日誌 第百六日目 その2
「さてと…まずは買い物からだな」
僕の呟きのような言葉に、東郷さんが返事をする。
「はい。さっさと選んじゃいましょう」
なんかえらいノリノリである。
こんなに楽しみにしているとは思いもしなかった。
ふう…。いいレストランを予約しておいてよかった。
夕方だからとれるか微妙だったけど、なんとかなったし…。
もし、その辺のファミレスとかになったらなんかがっかりさせちゃいそうだ。
「じゃ出るよ」
僕はそう言うと、軽をスタートさせる。
なんかすごく楽しそうに東郷さんはしている。
鼻歌なんか歌いそうな勢いだ。
すっかり日の暮れた山の中を抜け、民家の明かりがぽつぽつと見える辺りに入る。
その光景を見るたびに、ああ、山奥に住んでいるんだなと実感する。
まぁ、周りは崖はないし、山崩れの恐れもない。
それに周りに民家がないから、少々の事では迷惑をかけるようなことはない。
おかげで警備の人がうろうろしても不審者として通報されないのは助かっている。
おっと、そんな事を考えていたらしばらくして大きめの道に出た。
バイパスだ。
隣の県まで続く道で、以前は海岸の傍のぐりぐり道を進んでいた時に比べれば雲泥の差で時間の短縮となっている。
それに、運転もしやすいしね。
しかし、今日は隣の県まで行く時間はないので、近くのショッピングモールに向かう。
年末と言う事もあってか、ショッピングモールの駐車場はかなり混雑していた。
店内のお客も多そうだ。
それに年末の大売出しみたいな感じなので余計かもしれない。
そんな中、なんとか車を止めて東郷さんと二人で店内にはいる。
今の時間帯は、家族連れやカップルが多い。
多分、僕らもそんな風に見られているのだろう。
なんか、こういうのはただ買い物だけなのに嬉しいというか楽しい感じだ。
以前は知り合いや友人と買い物に行ったとしてもそんなこと思ったこともなかったのにな。
何気なく東郷さんを見ると、なぜか目があった。
「えっと、なんでしょう?」
うれしそうに笑顔がそこにある。
思わず見とれそうになって、慌てて言いつくろうように言う。
「い、いや、東郷さんのご家族の好みとか聞いておかないといけないかなと思って…」
「あ、そうですね。闇雲に動いても時間ばかりかかりますからね。さすがです」
そう言って少し考え込む東郷さん。
そして、口を開く。
「父にはお酒なんかいいと思います。結構、夜ご飯の時にコップ酒してますし…」
おお、なんか想像できる光景だ。
ちゃぶ台に一升瓶、それにコップ酒…。
うんうん。あのお父さんなら似合いそうだ。
「母は、そうですねぇ……どっちかというと寒がりだから…」
「なら、肩掛けとかどうかな?」
「ショールですか?いいですね。確か古い地味なのしか持ってなかったと思うので結構おしゃれなの買ってて驚かせましょう」
そう言うと東郷さんはうれしそうに笑いつつ僕の左手を取って引っ張る。
「こっちですよ。さぁ…」
そう言う彼女の笑顔に僕もなんだか楽しくなった。
「ああ、行こうか…」
そう言葉を返して、もちろん、手を繋いだまま付いて行く。
なんか恋人みたいだなと思いながら…。
東郷さんの両親へのお土産は一時間もしないうちに決まった。
父親には、結構有名な地元に近いところの酒蔵が出している日本酒と薬酒(生薬十四種類配合というやつである)とツマミセット。
母親には、おしゃれなチェック柄の大判カシミヤストールと同じ柄の手袋。
なかなかいい買い物をしたと思う。
ただ、価格的には母親の方がかなり高いのはやっぱり東堂さんとしては同じ女性としてはこういうのが欲しいんじゃないかというこだわりがあってこうなったんだろう。
決してないがしろにしてるわけじゃありませんからね、お父さん。
さて、そんなこんなで買い物が終わったが、なんか時間に余裕がある。
予約は選ぶのに遅くなったらと思って少し遅めにしているので時間が空いた。
