最上と的場良治少佐 その2
ドック区画にある休憩所。
結構大き目の部屋で、居心地がいい空間が広がりカウンターの上には飲み物やら軽食の見本が並んいる。
そして、カウンターの奥には夜の仕込みのために店員が忙しそうに働いていた。
普段は結構騒がしいのだろうが、今は作業中なのだろう。
部屋の中には長官、東郷大尉、三島地区責任者代行、それに的場少佐と杵島少佐、それに最上の六人が丸テーブルに座っている以外はだれもいない。
店内には、BGM代わりに広報部が行っているいくつかのラジオ局のうちの一つが流されている。
そんな中、的場少佐の声が響く。
「あれはきついですよ…」
しみじみと語る的場少佐。
その言葉に長官は苦笑しつつ口を開いた。
「すまない。あれは、どうしても最上にやってくれって言われてね。悪趣味だなとは思ったんだよ、本当に…」
そう言う長官に、「本当ですか?なんかノリノリだった人がいましたけど…」と言いながら済ました顔して右隣でお茶をすする東郷大尉。
「そうそう。それいいなって言ってたわよね」
そう言ってニヤニヤ笑っているのは左隣に座っている三島先任者代行。
「な、何だそれっ。君達も乗り気だったじゃないか。酷すぎるぞ」
その会話をジト目で見てた的場少佐は、ため息を吐き出した。
「つまり…三人ともグルってことですか…」
「いや、その通りなんだけど…。本当にすまなかった」
頭を下げて謝罪する長官。
実に憎めない人だと的場少佐は思う。
確かに腹は立ったが、怒りと言うより、悔しさが強い。
くそっ、騙されたっ。
それは悪戯に引っかかった感覚に近いだろう。
「もういいですよ。でもああいうのは二度とごめんです」
「ああ。本当にすまなかった。ああいう事はもう二度としない」
きちんと言い切る長官だが、その横でニヤニヤして東郷大尉が茶々を入れる。
「ああいった事はしなくても、今度は別の事はするんですよね」
「し、失礼な。そ、そんな事する訳ないじゃないか」
そんな事を言う長官に今度は三島地区先任者代行が突っ込む。
「今、どもりましたね。ふふふ…」
「何を言うんですかっ。三島さんっ」
すっかり女性二人にいじられて防戦一方の様子に最上は苦笑する。
「なんか…海軍で一番偉い人って感じしないよねぇ…」
的場少佐と杵島少佐の二人は苦笑して最上の言葉に頷いた。
帝国の東方艦隊と拠点に大ダメージを与えた作戦計画や、二カ国の強大な戦力相手に何とかしのいだ指揮を考えれば、もっと偉そうにしててもいいのにと思う。
しかし、それと同時にこんな人だからいいのかなとも思う。
実に人間臭い人ではないか。
だから、あの戦いでも踏ん張れたのかもしれないな。
そんな事を思いつつ、いつまで経っても終わらない長官達三人の攻防に声をかけた。
「それで、最上の件以外で確認しておきたい事とはなんでしょうか?」
「あ、ああそうだった。すまないな」
何とかか話を打ち切り、長官がそう言うと三島地区責任者代理の方を見た。
その視線を見返して頷いた後、三島地区責任者代理は的場少佐の方を見る。
その目は真剣だった。
「的場中佐。あなたにイタオウ地区の管理代理をお願いしたいの」
「え…それどういう…」
そう口を開く的場少佐に、今度は長官が言う。
「中佐、イタオウ地区が我々軍の管理下になったのは知っているな?」
「はい。知っています。しかし、それが…」
そう言いかけて的場少佐は気がつく。
中佐?!
