日誌 第百三日目
次々と上がってくる報告書に僕はため息を漏らす。
その書類の量と報告された味方の被害に、それがどれだけ大規模な戦いだったのかがよくわかる。
参加艦艇は、哨戒・警戒用の艦艇や補助艦を除くほぼ全てのフソウ連合海軍の艦隊戦力の艦艇が参加しており、戦いによって被害を受けた艦も多い。
その被害は以下の通りである。
大破 軽巡洋艦 最上、龍田、夕張、駆逐艦 村雨、三日月、
中破 軽巡洋艦 木曽、大井、駆逐艦 白露、吹雪、不知火、天津風
小破 軽巡洋艦 北上、駆逐艦 綾波、暁、夕立、春雨、五月雨、冬月、照月、初月
損傷軽微 多数
損傷軽微も含めると、実に警戒用、哨戒用、支援艦を除く、艦隊編成戦力の実に六割が被害を受けた事になる。
特に軽巡洋艦最上は、いつ沈没してもおかしくない状態であり、何とか北部基地までたどり着いて応急修理をうけた後に本部の港に戻ってきた。
ドックに上げられた最上を見て、ドック区画の責任者、藤堂四郎少佐はため息を吐き出してぼそりと言う。
「こんな状態で良く戻って来れましたな。自沈処理してもおかしくないレベルですよ」
そして、僕の方に顔を向けると真剣な表情で口を開いた。
「長官、ここまでぶっ壊れているものを修理したとしても以前のような性能はもう無理ですな…。基礎的な部分のダメージが大きすぎます。それに、こいつに何ヵ月も手間と暇を取られるよりも、他の艦を修理したほうがいい…」
それは本当なら僕が割り切って決断しなければならない事だろう。
海軍の責任者としては、いかに早く艦隊戦力の回復に努めるか考えなければならない。
特に北方、南方の両艦隊は、被害が大きく、哨戒・警戒などは問題ないものの、何かあったときに動く艦隊戦力は大きく低下したと言っていい事態である。
北方艦隊は、水上機母艦千歳と護衛戦隊に配属されていた駆逐艦松と桜の三隻、南方艦隊は、水上機母艦千代田、唯一戦闘参加艦で無傷の雪風、護衛隊に配属されたために戦闘に参加しなかった駆逐艦若竹と樅の四隻のみが哨戒・警戒、支援艦などを除く現状の艦隊戦力であった。
一応、連合艦隊の戦力の一部を派遣したものの、それでもカバーできていないだろう。
「わかった。最上に関しては、僕の方で色々考えたい事があるから、作業員の皆は、他の艦の修理に専念して欲しい」
「わかりました。ですがやはり時間はかかると思います」
その言葉に、僕は苦笑して答える。
「それは仕方ないよ。いつだって本番よりも準備と後始末の方が大変なのは、世の常だからね」
僕の言葉に笑いつつ藤堂少佐も同意する。
「確かにその通りですな。では、製造の方の作業員も回して修理を急がせます」
「ああ、頼むよ。ただ、王国向けのドレッドノート級や支援艦なんかの担当はスケジュール関係の調節が出来ないから除外だ」
「了解しました。善処します」
そう言って敬礼する藤堂少佐。
普段は敬礼なんてほとんどしない彼が真剣な表情で敬礼する。
それだけで事態を重く考えているのが伺える。
「では、艦の方は任せたよ」
「それで…長官は、これからどちらに?」
「ああ、病院へ行く予定だよ」
それだけで何をするのかわかったのか、無言で敬礼して藤堂少佐は僕を見送ってくれた。
ドックの後、病院で負傷者の見舞いと保障に関する話をするとすでに十五時を過ぎていた。
やっと長官室に戻ってきたら、デスクには山積みの報告書にげんなりとする。
ドックに向かう前に、あれだけ処理して出かけたというのに、書類の高さは実に朝の二倍の量になっている。
「参ったなぁ…」
そう呟くもしばらくはこんな状態が続く事は仕方ないのかもしれない。
それが管理する側の仕事なのだから。
「さてと…」
僕はそう言いながら長官用のデスクの椅子に座ると背中を反らせて伸びをする。
そして、パンと両手で自分の頬を軽く叩き、気合を入れなおした。
そして書類整理を始めようとした時だった。
インターホンがなる。
東堂大尉だ。
「長官、三島地区責任者代理が来られました」
そう言えば、相談があるから呼んでいたのを思い出した。
