帝国の逆襲 その3
命令変更の報告を受けた的場少佐は渋い顔をしたが、「承知した。出来る限りの事はするが、なるべく早くの支援を希望する」と返信するように指示して黙り込んだ。
そんな的場少佐に、艦橋にいた北方艦隊編成の際に幕僚となった一人が憤慨したのだろう。
「何を考えているのだ、司令部はっ。無理難題を押し付けてくるな」
真っ青な顔でそう吐き捨てるように言う。
また、それに便乗するかのように、他の幕僚からも司令部批判の声が上がる。
そして、ついに長官を批判する言葉が出たとき、的場少佐が口を開いた。
「確かに皆の言う事も一理ある。しかしだ…」
そう言って艦橋に集まっている自分の幕僚全員を見回して口を開く。
「あれだけ被害が出ないように気を配り、戦傷者や死亡者に手厚く尽くして兵を大切にする長官がこんな命令を下したのだ。こんな命令を下さねばならない長官の心中も察してほしい…」
それほど大きな声ではないが、それでも文句を言っていた幕僚達は黙り込み、下を向いた。
彼らも知っているのだ。
戦傷者の一人一人に見舞いをしていた長官の姿を…。
死亡者の家族にできる限りの保障をするように命令していた長官の姿を…。
幕僚達のその様子を見た後、少しほっとしたような表情をした的場少佐は言葉を続けた。
「長官がこんな命令を下すという事は、よほどの事だ。その辺は我々以上に苦しまれているはずだ。それにだ…」
そう言って。ニタリと笑う。
「それだけ、我々は頼りにされているということだ」
その言葉が終わるや否や艦橋の出入口近くで拍手が響いた。
「さすが、的場少佐だ。わかっておられる」
そう言って笑いつつ拍手をするのは、ほんの数時間前まで軽巡洋艦木曽で帝国艦隊を翻弄していた野辺大尉だ。
「どうしたんだ?」
「いやなに、補給作業中は手が空いているからな。それに作戦変更の指示かあったから、確認ついでに最上に寄ってみただけだ」
「そうか。すまん負担をかける」
的場少佐がそう言うと、野辺大尉は苦笑する。
「よせよせ、命令なら仕方ない。それにだ…」
そう言って野辺大尉は笑いつつ言った。
「確かにピンチではあるが、こんな大舞台で、しかも自分らの何倍もの敵相手に無双できるんだ。こんなに楽しい事はないぞ」
その言葉に、幕僚達の暗く沈み込んでいた表情に少し、明るさが戻ってくる。
そんな様子を見ながら的場少佐はほっとした。
自分の言った事以上に野辺大尉の一言で艦橋内の雰囲気ががらりと変わったことがわかったからだ。
「すまないな。助かったよ…」
少し幕僚達から離れて的場少佐が野辺大尉だけに聞こえるように小さな声でそう言うと、野辺大尉は苦笑した。
「よせよ。俺は本当の事を言っただけだぜ。配属された最初は、アンタの下でって事もあって嫌で嫌でたまらない感じだったが、今じゃこの人事に感謝しているよ。それにだ。おかげでアンタの事も長官の事もいろいろ知ることができたからな」
「まぁ…、俺もお前の事を誤解してたようだ。すまなかった」
的場少佐が頭を下げかけると、慌ててそれを野辺大尉は止める。
「おいおい。やめてくれよ。上官として信頼し、尊敬できるってだけで、アンタ個人は好きじゃないって今でも思ってるからな。だから、礼はいらねぇよ」
「それでも、ありがたかったんだ。ありがとう…」
軽く頭を下げられ、野辺大尉は苦笑して頭をかく。
「なんかやりづれーな」
なんて呟きながら…。
しかし、すぐに表情を真剣なものに変えると聞き返してくる。
「それでどうするんだ?」
「初期の第三艦隊との挟み撃ちは出来ない以上、じわりじわりと後退しつつ、敵の戦力を削り時間を稼ぎつつ連中の目をこっちに向ける」
的場少佐はそう言いつつ、海図を指差して説明していく。
「そして、この諸島まで敵を引きずり込む。前回のときに用意した機雷群と新しくここに機雷群を作って隊列を細長くしなければならない状況に追い込んだ後に横から旗艦のテルピッツを狙って艦隊と航空隊による雷撃戦を行う」
的場少佐の説明に、頷いていた野辺大尉だったが、気になった事があったのだろう。
少し眉間に皺を寄せて聞き返す。
「しかし、それでは横から雷撃をした艦艇も機雷群から離脱できないのでは?」
「普通ならそうだ。しかしだ。こことここの間に、コンクリート船と機雷網を広げて脱出ルートを作る。そして一撃離脱をした艦艇はここから戦場を離脱し、脱出後はすぐにコンクリート船は爆破して機雷群の隙間を埋める」
「ふむ…。移動位置を間違えたらとんでもない事になるな…」
「ああ、だが、そうでもしなければあれだけ艦隊に囲まれたテルピッツは狙えん」
「確かにな…。よし、その作戦で行こう。雷撃するのは俺らの部隊でやるから、準備と囮を頼むぜ、司令官殿」
少しニヤけながらそう言う野辺大尉。
「仕方ないな。お前の為に舞台を用意してやるか…」
それをしょうがないといった顔で受け入れる的場少佐。
そこには、以前の犬猿の仲のような雰囲気はまったくない。
