日誌 第二日目 その5
夕日が沈みこむ中、僕たちは二式大艇に乗り込んだ。
もちろん、事前打ち合わせの会議に参加した各地区の責任者達も一緒だ。
行き先は水上機母艦秋津洲。
もちろん、ただ行くだけではない。
連絡は入れてある。
僕らを乗せた二式大艇が飛び立って三十分もしないうちに周囲を暗闇が支配する。
しかし、そんな暗闇の中に浮かび上がるのは、艦隊の戦艦や重巡。
サーチライトが闇夜を照らし、窓から漏れる光が、まさに海に浮かぶ不夜城のようだ。
参加した責任者達の口から感嘆の声が漏れる。
それはそうだろう。
今回侵攻して来た敵艦がオーソドックスな戦艦クラスだと考えられるが、長さだけを見るとうちの感覚で言えばせいぜい軽巡洋艦クラスだ。
それに、聞いた話ではこの国では大型船と言っても木造のせいぜい三十メートル程度の長さらしい。
そんな人たちが、二百メートル以上の長さを持つ戦艦榛名や戦艦霧島を見たのだから…。
しかし、それでデモは終わりではない。
僕は右手を軽く上げて東郷大尉に合図をする。
すると東郷大尉が無線機に指示を出した。
ゆっくりと旋回していく二隻の戦艦の一番、二番砲塔。
「主力艦の射撃です」
僕が短く説明する。
そして、それを待っていたかのように爆音が響く。
まず、榛名が…そして霧島が少しずらしながらも主砲を発射した。
一番、二番砲塔が火を噴き、爆炎が海面を照らす。
夜でも見栄えがいいように特別調整された炸薬を使っているから効果抜群だ。
少し時間をおいて二式大艇がびりびり震え、責任者達の口から悲鳴や驚きの声が漏れるが、彼らの目はその光景を食い入るように見続けている。
用意した特別配合分を撃ち終わった後、彼らのその様子に僕は満足して手を叩いた。
今まで窓の外に意識を向けていた責任者達がびくりと反応し、こちら側に視線を向けた。
「いかがでしょうか?これで十分納得いただけたでしょうか?」
笑いながらそういう僕に、突っかかってきた男性が壊れた人形のようにかくかくと頷く。
その顔は真っ青になっていた。
まぁ、その気になったら現状戦力だけで地区の一つや二つは十分蹂躙できる火力を有しているのだから。
それに思ったよりも派手で少し強烈過ぎたかもしれない。
僕だってこんなにすごいとは思ってもいなかった。
想像以上の迫力と轟音だった。
重巡洋艦の主砲の射撃訓練でもかなりすごいと思ったんだけど、さすがは三十六センチ砲だ。
でかいのは伊達じゃない。
そんな事を思いつつ、他の責任者の方に視線を向ける。
ほとんどが唖然としているか驚いているかだったが、ただ一人だけ僕を見て微笑んでいる人物がいた。
年の頃は三十代後半といったところだろうか。
おしゃれな感じでスーツを着こなし、髪の毛を後ろに流している。
まさにイケメンといった感じか。
「いやはや、本当に人が悪いな…君は」
そう言いつつその人物は近づいてくると手を差し出した。
「私は、トモマク地区の代表をしている斎賀露伴といいます。こんなものを見せ付けられたら負ける気がしませんよ。本当にこれからはよろしくお願いしたいですな」
微笑みながら自己紹介するが、僕はその笑顔を少し怖いと感じていた。
あまりにも他の責任者と反応が違いすぎるからだ。
しかし、そんな事を話すことも顔に出すわけにはいかず、その手を握り返しながら僕は答えた。
「こちらこそ、若輩者ですがよろしくお願いします」
「もし何か必要な物がありましたら、真っ先に私のところに言っていただければ準備いたしますよ」
「それはありがたいですな」
そんな会話を交わしていると他の責任者も我に返ったのか慌てて話に入ってくる。
「私の地区も全面的に協力させていただきます」
「もちろん、わが地区もですぞ」
どうやら、中立派を抗戦派に引き込む計画は十分成功したようだ。
「では、あちらに見えます水上機母艦の秋津洲で夕食会といたしましょうか」
僕の言葉に合わせるかのように二式大艇が高度を下げていく。
さて、計画はうまくいったけど少し気になる事があるな。
僕は責任者達に笑顔を見せながら、夕食会の後のミーティングで確認する事を頭の中で整理し始めていた。
夕食会は問題ないどころか、大成功に終わった。
出された料理と酒はどうやら彼らの口にあったらしく、絶賛され、また機会があったら是非誘って欲しいとまで言われた。
まぁ、半分以上おべっかとしても秋津洲のコック長は大得意だったようだ。