危ない、危ない。
すっかり忘れかけていたよ。
「ああ、わかった。お通しして」
「了解しました」
長官室のドアが開き、三島さんが入ってくる。
入ってくるなり、彼女は僕をねぎらうように言う。
「お疲れ。細かいところはまだだが、国難によくがんばってくれたよ」
「いえいえ。僕よりも現場の人たちの方が何倍も大変ですから、彼らに言ってあげてくださいよ」
僕の言葉に、三島さんの表情にはやっぱりかという感情が浮かんでいる。
「長官、わたしは謙虚な人物は好意を持つ方だが、あまり謙虚すぎるのも考え物だと思うぞ。もう少し、自慢してもいいと思うがね」
「いや、ですが…」
そう言いかける僕の言葉を制して三島さんは言葉を続ける。
「相変わらずだが、それは自分の部下を貶めている事になるんじゃないか?長官の武勲は、部下がいかに優秀であるかという証でもあるんだからな」
そう言われてしまえば、何もいえない。
確かに、三島さんがいうことも一理あるからだ。
「わかりました。少し考えておきます」
僕がそう言うと、ニタリと三島さんは笑う。
「それにだ、自信満々な男性の方がモテるしな」
その物言いに僕は苦笑するしかなかった。
三島さんにソファを勧めて、僕もソファに座ると東堂大尉が紅茶とお茶請けを持ってくる。
今日のお茶請けはチーズケーキだ。
昨日の夜に作っておいたのだろう。
なかなかおいしそうだ。
「ありがとう。おいしそうだ」
僕がそう言うと、東堂大尉はうれしそうにニコリと笑って退出した。
その様子を見ていた三島さんは、ぼそりと言う。
「胃袋を捕まれてるな」
「へ?それって…」
「いやいや。なんでもないよ。それで話とはなんなんだい?」
さっと話題を切り替え、単刀直入で聞いてくる。
実に三島さんらしいと思う。
「一つは、結界の件です。今回の戦いでは、本来ならば我々の為にあるはずの嵐の結界を敵はうまく使ってきました。それでかく乱されてしまい、対応が後手後手に回ってしまいました。それで、さすがにそろそろ結界について本格的に考えなければならない時期かなと…」
僕の言葉を複雑そうな表情で聞いていた三島さんだったが、僕が話し終えると口を開いた。
「実害が出始めたのなら、再考する必要がある。しかしあの結界は我々を長く守り続けたものであるし、あれがあるおかげで人々は安心しているという側面もある……」
そこで言葉を止めると、少し考え込み再度言い直す。
「いや。再考するべきだな」
多分、魔術、それも代々守り続けてきたものであるからこそ、こだわりと誇り、それに伝統があるのだろう。
しかし、それでも三島さんは決断をした。
「ありがとうございます」
僕はそう言って頭を下げた。
彼女の決断に敬意を払って。
「別にお礼を言われるような事じゃないさ。国を守る巫女であり、魔女としての決断さ」
そう言うものの、苦渋の決断だと思う。
「それで、やはり、以前言っていたような警戒型に切りかえるという事でいいのか?」
「ええ。それが一番いいと思うんですよ。こっちとしても守りやすいし、それに結界を無くすわけではないので…」
「なるほどね。それを議会にかけるというわけか…」
「ええ。次の議会で提案します。だから…」
「意見をまとめておきたいという事だな」
「はい」
「わかった。実際に変更した場合の事を考えた報告書を用意しておこう」
「はい。それでお願いします」
そう言った後、自然と口から息が漏れた。
「ふう…」
一つ肩の荷が下りたような感覚だ。
だが、三島さんに相談したい事はもう一つある。
それを切り出す。
「それともう一つ聞きたい事があるんですよ…」
「ああ。構わないよ。なんだい?」
僕はゆっくりと口を開く。
「付喪神の件です」
その言葉に、やっぱりかと言う表情を浮かべる三島さん。
「聞いているよ。最上がかなりやばいんだって?」
「ええ。それで試したい事があるんですよ。その件での相談です」
「長くなりそうだな。紅茶のお代わりを頼んでくれないか?」
三島さんはそう言うとニヤリと笑った。




