北部基地
「くそっ…天候はまだ回復しないのかよ」
椅子に座ったごつい男が神経質そうに足を揺すってそう言った。
「仕方ありませんよ、間山さん。この天気です。それにですよ、もし出れたとしても攻撃なんて…」
ごつい男…間山に困ったような表情でそう説明するのはのんびりとした感じの男だ。
「しかしなぁ、根目よ、根性あれば…」
「根性があっても無理なものは無理なんですよ」
「しかしだ、根性がなければ、何も出来ないじゃないか」
「まぁ、確かに根性が必要なこともあるでしょうが、根性さえあればっていうのは止めた方がいいですよ。今時流行りませんって…」
痛いところを疲れたのだろう。
一瞬黙り込む間山。
しかし、すぐに言い返す。
「うっ…。それをいうなよ。だがな北から侵攻してくる帝国艦隊に対して北方方面艦隊だけしか対応してないらしいじゃないか…。やはり、ここは無理してでも…」
「駄目ですよ、間山さん。それになんか色々言ってますけど要はあなたはただテルピッツを仕留めたいだけでしょう?」
ずばり言われて間山は黙り込む。
実際に作戦開始前は、テルピッツに止めを刺すのは俺だと言いまわっていたからだ。
しかし、すぐに思い出しのか言い返す。
「お前だって、テルピッツに急降下爆撃を食らわせたいって言ってたじゃねぇか」
「ええ、言ってましたけど、この天候ではねぇ…」
そう言って根目は窓の外の空を見上げた。
そして、すーっと横目で間山を見つつ口を開く。
「それに、戦いなら仕方ないと思えますけど、悪天候が原因で部下を死なせたくありませんからね。あなたはどうです?」
「うっ……それは俺だって…」
そう呟くように言うと「はぁ…」とため息を吐き出し、恨めしそうに空の様子を見る。
その目には悔しさと無念さに満ち満ちていた。
しかし、そんな間山の思いとは裏腹に、ここ北部基地の空域はまだ風は強く吹き雨が激しく振り続けていた。
「的場少佐、うまくやってるといいが…」
杵島大尉はそう呟き心配そうに荒れて嵐になっている空を見上げる。
基地総司令である的場少佐が出払っている現在の北部基地の指揮は彼に任されていた。
当初の計画でも、かなり厳しい戦いになると想像できたのに、航空部隊が思ったように動かせなくなってしまい、実質、北方方面艦隊のみで戦っている現状は予想以上に不利と言うしかない。
また、作戦では合流する予定だった第三艦隊は別任務が与えられ、北上している第二艦隊は補給とこの嵐の為に北方方面艦隊との合流がかなり遅れていた。
そんな杵島大尉に副官である東芝中尉は慰めるように言う。
「なぁに、あの司令官なら何とかしますよ」
「そんな事はわかっている。しかしだ…もし大怪我でもしたら…妹になんて言えばいいのか…」
その言葉に、東芝中尉は苦笑した。
この北部基地総司令であり、北方艦隊司令官である的場少佐は、隊長の妹と付き合っている。
隊長の話だと、長距離恋愛になるがかなりラブラブらしい。
実に嬉しそうに話していた。
もっとも、それを聞かされる妹さん狙いで失恋した事になる部下達数人には、たまったものではないだろうが…。
まぁ、それは置いておいて、的場少佐を隊長は気に入っている。
妹好きな隊長が、妹を任してもいいと思うほどだから、かなりのものだと思う。
常々彼の力になりたいと思っていたに違いない。
ましてや同じ基地に赴任となったからにはなおさらだろう。
「また、お兄ちゃんに任せておけとかかっこつけたんでしょう?」
そう言われてぴくりと動きが止まる杵島大尉。
どうやら図星らしい。
「言うな…。お前も妹を持ったらわかる。特にかわいい妹ならなおさらだ。その妹がやっと俺が認めた男を彼氏にしたんだぞ。なら、その男を全力で守るしかないだろうがっ!!」
気合を込めて力説しながら言う杵島大尉に、「はぁ…」なんて見せ付けるようにため息を吐き出した後、東芝中尉は小さい声で呟くように言った。
