十二月二十九日 東郷夏美の場合…その2
二十三時近くになってやっと会議が終わったのだろう。
控え室に長官と三島さんが帰ってきた。
二人ともかなり疲労していてかなりぐったりしている。
「いやぁ、疲れた疲れた」
「お疲れ様です。どうぞこちらへ」
ソファに案内すると、「ああ、ありがとう」と言って長官はそのままソファに深々と座り込んだ。
やはり疲れがたまっているのだろうか。かなり眠そうだった。
その隣のソファに三島さんも座り込み、ソファのクッションに身を任せている感じだった。
「食事はどうなさいますか?」
私がそう聞くと、長官は何か言いそうになって口を開きかけるものの、何かに気がついたのだろう。
少しうれしそうな顔をして言う。
「ああ、軽くいただこうか」
「はい。すぐ温めますので少しお待ちください」
私がそう言って、控え室の簡易キッチンに向かった時、三島さんの囁くような声が耳に入った。
「いいとこあるじゃない。気がついたんでしょ?」
「あ、ああ。匂いでね…」
つまりは、私が食事を用意してくれているという事を彼は察してくれて言ってくれたのだ。
ふふふっ。
少しうれしくなった。
いけないいけない。
今のは聞かなかった。
聞こえなかった。
つまり…普段通りに対応しないと…。
でもなかなかニヤニヤが収まらない。
多分、他人が見たら驚くような悪戦苦闘の百面相をした後に、やっと普段の自分の顔になった。
うん。多分問題ないと思う。
そして、もう十分に温まったスープとサンドイッチ、それにコーヒーを持って戻る。
「あまり重いものはどうなんだろうと思って、軽めのモノを用意いたしました」
「ああ、助かるよ。さすがにこの時間帯にどっしりしたものはね」
長官は苦笑してそういう。
まぁ、食べたい時はそんなの関係なく食べるんだろうけど、ここ最近は寝不足もあって食い気より眠気の方が強いようだ。
それは仕方ないのかもしれない。
昼間は軍の仕事。
夜になったら海軍増強の為の模型製作や資材や資料の作成。
それらに今は最上の修理が入っており、かなりのハードスケジュールが続いている。
そんな中、本当によくやられていると思う。
また、三島さんもすごいと思う。
フソウ連合の巫女として、またマシナガ地区の責任者代理として活発に動かれている。
それは長官をサポートする為ではあるが、その長官が忙しいのだ。
自然と三島さんも以前とは比べ物にならないくらい多忙になっている。
実際、週の半分は、マシナガ地区以外の地区にいる事が多い。
「そろそろいくつか仕事を後輩に譲らないとなぁ…」
そんな事をこの前愚痴っていたっけ。
でも、そんな素振りは見えない。
完璧主義者過ぎるのかもしれないな…。
ふと、そんな事を考える。
そして、そんな二人に私が出来る事は何なんだろうか。
二人の食事の様子を見ながらそんな事を思う。
きっと私にしかできない事があるに違いないと…。
食事が終わる頃には、零時になろうとしていた。
「長官、今回は泊まられますか?」
さすがにこの時間ではホテルと言うわけにはいかないが、この地区にも海軍支部の建物はあるし、軍施設もある。
そこに行けば、寝る位はできるだろう。
だからそう聞いたのだが、長官は少し考えた後に「午前中に予定入ってなかったっけ?」と聞き返してくる。
「はい。新見准将と山本中将との会議があります。ですが、時間を変更するように連絡を入れれば問題ないかと…」
私の言葉に、また少し考え込む長官。
だが、すぐに考えがまとまったのだろう。
「やはり、本部に戻ろう。他人を待たせたり、こっちの都合の為に時間を変更させたりするのはあまり好きじゃない。それに、午後からはやりたい事もあるからね」
「それって…最上のことですか?」
「ああ。わがままだとはわかっているんだ。でも、うまくいくかどうかわからないけど、それでも的場少佐の気持ちを考えるとね」
その言葉には不安が混じっており、それで薄々だがわかってしまった。
彼は良くも悪くも結果を早く出して楽になりたい。
そんな気持ちだという事に。
それは普段の彼からはあまり感じない弱い部分だ。
それだけ今回の最上と的場少佐の件を気にかけているのだろう。
だからこそ、私は反対できなかった。
「わかりました。では、すぐに準備させます。しばらくお待ちください」
私はそう言って立ち上がると無線を使って二式大艇の方に連絡を入れる。
すると「すぐに飛べます」と二式大艇の方から返事が返ってきた。
思わず、聞き返す。
「準備できているのですか?」
「ええ。いつでも動けるように準備は終わっております」
思わず口から言葉が出る。
「さすがですね…」
「いえ。長官や責任者代行は、多忙な方ですからね。それに対応する為にはこれくらい当たり前ですよ」
そう返事がかえってきた。
「ありがとう。助かります。では、すぐに向いますのでよろしくお願いします」
「了解しました」
連絡を終えると、すぐに出られると報告する。
「すまないな、東郷大尉、無理言って…」
申し訳なさそうにそう言う長官に、私は言う。
「私は、長官がいかに動きやすく思った事が出来るかをサポートするのが仕事ですから、気になさらないでください。それよりも、二式大艇のパイロット達を褒めてやってくださいな」
そう言って二式大艇のパイロットの言葉を伝える。
「ああ、彼らにもきちんと礼は言うよ。でも、君にも言いたくてね。本当に、ありがとう、東郷大尉。君がいるから僕は何とかやれていると思うんだ。だから、これからもよろしく頼む」
その言葉に、私は強く頷いた。
「当たり前です。私は長官の秘書官です。これまでも、そしてこれからもです」
私の言葉に、長官は少しびっくりした顔をされたけど、すぐに笑顔になった。
「頼もしいな、僕の秘書官は…」
そんな私達に三島さんがニタニタ笑いつつ言う。
「いっそのこと、嫁さんにもらって一生全部サポートされればいいんじゃない?」
「い、いや…それは…さすがに…いきすぎだと…なぁ、東郷大尉」
「そ、そうですよ。い、いきなりすぎますっ…」
「や、やっぱりそうだよなぁ…」
「え、ええ。そういう事は…順々に…」
「そ、そうだよなぁ…。少しずつだよなぁ…」
しどろもどろになる長官。
顔が真っ赤だ。
そして、多分、私も真っ赤だろう。
頬が、耳がとても熱い。
そして、おどおどと動く視線。
そして私と目があう。
その度に余計に熱量が上昇する感じだ。
どっと汗がでる。
そんな私達を見て、最初はニヤニヤしていた三島さんだったが、すぐに呆れた顔をしてぼやいた。
「あー、なんか腹立ってきた…。ほら、帰るんならさっさと出発の準備をして。ほらっ、時間ないんだからっ。」
手をパンパンと叩き、急かされて私達は真っ赤なまま出発の準備をする羽目になっていた。