そして、島に責任者を送った後、かなり時間は遅く深夜に近い時間帯だったが、秋津洲の食堂でミーティングを開始した。
三島さんにはこの後のミーティングがある事を伝えていたから、お酒は最初の乾杯だけであとは水かジュースを飲んでいたようだ。
まぁ、それは僕も同じで、この後作戦会議がありますのでと言って断っている。
もっとも、それでも引き下がらない絡み酒の責任者もいたが、「次回にまた機会を作りますからその時は…」というと納得したようだった。
僕は、夕食会中にも敵艦隊の動きについての連絡に目を通しつつ、口を開いた。
「こりゃ、明日の早朝にはなにかやりそうですね…」
敵艦隊は、今、ガサ地区のマシマ島の沖合いで停泊しているらしい。
そして何やら甲板に動きがあるらしいのだ。
多分、襲撃の準備だろう。
砲撃の後、上陸するつもりだろうか。
カッターなどの準備もしていると報告が上がっていた。
「見つかっていないだろうね」
僕が見終わった報告書をテーブルに置き、東郷大尉の方に視線を向けて聞く。
「はいっ。暗くなる前に事前に近辺に二式大艇を着水させ、夜間ボートでかなり近づいたようですが発見はされていないと思われます」
「こっちの水雷戦隊の動きは?」
「南雲大尉率いる第一水雷戦隊がすでに島影に隠れて準備を整えております。また、的場大尉率いる第二水雷戦隊も移動し、相手を逃がさないように回り込んでいます」
「そうか。急に変わる恐れがないわけではないが、予想としては明日の早朝から動き出すと思うから十分に英気は養うように言っておいてくれよ。それと各自の健闘を祈るともね」
「はいっ。了解しましたっ」
東郷大尉はそう返事をして敬礼をすると部屋から出でいく。
多分、今の連絡事項を伝える為に無線室に行くのだろう。
その後姿を見送った後、向かいの席に座っている三島さんに視線を向ける。
「三島さんに少し聞きたいことがあったんで、ミーティングに参加してもらったんだけど…」
「いいよ。暇な時にしっかりと寝るから問題ないよ」
カラカラとそう言って笑う三島さんだが、すぐに真剣な表情になった。
「君が聞きたいのはトモマク地区代表の斎賀露伴のことだろう?」
どうやら僕が思っていた事は筒抜けだったようだ。
「やっぱり顔に出ちゃってましたか?」
そういう僕に三島さんは苦笑した。
「いや、顔には出てないけど、気になっているかなと思ったんだ。それにあの態度には私も驚いたからね」
そう。
他の責任者との反応が違いすぎるのだ。
あの反応は…。
「恐らくですが、多分ああいうのを見たのは初めてではないと見受けられますね」
「やっぱりそう思ったかい?」
「ええ。反応が薄すぎます。確かに驚いたでしょうが、すぐにああいう風に行動できるというのは、以前似た様な事を体験したからだとしか思えませんからね」
そう言って、確認する事にした。
「各地区の責任者が射撃訓練の様子を見た事は?」
「ないね。うちの地区はかなり奥まったところだし、魔女の治める地区って事で、あまり他の地区との交流も少ないからね」
「そうなると…」
いやな汗が背中を濡らす。
「もしかしたら、外の世界で見たのかもしれませんね」
僕の言葉に、三島さんが驚いた表情になったが、すぐに何かを思いついたかのような表情になる。
「ここだけの話だが、彼や彼の治める地区にはいろんな噂が流れていてね。そのうちの一つに彼の治める地区には外との行き来が出切る船があるって話があるんだ。もしかしたら…その噂は…」
三島さんの顔色が悪い。
それはそうだろう。
結界を張る魔女としてフソウ連合を守護してきた者としては、まさか中のほうから裏切り者が出るとは思っていなかったに違いない。
「結界って、中からは簡単に出れるの?」
「ああ。外から中に入るにはある程度の速度と頑丈な船体がないと無理だけど、中から外に出る分はかなり楽に出れるはずだ」
「警戒する必要があるって事ですね。もし彼が外の国と通じているとしたら、間違いなく厄介な事になりますから…」
僕の言葉に三島さんは頷く。
彼は獅子身中の虫になりかねない。
しかし、今は証拠も何もない。
仕方ない。こういう事はしたくないんだけど…。
僕は立ち上がった。
「どうするつもりだい?」
三島さんがそう聞いてくる。
ただ、そう言いつつも僕がなにをするのかを察しているようだ。
「あまり気乗りしませんが、川見少佐に連絡を入れてきます…」
そしてかみ締めるように言葉を続けた。
「諜報部を動かす事にします」
その言葉に三島さんはただ頷くだけだった。




