第二次シマト諸島攻防戦 その2
「敵大型艦、左に艦首転換。回り込むようにして砲撃を開始してきます」
監視の兵の声に、アデリナは侮蔑したように笑う。
「仲間を助ける為ってこと?馬鹿じゃないの?」
その言葉に、艦橋内の乗組員の視線が一瞬だがアデリナに集まった。
だが、後は何もないように自分の仕事に集中している。
そんな周りの視線にノンナは気づいてはいたが、何も言わなかった。
言ったところで、「だから?」で済まされるからだ。
「でもいいわ。そんな反吐が出そうな対応する貴方はこの子でギタギタにしてあげる」
まるで肉食獣が獲物を目にしたかのように、目には妖しい光が宿って舌が唇を卑猥に舐める。
「他の連中はどうでもいいから、あの艦に集中砲火よ」
命令に従い、テルピッツのあらゆる砲が最上を狙う。
テルピッツからいくつもの火線が最上に向って流れるもまるで相手の動きを読んでいるかのように最上はかわしていく。
もちろん、さすがに全部かわすという事は出来ない為、いくつかは当たっているだろう。
しかし、それらは小口径のもので、元々重巡洋艦として改修する為に20センチ砲弾も耐えられるように設計されている最上の装甲を突き破る事は出来ていない。
「何で当たらないのよっ」
ヒステリックなアデリナの声が艦橋に響く。
彼女の目には、最上が砲撃の中を気楽に動き回っているかのように見えている。
以前の王国との戦いでは、主砲は面白いように当たり、一撃で敵の艦艇は次々と沈んでいった。
しかし、フソウ連合海軍との戦いでは、主砲は未だに一発も命中させていない。
ダンダンダンっ。
海図を載せたテーブルを叩き、床を踏み鳴らして悔しがる。
その様子は、何も事情が知らないものが見ればかわいいと写るかもしれないが、今、艦橋にいる者達にとってはイライラを増幅させるものでしかなかった。
そうなってくるとどうしても仕事に邪念が入り、集中力が乱され、やっている事が雑になっていく。
それは、見えない形でテルピッツのポテンシャル低下を招いていたが、アデリナは気が付いていない。
いくら艦艇から愛されようが、艦艇を愛そうが、結局は艦を動かすのは人であり、人をないがしろにする彼女には人を畏怖させたりは出来ても、この人の為にがんばろうという尊敬は得られはしないものなのだ。
その様子は、まるで裸の王様のよう…とノンナは思っていた。
まるで一対一のような砲撃戦が繰り広げられたが、圧倒的に有利であるはずのテルピッツが押され始めていた。
それどころか、最上の主砲の砲弾を数発喰らい、左側の前方の15センチ連装速射砲と10.5センチ連装高角砲がそれぞれ二基破壊されてしまう。
その箇所は、以前の戦いで破壊された部分で、結局、現状の鋼鉄で補強され、現状で手に入る代わりの同口径の砲を設置しただけのもので、耐久力を含めて何もかも以前のものよりも大きく劣化しており、あっけないほど簡単に破壊されてしまっていた。
「テルピッツの左前方の側面砲群破壊っ」
監視員の報告に、最上の艦橋が沸きあがる。
だが、決して最上も無傷ではない。
主砲こそ当たっていないものの、水上機用のカタパルト、クレーン、ボート等は吹っ飛んでおり、左舷の12.7センチ連装高角砲も二基とも破壊されていたが、致命的なダメージを何とか避けて主砲である15.5センチ砲をうまく使って有利に戦いを進めていた。
しかし、それでも決定打とはならない。
テルピッツの装甲を貫くには、最上の主砲では火力が足りなさ過ぎたのだ。
よって、唯一の決定打となる魚雷を放つべく様子を伺う。
その時、チャンスを知らせる報告が入った。。
「五月雨、村雨、共に機雷群を無事突破しました。村雨はそのまま北部基地に向うそうです。五月雨は、予定の場所で待機するだそうです」
その報告に、的場少佐がタンっとひざを叩く。
「よしっ。潮時だっ」
その的場少佐の声に、最上が答える。
「了解しました。雷撃戦用意っ。方向を変えつつ左舷魚雷菅全菅発射。発射後は一気に方向転換。そのまま速力を上げて機雷源の突破口に入るぞ」
最上の命令に、艦橋にいた乗組員が答える。
「了解しましたっ」
「水雷長より、伝令っ。いつでもいけるそうです」
最上が一瞬、的場少佐を見る。
その視線を受け、的場少佐が頷いた。
「よしっ。魚雷発射っ!!そのまま一気に方向転換。敵を引き離すぞ」
砲撃を繰り返しつつ、最上の左舷から六発の酸素魚雷が放たれる。
そして、もう用はないとばかりに一気に方向を変えると最初に向っていた方向へ速力を上げつつ進む。
もちろん、四番、五番砲塔の射撃は続いているが、あくまで牽制としてだ。
放たれた酸素魚雷は、航跡も残さずテルピッツとその後に続く帝国艦隊に向かっていく。
そのままの速力なら、間違いなくテルピッツに命中するだろう。
最上や的場少佐を初め、艦橋にいた乗組員はそう思っていた。
しかし、そこでテルピッツは思わぬ動きをする。
「敵艦、方向転換。速力を上げて逃走し始めました」
「そういうのは見れてるからわかるわよ。ここまで来て逃がしてたまるものですかっ。全速前進っ。最大速力で敵艦を追いなさい」
アデリナのいきなりの命令に、ノンナが慌てて言う。
「後続の艦隊と離れてしまいます」
「構わないわ。鈍亀どもは後からゆっくり来るといいわ。あの艦だけは絶対に沈めてやるんだからっ。さぁ、急いでっ」
アデリナの命令で、二十ノット前後で進んでいたテルピッツはいきなり速力を上げる。
荒れた波の影響で巨艦がぐらりと激しく揺れるが、そのまま構わずに一気に最高速力近くまで速力を上げていく。
もっとも、それでも二十五前後までしか出なかったが、そのおかげで魚雷のコースからテルピッツが離れ、後続の艦隊から二つの爆発音が響く。
最上の放った魚雷が命中したのだ。
その光景を見て固まるテルピッツの乗組員達。
そんな中、アデリナだけが楽しげに笑う。
「なんか、この子があれを追いかけなきゃって言ってたような気がするのよね。やっぱり、それにしたがって正解だわ」
そう言った後、先に進む最上を指差す。
「さぁ、一気に追いつくわよ」
「り、了解しました」
怯えたような表情を浮かべる乗組員達。
前回の王国の戦いの時はアデリナはビスマルクに乗っており、ビスマルクの乗組員からその異常さは耳にしていた。
しかし、与太話と高をくくっていたものの、実際にその瞬間を見てしまい、聞いた話が与太話ではなかったと確認させられる。
多分、彼らには、アデリナが世間が言うように「艦艇に愛し愛される姫君」とは見えていない。
予想外の不可解なものとしか目に映らないだろう。
そして、人は自分の理解が及ばぬものを恐れる。
だからこそ、彼らは怯えたのだ。
そんな乗組員達を脅かすようにテルピッツが吠えるように震え、速力を上げていく。
自分たちは、何に乗っているのか…。
自分たちは何をやっているのか…。
乗組員達の心の中に恐怖のみがゆっくりと広がりつつあった。