その思考が顔に出ていたのだろう。
長官がにこやかな笑顔を浮かべて言う。
「まだ公表されていないが、おめでとう。昇進だ」
「あ、ありがとうございます…。ですが、地区の管理代理と言うのは…」
「まぁ、聞きたまえ。イタオウ地区の管理を行うに辺り、あの地区の産業発展と工業化、それに合わせた軍事拠点の建築を考えているんだ。確かに各地区で防衛軍の設置は決まったし、急いで進められている。しかし、それらはあくまでも守りの兵だ。今回の戦いでいざと言うときにはもう少し柔軟に動ける陸上戦力がもっと必要だと思ったんだ。だが、今のマシナガ地区は海上戦力の方だけで手が回らない」
「それで、今回、イタオウ地区の管理をすると共に、柔軟な陸上戦力をイタオウ地区で用意できるようにしたいと…」
「ああ。そのとおりだ。毎回、ギリギリの戦いなんてのはしたくないしね。苦労はしなきゃいけないときにするべきものであって、いつも苦労するのはやり方が悪いってことだからね」
その言葉に的場少佐はあくまでも飄々としながらもいろんなところに気を回している長官らしいと思う。
「それでどのようにする予定なんですか?」
「北部基地とは別にイタオウ地区で海軍基地と軍港を構築する。そこに陸戦戦力と共に第二艦隊と首都及び北方領域全体の部隊統括をおこなう海軍司令部を置く。君はそこで地区管理と北部基地を含めた北方領域に関する軍務を行ってほしいんだ。大変だとは思うが、君は臨機応変に対応できる能力が高いから勤まると僕は思っている。それに山本中将、新見准将からも推薦を受けたよ」
「そこまで買っていただいてありがとうございます。ですが、そこまで権限を持つものが中佐では…。やはり今回は別の方を…」
「心配しなくていい。中佐に任命後、何か理由をつけて昇進させる予定だ。そうすればいいだろう?」
要はもうそうなるように全て用意されているということだろう。
的場少佐は、ちらりと横を見る。
そこにはにこりと笑い返してくる杵島少佐の顔があった。
「受けていいんじゃない?」
「だけど…」
「ふっふっふ…。実はね、まだ秘密だけどイタオウ地区での復興作業の責任者と映画会社設立の為に私、今度イタオウ地区に異動になるの。だからね…」
すーっと左手が伸び、的場少佐の右手に絡められる。
「私、あなたの部下になっちゃうみたいなのよ」
そう言ってくすくす笑う。
驚いた表情で、的場少佐が長官を見る。
長官は苦笑して口を開いた。
「頼れる部下が一人離れるのはきついが、人の恋路に茶々は入れたくないからね」
「あ…」
「だから、上手くやれよ」
的場少佐は真っ赤になりながらも頭を下げる。
「いろいろなご配慮、本当にありがとうございます…」
「なら、受けてくれるかな?」
「もちろんです。受けさせていただきます」
そう言って再度頭を下げる的場少佐。
そしてそれに合わせて杵島少佐も頭を下げた。
そして、そんな二人を見ながらつまらなさそうな、或いはふてくされたような顔といっていい表情で最上は口を開く。
「私だって、第二艦隊配備で一緒にいくんだけどなぁ…」
そんな最上に、的場少佐は笑いつつ言う。
「俺の乗艦なんだろう?当たり前じゃないか」
その言葉に、最上は笑顔を浮かべた。
「そう言われればそうですねぇ…」
そこまで言ってあることに気がついたのだろう。
慌てたような口調で言葉を続ける。
「えっ…ちょっと待って。て、事は私が第二艦隊旗艦ってこと?」
そんな最上を楽しそうに見ながら長官が口を開く。
「なんだ?こっちはそのつもりで艦隊編成を始めてるんだが?」
その言葉に、ますます慌てる最上。
「えっ…それってすっごく責任重大じゃないか…」
「そうだな。しかしだ、名誉な事だぞ、最上」
的場少佐はそう言った後、笑って軽く肩を叩きながら言葉を続ける。
「しかし、お前だから安心できる。頼りにしてるぞ」
そしてその言葉に、少し落ち着いたのだろう。
ほっとした表情をした後に、最上は仕方ないといった感じのジェスチャーをした。
「もちろんですよ。だって僕は的場さんの乗艦だからね」
そう言って笑うのだった。




