帝国の逆襲 その1
帝国暦九十三年十二月十日。
その日の夕方からアレサンドラ軍港より出撃する複数の艦隊があった。
五隻、十隻といった感じで、少しずつ艦艇が出航していく。
だがまとまった動きではなく、ある艦艇は南に、ある艦艇は北にとばらばらな動きだった。
しかし、それは見せかけでしかない。
二日をかけて艦艇はバラバラに出航し、とある地点に集結しつつあった。
その地点とは、帝国の北にある無人島の湾内だった。
カルトックス島湾。
三日後の十二月十三日に、そこにアレサンドラ軍港を出航した艦艇が集結していた。
戦艦テルピッツを中心に、重戦艦三、戦艦六、装甲巡洋艦十二、支援艦二十、総数四十四隻の第一艦隊。
巡洋戦艦シャルンホルストを中心に、戦艦八、装甲巡洋艦十五、支援艦十二、総数三十六隻の第二艦隊。
そして、装甲巡洋艦十、支援艦十二、総数二十二隻からなる支援艦隊。
三個艦隊、総数百二隻からなる大艦隊である。
そして、指揮官は帝国が誇る猛将『黄金の姫騎士』と呼ばれるアデリナ・エルク・フセヴォロドヴィチ。
現状、帝国の総戦力の実に半分に近い戦力であった。
そして、それにあわせるかのように十二月十五日に共和国も動き出す。
テルピッツやシャルンホルストのような強大な戦力となる艦船はないものの、その総数は帝国海軍の派遣艦隊より多い実に百三十三隻。
共和国が誇る二個主力艦隊である。
重戦艦十二、戦艦二十、装甲巡洋艦六十六、支援艦三十四という数は、まさに数の暴力と言っていいだろう。
率いてるのは、共和国の軍師として負けなしを誇るアラン・スィーラ・エッセルブルド。
こちらも帝国と同じように少数の艦艇がバラバラで出航し、無人の諸島に終結した。
もちろん、敵国に対しての情報の撹乱のためである。
また、王国や他の六強を牽制する為でもあった。
しかし、この二国の目的は決まっている。
今や東の強国となったフソウ連合だ。
こうして、共和国軍師アラン・スィーラ・エッセルブルドが計画した帝国と共和国の二カ国によるフソウ連合討伐作戦、作戦名『ヒュドラ作戦』が開始されたのだった。
「ふふふ。まさか、少数の艦隊が集結して一気に攻め入るとは思わないでしょうね」
テルピッツの艦橋で、アデリナは楽しそうに笑う。
目の前の湾内には、続々と帝国海軍の艦艇がそろいつつある。
もちろん、巡洋戦艦シャルンホルストの姿も見える。
この調子なら、あと一日もしないで艦隊は集結が終わり、出発できそうだった。
そして、後ろに控えるノンナに確認する。
「フソウ連合への侵攻は、十二月二十四日で間違いないわよね?」
そのアデリナの問いにノンナは静かに答える。
「はい。間違いございません。北からは我々が、南からは共和国が侵攻する予定です」
ノンナの言葉に、アデリナは体を震わせ笑い出す。
「それに災厄の魔女も動くでしょう?」
「ええ。そういう手はずになっております」
「くふふふふ…。なんかフソウ連合の連中が可哀想になってきたわ。外からは私達帝国と共和国の大艦隊、内からは災厄の魔女の陽動…」
呟くようにそう言った後、アデリナは高々と声をあげて笑う。
「ふふふ。待ってなさい、フソウ連合海軍。徹底的に潰してあげるわ」
高揚し、興奮気味の主人を、感情のない表情でノンナは黙って見ている。
そこには、冷めたような冷ややかな視線のみがあった。
「帝国は動いたようですな」
ピエールの報告に、アランは満足そうに頷いた。
そして、今手元に来たばかりの本国からの命令書をぐしゃりと握りつぶす。
「あ~、残念だな。もう作戦は始まってしまったよ。残念だなぁ…」
全然感情が篭っていない声でそう言うと、横で控えている提督の一人に命令書を手渡す。
そしてニヤリと笑いつつ言う。
「そういうわけだから、本国には作戦が始まった為、作戦を優先させますって報告しておいてね」
くすくすと笑いつつ、そう言って青い顔をしたその提督をスルーして命令を下す。
「それじゃ、始めようか」
その言葉に、真っ青になった提督が叫ぶように言う。
「が、合衆国が介入してきたら…ど、どうされるつもりですかっ」
その問いに、アランは、にこりとして答える。
「介入させないよ。その前に堕とすさ。そのための準備はたっぷりしておいたからね」
しかし、否定されても提督は叫ぶように言う。
「しかしっ、命令書はっ…」
その瞬間だった。
バンッ。
アランの手に握られていた拳銃が火を吹き、提督の頭を吹き飛ばした。
周りにいた者達が悲鳴を上げて、まるでモーゼが海を割ったかのようにざーっと提督の周りから離れる。
「あー、うざいな。作戦発動しちゃったんだから、もう遅いって言ったじゃないか…本当に、もう…」
そう言ってテーブルの上に拳銃をのせる。
そして、あっという感じの表情をした。
「しまったなぁ…。本国に連絡してもらうつもりだったけど、殺しちゃったよ」
「そのようですな」
アランの言葉に、ピエールが変な感心の仕方をする。
もっとも、周りの人間達は、青い顔をして震えているだけだ。
ただ二人だけが楽しそうに会話をしていた。
「仕方ないなあ…。そうだ」
そう言ってぽんと手を叩く。
そして一人の男を指差して言う。
「そう言えば、君は本国の宰相の命令で僕を監視する為にここに来てたんだっけな。じゃあ、君が本国に報告しておいてくれよ。戦いには参加しなくていいからさ」
その言葉に、指名された男は青を通り越して真っ白な顔色になってガタガタ震えている。
「いいかい?ちゃんと報告しておいてくれよ。いいね?」
その言葉に、男は壊れた人形のように首をカクカク縦に振る。
それが面白かったのだろうか。
アランは大いに笑った。
そして全員を見回して言う。
「さぁ、後は計画通りにすればいいだけだ。みんな楽勝だろう?」
その言葉に、ピエール以外のその場にいたものすべてが頷く。
何度も何度も…。
そして共和国も動く。
絶対的な勝利を確信して…。
その情報をかく乱するような動きに、普通の国ならば両国の艦隊の正確な動きを把握する事は難しいかもしれない。
だが、しっかりと艦隊の動きを把握する水中の監視の目がある事を帝国も共和国も知らなかったのだ。
すでに夜の暗闇の中、潜水艦は浮上して帝国艦隊を監視している。
湾内では、無人だという事で気が緩んでいるのだろう。
艦内の光が外に漏れ、所在がはっきりとわかる。
「思ったとおり、敵艦隊は集結しましたね」
そう言ったのは伊-400だ。
「ああ、しかし、なんて数だ…」
その言葉に一緒に艦橋に上がっていた岸辺少尉は答える。
「ええ。すごい数です。さて…どうしますか?」
「まずは中継地点で待機している大鯨に無線で報告だ。そして、その後は…」
「その後は?」
聞いてくる伊-400にニヤリと笑って岸辺少尉は言う。
「後ろから後をつけるさ」
その言葉に、伊-400は苦笑した。
「送り狼みたいですね」
「おおいいね。ではここに集まっている残りの潜水艦にも伝えておいてくれ。後をつけるぞってな。作戦名は『送り狼』だ」
そんな岸辺少尉の言葉に、伊-400はますます苦笑するしかなかった。




