆に届く。どれも重要な任務だ。絶対に成功させろ。いいな?」
「「「了解しました」」」
全員の顔を見回し、アッシュは満足そうに頷く。
そして、任命の時の無表情が嘘のように楽しそうに笑った。
「いい返事だ。さて…お堅い話はここまでだ。みんな、今日は俺のおごりだ。明日の任務の為に英気を養おうぜ」
一気に緊張が解けて全員が叫ぶ。
「「「アッシュ!万歳!!」」」と…。
酒宴は、すでに一時間が過ぎていた。
そして、その酒の席で話題にあがったのは、フソウ連合と帝国、共和国との海戦の話だった。
まぁ無理もない。
東の一国に、六強の二つの国の主力艦隊が攻撃を仕掛けたのだ。
軍人なら…いや、正確に言うと軍艦乗りなら気にならない方がおかしいといえるだろう。
「なんでも、フソウ連合一国で、帝国と共和国の艦隊二百隻を相手に戦ったって話だけどよ、あれ本当か?」
トッドリスがそう聞くとミッキーがニタリと笑って答える。
「ああ、間違いない。そして、共和国艦隊はほぼ壊滅、帝国艦隊も一部を除き、壊滅的なダメージを受けたそうだ」
「嘘だろう?いくらフソウ連合の艦が強力でも、それは無理だろうよ。数が違いすぎるし、それに、確かテルピッツに新型戦艦もいたって話しだし…」
「いや、それがな…。テルピッツは撃沈したらしい…」
二人の会話を何気なく聞いていた周りがざわめく。
それはそうだろう。
テルピッツとビスマルク。
この二つの艦の名は、王国海軍にとって悪夢と同じ意味を持つ。
ほぼこの二隻で王国主力艦隊三個艦隊が壊滅したのだ。
その一つが…撃沈された?
にわかに信じられないのも無理はない。
ほとんどが驚愕の表情だが、そんななかアッシュのみは済ました顔でエールをすすっている。
彼はこの情報を疑ってはいない。
ざわめく中、ミッキーは全員の顔を見渡し告げる。
「どんな方法で沈めたとかはわからん。しかし、間違いなく、テルピッツは撃沈し、共和国艦隊と帝国艦隊は撃退されたというのは間違いない…」
その言葉に、ミッキー艦隊と一緒に出撃した艦隊の一員であったテルミア大尉は少し納得したような顔でぼそりと言う。
「確かに、あのネルソンとロドニーの力を考えれば、ありえない事もないか…」
「しかしだぞ、あのテルピッツをだぞ?」
「だが、テルミアが言うのなら…」
互いに意見をぶつけ合う仲間をみて楽しそうにアッシュも口を開く。
「恐らく間違いないぞ。フソウ連合海軍とサダミチの事を知っていたら疑う余地はない」
アッシュの言葉にさらにざわつく。
そのサダミチと言う男とフソウ連合海軍の実力は、アッシュにそう言わしめるほどだということか…。
そんな反応を気にせず、アッシュはトッドリスとリチャードに視線を向けて言う。
「二人はいい機会だから、しっかりと見極めて来い。サダミチと言う男とフソウ連合海軍の事をな…」
その言葉に二人は頷き返事を返したのだった。