「相変わらずの妹馬鹿ですねぇ…」
よく聞こえなかったのだろう。
「何か言ったか?」
聞き返す杵島大尉に、「いいえ。何でもありません」と返事を返した後、東芝中尉は口を開く。
「隊長の気持ちもわからなくはないですが、陸の上ならともかく、海の上の事は我々にはどうしょうもないですよ」
「そうだよなぁ…」
そう言った後、杵島大尉は呟くように言う。
「海の方に転属するか?」
その呟きに、東芝中尉は慌てて言う。
「何言ってるんですかっ。艦艇だと、隊長の好きな肉弾戦はほとんどありませんよ」
「そうなんだよなぁ…。そこなんだよ…」
そんな事をだらだらと北部基地陸戦隊駐屯本部の隊長室で二人が話していると、あわただしく隊長室のドアがノックされた。
「どうした?」
東芝中尉がそう声をかけると、ドアが開けられ、通信兵が一枚の紙を持って敬礼する。
「本島の基地司令部からの指示です」
そう言われ、二人は互いの顔を見合わせた後、杵島大尉が口を開く。
「かまわん。読め」
「はっ。『テキベツドウタイ ガ ホクブキチ ヲ オソウカノウセイアリ。ケイカイサレタシ。マタ コチラヨリ タイオウスル ベツドウタイ ヲ ハケンスル』以上になります」
その瞬間、二人の顔が今までとは違う真剣な表情になった。
「わかった。報告ご苦労。引き続き任務を遂行せよ」
「はっ。ありがとうございます」
敬礼してドアを閉めた後、足音が遠ざかっていく。
「さて…、どう思う?」
そう問われ、東芝中尉は、少し考え込んだ後口を開いた。
「この報告は、我々にとってはあまりいいニュースではありませんけど、北方方面艦隊にとってはいいニュースになってますね」
東芝中尉の言葉に、杵島大尉はにやりと笑いつつ聞く。
「要は北方方面艦隊の負担が減るってわけだ」
「そういうことです。航空隊も出せない現状、何も手助けできない我々が出来る最大の援護射撃ですかね」
「確かに、それはそうだが、しかし、別働隊を派遣と言っていたが、そんな戦力が本部にあるのか?」
「多分、本島の防衛用の戦力を回したんでしょう。それだけ、ここが襲われる確率が高いという事なんでしょうね」
考え込みつつ、そういう東芝中尉に杵島大尉はニヤリと笑いつつ言う。
「ふふっ。うちの長官はなかなかの博打打ちらしいな。それともそれだけ確信があるのか?どっちにしても、面白いな…うちの長官は…」
「気になりますか?」
「ああ、的場少佐を抜擢したり、うちの妹の上司だから前々から気にはなってたんだけどな。今度、機会が合ったら話してみたいもんだ」
そう楽しそうに言うと、すくっと立ち上がって命令を下す。
「基地守備隊に警戒命令を出せ。視界が悪いが、見逃さないように厳重に警戒させろ。そして、天候観測をしている部隊には、今後の天候予測。後は、航空隊に連絡して近場なら出撃可能かどうか確認させろ」
「了解しました。それで…北方方面艦隊には、この指示は伝えますか?」
「伝えなくてもいい。どうせ伝えたとしても、連中の負担にしかならない。だから、我々だけで乗り切るぞ」
「後、具申ですが、出来れば別働隊とは、連絡を取っていた方がいいのではないでしょうか?」
そう言われ、杵島大尉は頷く。
「そうだな。すぐに連絡を取ってくれ。それとこっちの現状の報告もな」
「はっ。了解です」
東芝中尉は敬礼した後、駆け足で隊長室を出て行く。
その後姿を見送った後、杵島大尉は椅子に座るとデスクの上にある普段は伏せている写真立てを手に取り、それを見る。
そこには、笑う自分とうれしそうな笑顔で抱きつく妹とそれを照れたような表情で受け止める的場少佐の三人の姿があった。
「死ぬなよ…的場…」
ぼそりと呟くように口から漏れた言葉には、心底心配する思いが篭っていた。