今すぐ行ってもいいけど、僕は少し考えがあった。
「少し、時間があるからさ。三十分後に車のところで合流って感じていいかな?少し見て回りたいものがあるからさ」
一旦荷物を車に載せて僕がそう言うと東郷さんも頷く。
「はい。わかりました。私もお土産買わないと…」
そう言えば、僕の贈り物に付っきりで東郷さんは何も買っていなかった。
多分、ダブらないようにと気を使っていたのだろう。
「ああ、それなら、買ってくるといいよ」
「はい。では、三十分後に…」
「ああ。じゃあ…」
そう言って言葉を交わすと僕は急いで店内に戻る。
行き先は、少し高級な洋服関係を扱う店だ。
さっき、お母さんの贈り物選びの時である。
思わず手にとって彼女が呟いていたのを偶々耳にしてしまったからだ。
それは母親の贈り物として買った大判カシミヤストールの柄違いで、それを手にとって呟いていた。
「あ、これいいなぁ…。でも、私用じゃないし、色合いがお母さんには少し派手かなぁ…」
多分無意識に言葉に出たのだろう。
僕は聞こえなかった振りをしたので、彼女は僕が聞いてしまった事は気が付いていないだろう。
そして、その時、思いついた。
それはサプライズプレゼントにそれを彼女に贈ったらどうかという事だ。
やばい。
なんか無性にワクワクしてしまう。
彼女はどんな反応をするだろうか。
そういや、クリスマスの時は仕事、仕事でパーティみたいなことやってなかったし。
少し遅めのクリスマスプレゼントでもいいかな。
それが駄目なら、少し早めのお年玉でもいいし…。
なんか、いい訳ばっかり考えてしまったが、要は彼女にこれを送りたいという気持ち一色になってしまったという事だ。
だから素早く彼女が手に取っていたものを選ぶとレジに向かう。
女性の店員さんが僕を見ておやっという顔をしたものの、すぐに笑顔になった。
どうやら一人でまた来てすぐに商品を持って来たことで、薄々わかってしまったらしい。
「彼女さんへの贈り物ですか?」
ニコニコ笑ってそう聞いてくる。
「ええ…まぁ…」
正確に言うと、彼女ではないものの、色々言うのもなんなのでそう誤魔化す。
すると、「じゃあ、かわいい柄のほうがいいですね」と言って言われる前にラッピングを始めた。
さっきの母親の分は、「年配の方の贈り物なので少し落ち着いた感じで包装してください」って事前に言ったので、結構当たり障りのないラッピングをしてもらっている。
「何色がいいかなぁ…。彼女なら…そうねぇ…かわいい感じでいいかなぁ。それでいいですか?」
なんか楽しそうにラッピングの紙を選びつつ女性店員さんが聞いてくる。
「あ、お任せします」
そう言うと、ニヤリと店員さんは笑う。
「ふふっ。お任せされちゃいました。では私に任せてください」
そう芝居がかった様に言うと、ピンクの柄物の紙を選び、ラッピングを始めた。
かなりの手馴れた手つきで、あっという間にラッピングが終わる。
かわいいピンクの柄の紙に、真っ赤なリボン。
暖かい色関係で纏めたのだろう。
うまいというか職人芸だと思う。
「上手いもんですね…」
思わずそう言うと、女性店員さんは笑いつつラッピングしたものを袋に入れた。
「褒めても値下げはしませんよ」
「もちろん、きちんとした仕事には、きちんとした代価を支払いますとも…」
僕が笑ってそう言うと、女性店員さんもくすくす笑う。
そして、ため息を吐き出して呟くように言った。
「貴方みたいなお客さんばかりだったらいいんですけどねぇ…」
どうやら、色々苦労しているようだ。
だから思わず口にした。
「そのうちいい事ありますよ」
「そうですね。ありがとうございます」
そう言葉を交わして支払いを済ませる。
そして立ち去り際に女性店員さんがガッツポーズをして声をかける。
「頑張ってくださいね」
その言葉に僕は大きく頷いたのだった。