それどころか、お互いの事がわかりあう友のような雰囲気があった。
その様子を最上はうれしそうに見ながら思う。
もっとがんばらなくては。
そして、絶対に的場少佐を守らなければと…。
何度も繰り返される一撃離脱の雷撃攻撃に、今やアデリナはノンナの言う見えない魚雷を認めざるえなかった。
旗艦である戦艦テルピッツは無傷で健在なれど、すでに重戦艦一隻、戦艦一隻、装甲巡洋艦六隻、支援艦十隻…計十八隻を失い、それ以外の艦にも損傷したものが増え始め、中には機関をやられてろくに動けなくなってしまった艦さえもある。
実に戦力の二割以上の被害が出てしまっていた。
「ええいっ。もうさっきからちょこまかと…。正々堂々と戦いなさいよ。騎士道に反しているわ」
アデリナのその発言に、ノンナが呆れ顔で突っ込む。
「お嬢様、相手は騎士ではございませんし、数が圧倒的に違うのに、真正面からぶつかる馬鹿はおりません」
指摘されて恥ずかしかったのだろう。
顔を真っ赤にしてノンナに言い返す。
「わ、わかっているわよっ。例えよ、例えっ…」
そう言いつつも、むすっとした表情で考え込む。
このままだらだらと消耗するだけだ。
ならば…。
「ノンナ、動けない艦艇と支援艦を除くと、どれだけの戦力が残っている?」
すでに計算していたのだろう。
答えはすぐに返ってきた。
「重戦艦二、戦艦三、装甲巡洋艦四といったところでしょうか。被害を受けて足の遅くなった戦艦、装甲巡洋艦は支援艦を守らせて後退させましょう。さすがに後退する艦隊に追い討ちをかける余裕は連中もないでしょうから」
「ふむふむ。本艦テルピッツも含めると十隻か…」
そしてさっきまでのイライラが嘘のようにアデリナはニタリと笑う。
「いいわ。大艦隊はどうしても動きがとろくなるし、何よりテルピッツの戦力を活かし切れていない。その戦力で一気に敵を食い千切るわよ」
「了解しました。お嬢様」
ノンナがそう返事をして頭を下げる。
そして、すーっと懐中時計を差し出した。
「そろそろお時間でございます」
「あら、もうそんな時間なのね。他の艦隊ははうまく動いている?」
「はい。お嬢様お気に入りの巡洋戦艦シャルンホルスト率いる第二艦隊も、第三艦隊も問題なく嵐の結界内を移動し、問題なくフソウ連合領海内に侵入成功したとのことでございます」
「くそったれ」
潜望鏡で周りを見回していた岸辺少尉は悪態をついた。
いつの間にか帝国艦隊の数が少なくなっていたのに気がついたのは、結界を突破してからしばらくしての事だった。
まだ嵐の結界内に残っているのかと思ったがその様子はなく、実に帝国艦隊の数は半分近くになってしまっている。
つまりは、結界内で別れたのだ。
慌てて帝国艦隊から距離を置き、無線用のブイを出して本部へ報告を無線を送る。
しかし、結界内で別れたとすれば、視界で監視しいる場合、そのまま結界に沿って動かれれば相手の動きは把握できない。
防御の要としての嵐の結界が、敵の動きを隠すことになるとはな…。
意外な盲点に岸辺少尉はため息を吐き出した。
「他の潜水艦との連絡は?」
無駄だと思うものの、岸辺少尉は言葉を口にする。
「潜行作戦中の潜水艦がどうやって知らせるんですか?」
呆れたような声で答える、伊-400の付喪神。
「わかってんだよ。だが、何かないのかよ…」
まるで駄々をこねる子供のような言い分に、伊-400は苦笑するしかない。
「無理ですね。ただ、もしかしたら、他の潜水艦によってはその動きに気がついて追尾したやつがあるかも…」
そう言いつつも、伊-400も信じてはいない。
そんな事があるはずがないと…。
しかしだ、ありえない事と思っていた事がありえる事が稀にある。
そして、その稀にある事が今実際に起こっていた。
「敵艦隊の一部が別行動に移っているだと…」
それは呟くような言葉。
潜望鏡を見て周りを確認していた伊-19は、一旦潜望鏡から目を離し、そして再び潜望鏡で周りを確認する。
そこには、嵐の結界内を進む二十隻程度の艦隊の様子があった。
「どうやら間違いないようだな…」
その呟きに副長が聞き返す。
「どうなさいますか?」
「潜行中は何も伝達方法がないんだ。少し距離を置きつつ、追尾。そして結界外に出たら無線ブイを出して無線報告。その後は連中を後ろから襲うぞ」
「命令なしでいいんでしょうか?」
「このまま黙って放置ってわけにはいかんだろうしな」
その言葉に、納得した表情で副長は頷いた。
「了解です。ですが、ギリギリまで命令を待ちましょう」
その言葉に、伊-19はニタリと笑った。
「ああ、わかってる。だが、もう駄目だと思ったら…いいよな?」
「はい。その時は…」
副長が苦笑して答える。
「ふふふ…。連中に目にもの見せてやるぞ」
その笑みには、長い間偵察や監視の作戦ばかりで戦闘する事がなくて貯まっていたストレスを発散させるかのような雰囲気が漂っていた。




