第二次シマト諸島攻防戦 その1
「敵、喰らいつきました」
まずは第一段階終了だ。
その報告に、的場少佐はふうとため息を吐き出すが、その後に続けられた報告に表情を曇らせる。
「敵艦隊二つに分かれます。後方の艦隊は、ゆっくりと戦線を離脱していきます。前方の艦隊は単縦陣。先頭はテルピッツです」
後方の艦隊は、おそらく足の遅い支援艦や被害を受けた艦艇だろう。
こっちはあまり気にしなくていい。
だが、問題は喰らい付いてくる前方の艦隊だ。
単縦陣で、さらに先頭は一番速力の速いテルピッツ。
つまりは、最高速度の遅い艦艇を置き去りにしてもテルピッツだけなら喰らい付いて来れるという事である。
一撃離脱を繰り返した結果、敵をかなり削る事は出来たものの、テルピッツという一番の脅威にはダメージを与えられず、それだけでなく敵に対処法を考えさせてしまったという事になる。
うまくやったつもりだが、裏目裏目に出ている印象だ。
「不味いな…」
的場少佐の呟きに、彼の後ろに控えていた最上はぽんと肩を叩く。
「大丈夫ですよ。それでもこっちの方が速度は速いですから…」
的場少佐の思考を読んだのだろう。
安心させるように自信たっぷりの言葉で言う。
確かに、そう言う理由は的場少佐でもわかる。
事前に渡されたテルピッツに関する資料が正しいのなら、最上の言うとおりとなるだろう。
最上の最高速力は三十六ノット前後、護衛を務めるのは白露型の駆逐艦村雨と五月雨の二隻でこちらは大体三十四ノット。
それに対して、テルピッツは三十ノット前後で、さらに敵艦隊の重戦艦や戦艦、装甲巡洋艦は二十ノット前後である。
もしテルピッツが後続の艦艇を置き去りにしたとしてもスペックを比べただけなら十分引き離せる。
しかし、問題はこの悪天候と荒い海だ。
果たしてどれだけ速力が出せるだろうか。
「大丈夫ですよ。任せてください」
最上は再度、ポンと的場少佐の肩を叩く。
「わかった。わかったよ。そうだな。色々考えすぎも良くないな。すでに行動しているときは、その時々の対応をしていくしかないな」
的場少佐は最上にそう言うと、右手を前方に突き出して命令を発した。
「各艦に伝えろ。直線に動くな。常にジグザグ或いは曲線を描くように動けと。それと同時に、砲撃を開始だ。後の事は考えるな。撃ちつくしても構わんぞ」
「「了解しました」」
通信士や伝令係がそれぞれ自分の仕事をする為に動き出す。
そして最上も命令を発した。
「当てても問題ないからな。四番、五番主砲、それぞれ撃ち方始めっ!!」
その号令にあわせるかのように最上の後部主砲である、四番、五番主砲の15.5センチ三連装砲塔二基、計六門が火を吹く。
無線か手旗信号といった伝令が届いたのだろう。
それに従うかのように左右に従う村雨、五月雨の後部にある12.7センチ連装砲塔二基、二隻分をあわせた四基、計八門が砲撃を開始した。
それに触発されたのだろうか。
帝国側も砲撃を開始するものの、一番大きな艦艇であるテルピッツが先頭のため後続の艦の砲撃はほとんど出来ない上に、さらに単縦陣の為、テルピッツが撃てる砲塔も前方を向くもののみだ。
しかも荒波による揺れと向かい風で後ろから追う立場のテルピッツの主砲の命中率は限りなく低い。
その代わり、比較的取り回しのいい15センチ連装速射砲と10.5センチ連装高角砲が威力を発揮し、この悪条件の中、あわや命中かといった射撃を見せていた。
もちろん、北方方面艦隊も条件は同じであったが、元々の命中率の高さと向かい風の影響を受けない差によってこちらはいくつか砲撃をテルピッツに当てていたが、やはり火力の差が大きい。
12.7センチ砲や15.5センチ砲では完全に装甲を貫けないでいた。
この戦艦に対しての現状の戦力では、距離を詰めての接近での砲撃か、魚雷のみがテルピッツに対して有効な攻撃であった。
「ふふふっ。その程度の火力では、この子の装甲を貫けないわよ」
テルピッツの艦橋では、頬を朱に染めて興奮気味に指揮を取るアデリナの姿があった。
事実、彼女の目には王国での戦いと同じ光景にしか見えていなかったに違いない。
それにどういうわけか、艦橋にだけは砲撃が当たらない。
当たりそうな砲撃は、なぜか不自然にテルピッツが揺れたり進路がずれたりで別の場所に当たっている。
操舵手がそうしようと動かしているのではないにもかかわらずだ。
それはまるでテルピッツがそこにいる黄金の姫騎士を守るかのようだった。
そして、それはテルピッツだけではない。
彼女の乗艦した艦艇は、彼女が乗り込んでいる限り沈んだことはないし、艦橋に砲撃があたったことはない。
だからこそ、人々はいうのだ。
彼女こそは『艦に愛され、艦を愛する乙女』と…。
なお、本当に乙女かどうかは別問題なのでここでは何も言わないが、それほど彼女の存在はその艦艇のポテンシャルを底上げしていた。
そして思い出したかのようにアデリナは監視している兵に声をかける。
「ところで後ろは付いて来てる?」
監視の兵は、咄嗟に聞かれて一瞬何の事かと思ったが、すぐに艦隊の事かと思い即答する。
「はい。なんとか付いて来ています。ですが、少しずつですが距離が開いているみたいです」
その報告に、うんざりとした顔をするアデリナ。
「何とかしなさいよ」
そう言われても、魔法でも使えれば別だろうが、ただの監視の兵にそれが出来るわけがない。
困ったような顔で黙り込む兵士に、つまらない視線を送った後、視線を前に向けた。
「しかし、なかなか当たらないわね…」
「この天候ではなかなか難しいかと…」
横に控えていたノンナがそう言葉を返す。
「でも、相手は当ててきてるわよ」
「それは、敵の方が熟練度が高い為かと思われます…」
「うちの方が射撃能力が低いというの?」
「いえ。相手が良すぎるといった方がいいかもしれません」
そう言われてしまえば、何も言い返せず黙り込むしかない。
実際、この状況で当ててくるフソウ連合の熟練度が異常なだけなのだ。
多分、他の国との戦闘では、どちらもラッキーな命中以外は被害なしとなってしまうだろう。
「これは、なんとしても演習用の追加予算を回してもらわないと駄目ね」
気軽にそう言うアデリナに、横に控えていたノンナは一瞬だが恨めしそうな表情を見せたが、すぐに無表情に戻る。
多分、誰も気づいていないだけで、よく見たらそういう事はちょくちょくあるのかもしれない。
しかし、じっと顔を見続けるものはいないし、ほんのわずかな事なので誰もが今まで見逃していたのだろう。
だから、その場にいたものは誰も気が付かなかった。
いつも通りの無表情のままだと思っていた。
そう思い込んでいただけなのだが、誰も気が付かなければ関係はない。
結果、ノンナという銀の副官は、いつも無表情という冷めた美人だと誰もが思っていただけであった。
戦いは膠着していた。
逃げるもの、追うもの…。
距離は詰まらず、ただ砲撃を繰り返すのみだ。
もちろん、テルピッツが後続の艦を見捨てれば、変わったかもしれないが、それは選択されない。
ゆえに、現状では、何かきっかけがなくては流れは変わりそうになかった。
だが、そのきっかけがついに起こる。
あまりの当たらなさに憤慨した黄金の姫騎士の為、奮起したのだろうか。
テルピッツの10.5センチ連装高角砲の一発が駆逐艦村雨に命中したのだ。
後部にある第二主砲が吹き飛び、艦体が軋む。
そして、魚雷や弾薬庫への誘爆を防ぐ為に必死の消火が行われ、一部の魚雷の破棄と艦内の一部に海水が入れられた。
そのおかげか火災も収まり、何とか誘爆は防がれたものの、艦内の一部に海水を入れたために自重が増えて一気に速力が落ちた。
若干の機関の出力に余裕はあったものの、それでもカバーできずにずるりずるりと他の二隻から引き離され始める村雨。
機雷源まであと少し…。
まさに、目と鼻の先であったが、この痛手は大きかった。
「村雨より入電。『速力低下このままでは足手まといになる。我が艦を置いて作戦を遂行せよ』以上です」
的場少佐がその報告を聞き、ダンと海図を載せたデスクを叩く。
「馬鹿野郎がっ。諦めるなと返信。それと五月雨には先行するように伝えろ」
「はっ、了解しました」
通信手にそう命じ、的場少佐は最上を見る。
「わかってますよ、任せておいて下さい」
最上は的場少佐の視線を受けると苦笑しながらそう返事をする。
そしてきっと表情を引き締めた。
「砲雷撃戦用意っ。艦首を左に向けろ。今より、本艦は、敵戦艦と交戦し、味方の離脱の時間を稼ぐ」
こうして、軽巡洋艦最上と戦艦テルピッツの戦いが始まった。




